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眠姫は傾国には蔓延す

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 半壊した城の中は、ゾッとするほど静かで。

「ずっと不可解だったんだが、なぜ誰もいないんだ」

 ふと口をついた疑問に、彼女が小さなため息と共に視線を落とす。

「ここにはいにしえの魔法、凶悪な呪いで満ちていたからです」
「呪い?」
「ええ。少しずつ、まるでじわじわと死にいたる病のように精神を蝕む恐ろしい呪いです」

 それからラヴィッツが話したことに、俺とベルは腰を抜かすくらいに驚くことになる。

「ことの発端は、王妃が倒れた事でした」

 ただの疲労でしょう、と王室お抱えの医者は言った。
 
 眠る時間が日に日にのびていくという症状。それ以外は特に異常なし。単なる疲労によるものだろうという診断もうなずける程で。

「しかしすぐにその侍女達が同じ症状で床に伏したのです」

 突然倒れて眠ってしまう。どれだけ気付けの酒を持ってこようにも目覚めず、丸一日眠り続けた者もいたという。

「またたく間に広がりました。王室の中で」

 普段、外に出ることの少ない王妃や愛姫とその子供たち。
 
眠り姫症候群ドル・レスヒェン・モルヴス――そう王宮医師は名付けたと」

 その名の通り、ただひたすら眠る病。
 魔女に100年の眠りの呪いをかけられて、眠り続けた王女のおとぎ話が由来だろう。
 しかし事態はかなり悲惨で。

「言い難いのですが……その、すべてをでの症状みたいで。かなりの問題になったようです」

 あ、そりゃそうか。眠っていようが、生きていれば出すものもあるだろう。しかし不思議と食べ物を摂取しなくても、飢えることはなかったらしい。
 
「私自身も、命と尊厳の危険を感じました、もしこれが何者かによる策略である可能性は大いにありましたから」

 だから速急に城を出たのか。
 
「恐らくお父様――いいえ、国王陛下に呪いをかけた者たちの仕業でしょう」

 そう言いながらも不気味な静寂の中を歩く。
 しかし耳を澄ませれば、微かに聞こる吐息。寝息だろうか。
 壁の破壊された部屋の向こう側で、睡眠にふける病の者たちがいる。

 なんて不気味な状況だ。俺は思わず、いくつも並んだ扉を眺めた。

「ここは病で眠り続けている者たちの部屋。国民だけでなく、軍部にも極秘とされている病なのです」

 死んだような静寂と、次第に濃くなっていく不快な
 反射的に顔をしかめれば。

「王の部屋はこの先です」

 彼女がそう言った時だった。

「あっ」

 ベルが声をあげる。つられて見ると、向こうに不審な人影がチラチラと揺れているのがみえた。

「メイト!」
「ああ、俺にも見えた」

 剣を握りしめる。
 あの影はさっきも目にしたぞ。俺たちはこいつ追ってここまで来たんだ。
 
 しかし影は逃げ出すような素振りは見せない。むしろこちらを伺うようにクルクルと回っているのだ。

 まさか俺たちを導いている、のか?

「ついて来いって言ってるのかもな」

 スチルが口を開く。 
 無表情だが薄く汗をかいているらしい。俺は彼の肩に触れた。

「大丈夫だからな」
「……あんたに心配されるなんて心外だな」

 憎まれ口叩いているが、ムッとするようなえた匂いと濃い瘴気には誰しもが危機感をかきたてられ不安になっても仕方ない。

 だがここまで来て逃げ出す訳にもいかないんだ。
 俺はすべてを知る必要がある。なぜかそう思うから。
 
「行こう、みんな」

 俺の言葉に皆がうなずく。
 子供くらいの背丈の影は、ぴょんと跳ねてからまた歩き出した。
 泥道に足をとられているような、奇妙な足取りで。

「この病気もタロ・メージが関わっているんだろうか」

 俺の質問にラヴィッツは少し考えたあと。

「恐らくは」

 そう小さく答えた。

「あの男の目的が分からないのが、私にとって脅威なのです」

 もし単に王を暗殺するのが目論見だとすれば、あまりにもまどろっこしすぎる。
 
「次期国王として、国を手に入れたかったと考えても不自然な点が多すぎます」

 王妃や寵姫、その子供たちに呪いをかける理由がない。しかも死に至るものでなく、あくまで眠らせるなんて。

「あくまで私たち王族は、なのかもしれません」

 餌?何をおびき寄せようっていうんだ。

「やってることがめちゃくちゃだな、その男」

 スチルは皮肉げにつぶやく。
 
「行動に辻褄が合わない。もしかしたら、この一連の事柄は思ったより根深いかもしれないな」

 最初は異世界転移勇者と名乗り、なぜかお世辞にも有名とは言えない俺のパーティを乗っ取った。
 俺を追放してからは、さらに王女誘拐事件を起こして結果的には再び俺は冤罪をかぶることになった。

 極めつけは国王や、王室に呪いをかける。

「タロ・メージはつくづく、あんたに因縁のある男なんだろうよ」
「んなこと言ったってな」

 俺には身に覚えないぞ。
 いや、違うな。なんか脳みその奥の奥に、何か蠢く記憶があるような気がする。
 でも思い出したくない、そのまま忘れて捨ててしまいたいような気もする記憶が。

 タロ・メージ……たろ……太郎……。

「ともかく」

 ベルの声に我に返る。

「そいつをぶん殴ってボコボコにすれば、万事解決ってことっしょ!」
「その単細胞、つくづく羨ましいよ。僕みたいな高知能には考えつかない芸当だよ、まったく」
 
 ニッと笑い拳を固める彼女に、スチルが呆れとせせら笑いを絶妙にまぜた嫌味を炸裂させる。しかし当の本人は。

「えへへ、褒められたら照れちゃうなぁ」

 満面の笑みだ。

「褒めてねえよ、脳筋女」

 そんなやり取りに少し空気が緩んだ気がした。

「ここです、みなさん」

 ラヴィッツの声に立ち止まる。
 そこは城の奥。見上げるほどの大きく、豪奢な扉。細かく美しい細工の施されたそれはきっと本来なら煌びやかな光を放つのだろう。

 しかし。

「酷い状態だな」

 思わず絶句するほどに、よどんだ空気。悪臭ともいえるほどの瘴気に目を開けるのもやっとだ。

「この先に……」

 あの男がいるのか。
 俺の憎むべき敵であり、この世界の脅威。
 
 いや違う。

 ――何も誰も手を触れていないのに、扉がひらいた。
 その先には、なんとまばゆい光が満ちている。

『ようこそ、運命に操られた子羊達ネロ・パストゥムス

 そこには純白の羽を大きく羽ばたかせた乙女が微笑んでいたのだ。

「まさか」

 大きな瞳。可憐で美しい女は、俺の記憶のままで。

「る、ルティ、アス……?」

 彼女は蕩けるような目元で笑う。


 
 

 
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