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悪夢と不均等な安寧
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※※※
久しぶりにまた夢を見た。
『……っ』
透けるような白い肌の上に薄く染めた頬。走ってきたんだろうか、息を切らしている。
『メイト、メイト』
辺りをみわたしながらも、その瞳は不安と悲しみかで揺れていたと思う。
『どこにいるの?』
声もか細く震えていた。今にも泣き出しそうにくしゃ、と顔を歪めて手で覆ってしまう。
――俺はここだ、ここにいる!
そう叫んだのに何故か何も聞こえない。彼女の声は聞こえるのに、自分の声だけないんだ。
奇妙な感覚にパニック状態になる。
――なんだよこれ!? スティアス、俺はここにいる!! ここにいるのに!
喉がヒリつくまで叫んだのに、空気中に俺の声が響くことはなかった。ただの無音。一人で滑稽なパントマイムをしているようにみえるのだろうか。
いやそもそも俺の姿すら、彼女には見えないらしい。
目の前を行ったり来たり。ついには途方にくれた様子でその場にへたりこんでしまったのだ。
『メイト……ごめんなさい……私……私……』
なぜ泣いているんだ。俺を裏切った彼女が、どうして泣いている。
強い男を見つけて喜んでついて行ったんだろう? そして幸せになっているんだろう? なあ、そうだと言ってくれ。
そうじゃないと困る。
――!?
そこで俺はもうひとつの違和感に気づいた。
手足が……無い。
感覚がまったくないし、ぴくりとも動いた感じがしない。そもそも首を回して辺りを見たりすることができないんだ。
まるで胸像にでもなっちまったみたいに。
意識と視界はあるのに、立っているのか座っているのかすら分からない状況。無理矢理下を見下ろすも、なぜかそこには。
――うわぁぁぁぁぁッ!!!
なにもない。ぽっかりと空いた空間。手も足も胴体も何もかもない。絶叫するももちろんなにも聞こえない。
シン、と静まり返るどこか分からない場所に座り込んで顔を覆った彼女という世界。
『これが貴様が望む結末か、ナガメ・イトモリ 』
突如として耳元で吹き込むように囁かれた言葉になぜか心臓が跳ね上がった。
※※※
「!!!」
「おい」
跳ね起きた俺に、遠慮がちに触れる手。それすら一瞬だけ身体を強ばらせたのを自覚している。
寝起きは最悪で頭もガンガン痛む。
「なんかすごくうなされてたぞ。っていうか、顔色が最悪だな」
「ああ……すまん」
ようやく出した声もガラガラ。枯れきってひどいものだ。
スチルの、相変わらず心配してるのかしてないのか分からん顔が目の前にある。
「もう朝か」
「早く朝食したいって、あのジャジャ馬娘がうるさくってな」
苦々しい表情に、俺の心はようやく少し落ちついてきた気がする。ああ、現実にかえって来たんだなって。
だって酷い夢だろう。
こっぴどく捨ててきやがった女性が目の前で泣いていて、さらに身体が無くなる夢なんて。
しかも最後になんかすごく衝撃的な事を言われた気がする。なんだっけ。ええっと……。
「なにボーッとしてんの。寝起きがいいのだけが取り柄だろ」
少し怪訝そうな、でも毒舌はしっかり忘れないスチルの物言いに首を振る。
「なんか変な夢みてな。それと寝起きだけじゃねえからな、俺の取り柄は」
「あー、あと暑苦しい脳筋ゴリラみたいな性格とか」
「めちゃくちゃディスるじゃねえか。よーし、表出ろ。しつけ直してやる」
そう言って丸いデコを小突くと、痛いと恨めしげな表情と声が返ってきた。
「やめろ野蛮人」
「うるせえ、生意気するからだクソガキ」
そんなやり取りをしながら俺たちは部屋を出る。
二階の部屋だったもんで、そこから小綺麗な廊下と階段を通って一階に広がるレストランスペースに降りた。
そう。俺たちが昨夜から泊まったここは少し変わった作りで、レストランの上に客を宿泊させる施設らしい。
聞けばここは国が運営に関わっており、多くの兵士が利用するという。
確かに聞いた宿代はめちゃくちゃ格安だったな。そのわりには部屋の内装は悪くなかった。
そりゃあ高級とはいかないまでも、こじんまりしていながらベッドの広さやシーツなどの質はちゃんとしていたように思う。
まあそれは俺が下から数えた方が早いレベルの冒険者で、そうそう良い宿屋に泊まれなかったからかもしれないがな。
「メイトおっそーい!」
「ああ、すまん」
ふくれっ面をして待ち構えていたベル。でも俺が謝れば、一瞬でその顔も花が咲いたような笑顔になった。
「いいよ、ゆるしてあげる。ほら、朝ごはん食べようよ! あたしお腹すいたよ」
まったく子供みたいだ。いやまだ子供っていってもいい年齢なのかもしれないな。
反対に本当にガキであるはずのスチルが呆れたように鼻を鳴らしているのが、またおかしかった。
俺は軽くうなずいて、レストランにいくつもあるテーブルのひとつを視線で指した。
「そうだな、まずは腹ごしらえするか」
「うん!」
「ったく、朝からなんでこんなに元気なんだよ」
俺の言葉に二人は対照的な反応だ。
でもちゃんと丸型のテーブルに等間隔で椅子を引いて座る。
「スチル君、朝弱いんだね」
「は?」
だしぬけに驚いた様子のスチルに、ベルは容赦ない。ニッと笑って彼の頬をツンツンとつついたのだ。
「でも大丈夫、朝ごはんちゃんと食べたら目も覚めて元気になれるからね! ベルおねえちゃんはちゃんと知ってるからね」
「お、おねえ……」
スチルは目を白黒させているが、まあ姉弟に見えなくない、か?
そもそもタイプが違いすぎてそんな印象もないが。
「ええっと、スチル君は野菜が食べられないんだっけ? ダメだよー、ちゃんと食べないと。あ! あたしが食べさせてあげようか、なら大丈夫だよ。カプ・クシームだって」
「おいメイト! 僕がカプ・クシームが食べられないって、バラしやがったな!!!」
食ってかかる彼に今度は俺の方が肩をすくめる番だ。
「知らねえよ。てか、好き嫌いは良くないぞ」
「いーや、アンタが言っただろうが! だいたい、あんな苦いだけの物体を誰が好んで食べるんだよ!! 青虫でもマトモに食べられないっての」
そりゃあ苦味の強い野菜だけどよ。それ嫌うのガキが多いんだっての。
でも指摘すればまた拗ねるんだろうな、それもそれでガキらしいとかなんとか。
「ほらほらちゃんとお行儀よくしなきゃだよ! それとも、おねえちゃんのお膝に座る?」
「座らないっ! おいメイトこの娘いい加減に――」
「はいはい、いい子でちゅからねぇ?」
「うるさいっ!!!」
なんのつもりか、ベルはこいつに対して世話を焼きたいらしい。確かに見たとこスチルの方が断然年下だもんな。
でもマセガキだからそれを良しとしないだろうけど……ま、いいや。
俺はもうすっかり面倒見のいいお姉さん顔であれやこれやとしている彼女と、憤慨しているガキをみながら自然と笑みが込み上げた。
「よし、じゃあなんでも好きなもん食えよ!」
そう言って二人の頭をわしわしと撫でる。なんだかとても幸せだったから。
「僕の方がお金持ってるけどな」
というイヤミはもちろん聞かないフリだ。
久しぶりにまた夢を見た。
『……っ』
透けるような白い肌の上に薄く染めた頬。走ってきたんだろうか、息を切らしている。
『メイト、メイト』
辺りをみわたしながらも、その瞳は不安と悲しみかで揺れていたと思う。
『どこにいるの?』
声もか細く震えていた。今にも泣き出しそうにくしゃ、と顔を歪めて手で覆ってしまう。
――俺はここだ、ここにいる!
そう叫んだのに何故か何も聞こえない。彼女の声は聞こえるのに、自分の声だけないんだ。
奇妙な感覚にパニック状態になる。
――なんだよこれ!? スティアス、俺はここにいる!! ここにいるのに!
喉がヒリつくまで叫んだのに、空気中に俺の声が響くことはなかった。ただの無音。一人で滑稽なパントマイムをしているようにみえるのだろうか。
いやそもそも俺の姿すら、彼女には見えないらしい。
目の前を行ったり来たり。ついには途方にくれた様子でその場にへたりこんでしまったのだ。
『メイト……ごめんなさい……私……私……』
なぜ泣いているんだ。俺を裏切った彼女が、どうして泣いている。
強い男を見つけて喜んでついて行ったんだろう? そして幸せになっているんだろう? なあ、そうだと言ってくれ。
そうじゃないと困る。
――!?
そこで俺はもうひとつの違和感に気づいた。
手足が……無い。
感覚がまったくないし、ぴくりとも動いた感じがしない。そもそも首を回して辺りを見たりすることができないんだ。
まるで胸像にでもなっちまったみたいに。
意識と視界はあるのに、立っているのか座っているのかすら分からない状況。無理矢理下を見下ろすも、なぜかそこには。
――うわぁぁぁぁぁッ!!!
なにもない。ぽっかりと空いた空間。手も足も胴体も何もかもない。絶叫するももちろんなにも聞こえない。
シン、と静まり返るどこか分からない場所に座り込んで顔を覆った彼女という世界。
『これが貴様が望む結末か、ナガメ・イトモリ 』
突如として耳元で吹き込むように囁かれた言葉になぜか心臓が跳ね上がった。
※※※
「!!!」
「おい」
跳ね起きた俺に、遠慮がちに触れる手。それすら一瞬だけ身体を強ばらせたのを自覚している。
寝起きは最悪で頭もガンガン痛む。
「なんかすごくうなされてたぞ。っていうか、顔色が最悪だな」
「ああ……すまん」
ようやく出した声もガラガラ。枯れきってひどいものだ。
スチルの、相変わらず心配してるのかしてないのか分からん顔が目の前にある。
「もう朝か」
「早く朝食したいって、あのジャジャ馬娘がうるさくってな」
苦々しい表情に、俺の心はようやく少し落ちついてきた気がする。ああ、現実にかえって来たんだなって。
だって酷い夢だろう。
こっぴどく捨ててきやがった女性が目の前で泣いていて、さらに身体が無くなる夢なんて。
しかも最後になんかすごく衝撃的な事を言われた気がする。なんだっけ。ええっと……。
「なにボーッとしてんの。寝起きがいいのだけが取り柄だろ」
少し怪訝そうな、でも毒舌はしっかり忘れないスチルの物言いに首を振る。
「なんか変な夢みてな。それと寝起きだけじゃねえからな、俺の取り柄は」
「あー、あと暑苦しい脳筋ゴリラみたいな性格とか」
「めちゃくちゃディスるじゃねえか。よーし、表出ろ。しつけ直してやる」
そう言って丸いデコを小突くと、痛いと恨めしげな表情と声が返ってきた。
「やめろ野蛮人」
「うるせえ、生意気するからだクソガキ」
そんなやり取りをしながら俺たちは部屋を出る。
二階の部屋だったもんで、そこから小綺麗な廊下と階段を通って一階に広がるレストランスペースに降りた。
そう。俺たちが昨夜から泊まったここは少し変わった作りで、レストランの上に客を宿泊させる施設らしい。
聞けばここは国が運営に関わっており、多くの兵士が利用するという。
確かに聞いた宿代はめちゃくちゃ格安だったな。そのわりには部屋の内装は悪くなかった。
そりゃあ高級とはいかないまでも、こじんまりしていながらベッドの広さやシーツなどの質はちゃんとしていたように思う。
まあそれは俺が下から数えた方が早いレベルの冒険者で、そうそう良い宿屋に泊まれなかったからかもしれないがな。
「メイトおっそーい!」
「ああ、すまん」
ふくれっ面をして待ち構えていたベル。でも俺が謝れば、一瞬でその顔も花が咲いたような笑顔になった。
「いいよ、ゆるしてあげる。ほら、朝ごはん食べようよ! あたしお腹すいたよ」
まったく子供みたいだ。いやまだ子供っていってもいい年齢なのかもしれないな。
反対に本当にガキであるはずのスチルが呆れたように鼻を鳴らしているのが、またおかしかった。
俺は軽くうなずいて、レストランにいくつもあるテーブルのひとつを視線で指した。
「そうだな、まずは腹ごしらえするか」
「うん!」
「ったく、朝からなんでこんなに元気なんだよ」
俺の言葉に二人は対照的な反応だ。
でもちゃんと丸型のテーブルに等間隔で椅子を引いて座る。
「スチル君、朝弱いんだね」
「は?」
だしぬけに驚いた様子のスチルに、ベルは容赦ない。ニッと笑って彼の頬をツンツンとつついたのだ。
「でも大丈夫、朝ごはんちゃんと食べたら目も覚めて元気になれるからね! ベルおねえちゃんはちゃんと知ってるからね」
「お、おねえ……」
スチルは目を白黒させているが、まあ姉弟に見えなくない、か?
そもそもタイプが違いすぎてそんな印象もないが。
「ええっと、スチル君は野菜が食べられないんだっけ? ダメだよー、ちゃんと食べないと。あ! あたしが食べさせてあげようか、なら大丈夫だよ。カプ・クシームだって」
「おいメイト! 僕がカプ・クシームが食べられないって、バラしやがったな!!!」
食ってかかる彼に今度は俺の方が肩をすくめる番だ。
「知らねえよ。てか、好き嫌いは良くないぞ」
「いーや、アンタが言っただろうが! だいたい、あんな苦いだけの物体を誰が好んで食べるんだよ!! 青虫でもマトモに食べられないっての」
そりゃあ苦味の強い野菜だけどよ。それ嫌うのガキが多いんだっての。
でも指摘すればまた拗ねるんだろうな、それもそれでガキらしいとかなんとか。
「ほらほらちゃんとお行儀よくしなきゃだよ! それとも、おねえちゃんのお膝に座る?」
「座らないっ! おいメイトこの娘いい加減に――」
「はいはい、いい子でちゅからねぇ?」
「うるさいっ!!!」
なんのつもりか、ベルはこいつに対して世話を焼きたいらしい。確かに見たとこスチルの方が断然年下だもんな。
でもマセガキだからそれを良しとしないだろうけど……ま、いいや。
俺はもうすっかり面倒見のいいお姉さん顔であれやこれやとしている彼女と、憤慨しているガキをみながら自然と笑みが込み上げた。
「よし、じゃあなんでも好きなもん食えよ!」
そう言って二人の頭をわしわしと撫でる。なんだかとても幸せだったから。
「僕の方がお金持ってるけどな」
というイヤミはもちろん聞かないフリだ。
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