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荒廃の森と愉快な仲間達

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 確かに脅威が去った。でも

「うぅ」
「貴様は手加減というものを知らんのか」

 パワーアップされたのと、呪文を噛んだせいで暴走した魔法は森を半壊してようやく止まった。
 ヴィオレッタが恨めしげに睨むのも当然っちゃ当然のことで。
 
「ボクだって、こんなことになるなんて知らなかったんだよ」

 泥だらけで息を切らしたアルワンだが、俺たちだって似たようなものだろう。大きなため息をついた。

「そりゃあ確かに呪文噛んだのは悪かったけど」
「それが一番の原因だドアホ!」
「うぅ、ヴィオレッタひどい。そんな言い方」
「とっくに成人した男が可愛こぶっても気色悪いだけだ、愚か者の軟弱者め」
「妹が毒舌すぎる……」

 助けを求めるようにこっちを見たが、俺もスチルも苦笑いしか出来なかった。
 確かにあの絶体絶命のピンチをすべてひっくり返したのは、この大嵐の力だ。おかげでスライムおろか、森の大部分が壊滅状態なわけだが。

「っていうかよく俺たち生きてたな」
「貴様らの悪運の強さにあやかったと思わねばな」

 毒はありつつも一応感謝してくれている、のか? 
 しかし大部分が流れてしまったであろう大地を見つめ、彼女は小さなため息をついた。

「別れの言葉すら交わせなかった……」

 魔獣に喰われた恋人のことだろう。寂しげな横顔に俺は何も言えなかった。そこへ。

「はい、パス」
「!」

 何かを投げて寄こしたのはアルワンだった。
 
「これは」
「落し物で忘れ物。これ、ヴィオレッタのでしょ」
「……」
「愛し合った人達がペアリングして。これもう夫婦でしょ、君とその男は」
「……」
「ま、今でもボクは認めてないよ。カワイイ妹ちゃんをかっさらっていった奴をね。でもまあ、夫を死を悼む君を否定する権利は無い。ボクにも、王宮の馬鹿どもにもね」
「にい、さま……」

 彼女の目からは再び大粒の涙が浮かび溢れこぼれた。後から後から、顔をおおった指の間からも。
 その震える肩を、兄は泣き笑いのような顔で抱きしめる。

 俺の勝手な想像だが――もしかしたら、彼女とそのスライムに取り込まれた男は愛し合っていながら婚姻という関係を結ぶことができない間柄。
 もっと言えば王の妾の子供、つまり庶子しょしという彼女の身分から周囲から反対されていたんじゃないか。
 
 だから二人は指輪という形で愛を分かちあっていた。
 任務にて死んだ男の妻として名乗ることも許されない、だったらいっそのこと一緒に焼け死のうという気持ちもあったのかもしれない。

「兄様……私、私は……」
「うん。ヴィオレッタは精一杯頑張って足掻いてきたよね、ボクの自慢の妹だ」

 キツい物言いや厳格な軍人としての態度は、彼女の生い立ちが影響してのことなのか。
 腹違いとはいえ同じ立場の兄は、嫌というほど見てきたし経験してきたんだろう。田舎育ちで、捨て子だった俺には到底想像も及ばない。

「っ、い!」
「どうしたアルワン」

 彼が顔をしかめ小さくうめいたのを気づく。
 しかしいつものような飄々とした顔で。

「ううん、ちょっとお腹すいただけ。あーあ、早く終わらせて帰りたいなあ。メイト君もそう思うだろ?」

 と肩をすくめた。
 その声で彼女も涙を拭いてうなずく。

「ああ。そうだな、任務遂行のためにな」

 俺はといえばさっきの態度が少し気になって生返事をするしかできなかった。
 しかし山肌のあらわになった道を歩き出してすぐに察する。

「おいアルワン。お前その手はどうした」
「んー、なんのこと?」
「とぼけるな。さっきから服の下に隠してるだろ」

 チラリと見えた右手は手の先から肘あたりまで赤くただれていた。

「大丈夫大丈夫、ちょーっとした擦り傷だから」
「ンなわけないだろ。ほれ、見せてみろ」
「いやいや大丈夫だって……い゙ッ!?」
「ほら痛いんだろ。まさかスライムにやられたのか」

 あれは触れたものを瞬時に溶かす消化液を滲ませていふ粘液生物だ。とはいえ、いつの間にやられたんだ。
 彼女に聞こえないよう小声で問い詰めてやると、渋々といった様子で白状する。

「流されてる時。指輪を取ろうとしてね、少し強引に突っ込んだらこうなったんだ」
「バカ、なんで我慢してんだよ」
「シーっ! ヴィオレッタが知ったら罪悪感で切腹しちゃうかもしれないよ」

 それから前を歩く妹の姿を優しい目で眺めてから言う。

「本当に優しい子なんだ。まあ、真面目すぎるのと暴走癖があるのが玉にキズなんだけどねえ。そこもまた放っておけないというか」
「お前って、本当にシスコンなんだな」
「なにその言い方! だって可愛いでしょ、兄貴じゃなくても大事にしたいって気持ちになるよ」
「そうかあ?」

 いきなり冤罪で逮捕された俺は、どうも鬼軍人のイメージは外れないが。
 ともあれその怪我はなかなかひどい。回復魔法でもかけてやりたいが、俺には無理だ。
 だからスチルにこっそり耳打ちした。

「おい」
「なんだよ、馬男」
「うるせえな。そろそろマスク外したくなってきた熱いし、つーかよくズレたり外れたりしないよな。さすが高性能……って、やかましいわ。そんなことより頼みがあるんだけど」
「なんだよ。ノリツッコミのつもりだろうけどクソ寒いしつまらないんだけど」
「えらくディスるじゃねえか、心折れるぞ馬鹿野郎。それはそうと回復魔法頼めるか」
「えー、やだ」
「は?」
「嫌というか無理」
「?」
「僕、さっきの解呪で魔力使い果たしたから」
「マジで?」
「うん」

 あっけらかんとしてるが、これはやばいんじゃなかろうか。
 魔法使いの一人が利き手を怪我して、もう一人が魔力不足。

「んでもって」
「へ?」

 そこでスチルの身体がふらりと揺れた。咄嗟に手を出して支えるが脱力しきってしまっているよう。

「おいどうした」
「ね……」
「?」
「ねむ、い」

 突然そのまぶたが閉じた、と思ったら小さな寝息を立てて眠ってしまったのだ。

「あー。寝ちゃったの」
「なんてことだ」

 アルワンとヴィオレッタが覗き込んでくる。
 寝顔だけは無垢なガキ。魔力を使い果たすと寝ちまうのか。とはいえどうするべきか。
 荒れ果てた森には木々が倒れ、足場も最悪だ。特に町への道はほぼ無いに等しい。これは戻るのも難しいだろう。
 ボケっとして森の中で夜を迎えるのも避けたい。

「置いとくわけにいかないしねえ」
「どれ、私が背負ってやろう」

 彼女が言うとすかさず。

「ヴィオレッタはダメ! ボクがするよ」
「おいおいおい、それこそダメだろ」

 思わず俺が割って入り、スチルの頭を軽くつついた。

「このガキのお守りは俺がする。こいつ、寝起き最悪だからな」

 というわけで、こんな状況で本当にオーガ族なんて倒せるのか。疑問と不安しかないが行くしかない。

 俺は思ったより軽い身体を背負いながら、大きく息を吐く。気合い入れってやつだ。

 そして相変わらず陰鬱な空気の森を歩き出す。

 





 





 
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