逸撰隊血風録~安永阿弥陀の乱~

筑前助広

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逸撰隊

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 捕縛出来たのは、三吉を加えた五名だった。
 当初の目的だった幹部六人のうちの二人には、まんまと逃げられている。戸来の報告では、その二名は遠くの畠で野良仕事をしていて、こちらの姿を確認すると逃げ去ったのだという。
 また、新米同心の一人が軽い怪我を負っていた。相手の抵抗に遭って、二の腕を鎌で切りつけられたらしい。伊平次がすぐに手当てをしてくれた。
 甚蔵は捕らえた五人を土蔵に放り込むと、伊平次と戸来たちに家探しを任せ、安牧と共に村人全員を庄屋屋敷の庭に集めた。弥左衛門が笹子の鎌太郎である事を知っていたからか、最初こそ敵愾心に満ちた目をしていたが、

「お前たちが笹子の一味であったとしても、今後は盗みを働かぬと誓うならば、罪を問う事は無い」

 と、安牧が伝えると村人はあからさまに安堵の表情を浮かべた。そして、皆が無理矢理に鎌太郎から加担させられていた、断ると家族に危害が及ぶと脅されていたなどと言い出した。
 流石に、これにはうんざりした。実に人間らしい。全ての罪を鎌太郎に押し付けるつもりなのだ。本来ならこの中にも獄門行きになる人間が何人もいるのだろうが、そこまで相手にするとなると自分たちでは手に負えなかっただろう。
 また肝心の奪った銭の隠し場所を安牧が訊いたが、全員が首を横にするだけだった。何処にあるのかは、鎌太郎と一部の幹部しか知らないらしい。それは帰ってから聞き出すしかなさそうだ。

「儂たちには、僅かな銭しか入らねぇんですよ。そりゃ作柄が悪い時は助かったけども、奪った銭に比べたら鼻糞のようなもんでございやす」

 初老の男が言った。この男は二代目の鎌太郎と共に盗みを働いていたらしいが、動けなくなって外されたらしい。
 泥棒村と言えども、人間の営みである事には変わりはない。三代にも渡る歴史があれば、不平不満は蓄積されるものなのだ。
 結局家探しでは何も見つからず、甚蔵と安牧は村の全員の署名と爪印を取って解放した。

「心配しましたよ」

 水車小屋で待っていた円兼が言った。
 屈強な体躯の者を、五人率いていた。巡礼者の中から選んだのか、全員が白衣姿で金剛杖を手にしている。

「お陰様で、無事に目的が果たせましたよ」
「これも御仏のご加護なのでしょう」

 安牧の言葉に、円兼が手を合わせる。甚蔵は、ただ肩を竦めた。自分には仏の裳裾に縋るような信仰心はない。

◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆

 不意に襲われたのは、沢辺村からの帰途だった。
 両側を鬱蒼とした雑木林に囲まれた、小高い山の隘路である。円兼によるといつもは迂回するそうだが、この山を越えた方が近道だと安牧に知らせた道だった。
 頭上から矢が飛んできた。最初の矢が巡礼者の白衣を赤く染め、次の矢が先頭を歩んでいた安牧の首を貫いた。
 安牧が振り返る。驚きの表情を浮かべたまま、崩れ落ちた。

「襲撃だ」

 甚蔵は叫び、抜刀した。
 矢が次々に飛んでくる。甚蔵は同田貫正国で叩き落すが、放たれる矢が容赦なく巡礼者や捕らえた鎌太郎一味に突き立っていく。

「加瀬様」

 戸来の声が聞こえた。他の部下たちも、矢を躱しているが明らかに動揺している。

「散れ、固まるな」

 甚蔵が指示を出した時、左右の雑木林から浪人たちが飛び出してきた。既に抜刀していて、白い刃の光が目に入った。
 いち早く飛び出した部下が、わけもなく浪人に斬り斃された。問答無用だった。

「参集しろ、陣形を組むんだ」

 甚蔵は慌てて命じたが、既に遅かった。浪人が隊列に斬り込み、刀刃とうじんが乱れ響く混戦と化していた。何者かわからないが、まんまと術中にはまってしまったのだ。
 部下も巡礼者も、そして鎌太郎一味も恐慌している。突然の敵襲に、背中を見せて逃げる者もいれば、頭を抱えてひれ伏す者もいる。何者なのか皆目見当がつかないが、皆殺しにする意志だけは感じる。

「生き残りたいのなら、動くんだ」

 伊平次の声だった。円兼を背にして、長脇差を手に必死に防いでいた。その構えは綺麗な正眼で、浪人たちも攻めきれないでいる。
 甚蔵は斬撃を防ぎつつ、敵の数を数えた。ざっと見て、十以上はいる。得物は刀の他、槍まで持っている。鎌太郎を奪還しに来たかと思ったが、その鎌太郎は両手を縛られたまま逃げようとしたところ、背中を槍で突き倒された。
 何故? という疑問は湧くが、それよりも降りかかる火の粉を振り払う方が先だ。槍を持った浪人が向かってきた。繰り出された突きを弾いたが、それが右耳を掠めた。
 熱い。とだけ思ったが、甚蔵は体勢を低くし、突きの体勢のままの懐に飛び込んで、胴を薙いだ。

「戸来」

 甚蔵は叫んだ。幾つか傷を受けた戸来が、大樹を背に追い詰められていた。

「邪魔だ」

 甚蔵は目の前を遮る浪人の逆袈裟を斬り上げた時、横目で戸来の胸に槍が吸い込まれた。それでも戸来は倒れず、なお構えようとするが、最後は殺到した浪人に首を刎ねられた。

「敵に構うな。全員逃げろ」

 甚蔵は吠えるように言った。陣形を組めないほどに乱された今、出来る事は逃げるしかない。
 しかし、部下たちが次々に討たれていく。上州で鍛えられた浪人たちに、新米同心がかなうわけがなかった。
 隘路は、斃れた骸の山と化し、方々に流血の血だまりが出来ていた。その光景は悪夢であり、地獄絵図だったが、今の甚蔵には狂乱した浪人の相手をする事で手も頭も一杯だった。
 敵の胴を払い、首筋に同田貫正国を叩き込んだ。鮮血。顔に浴びて、口の中に嫌な味が広がった。
 視界を失った。咄嗟に左手で、目を拭う。その隙に、背中に斬撃を受けた。傷の深さはわからない。まだ動ける、とだけ思った。振り向きざまに、横薙ぎの一閃を放つと、浪人の鼻から上だけの頭部が宙を舞った。
 最後の一人だった部下が討たれた。逃げろと言ったが、最後まで逃げるきっかけを掴めなかった。逃げる訓練をするべきだったのかと、甚蔵は悔いた。
 自然と、伊平次と背中合わせになった。浪人たちは二人を取り囲んで、間を置いた。体勢を整えるつもりらしい。

「伊平次」

 名を呼ぶと、伊平次が一瞥をくれた。両肩が上下している。いつも涼しい顔で何を考えているかわからなかった男でも、この状況は窮地だと認識しているのだろう。

「円兼は?」
「逃がしました。逃げ切れたとは思いますが」

 伊平次は思いの他に冷静だった。この修羅場でも平然といられる所に不気味さを覚えるが、事ここに至って妙な安心感を覚えるから不思議だった。

「絶対絶命だな、伊の字。こいつら何者だ?」
「わかりません」

 単純明快な答えに、甚蔵は思わず口元を緩ませた。
 浪人は九人に減っていた。こちらは二人。明らかに劣勢だった。死ぬかもしれない。一息がついた状況で頭に浮かんだのは、愛娘の伊佐だった。
 たった一人の娘。もし自分が死んだら、伊佐は天涯孤独の身の上になってしまう。万が一の時の為に知人に任せてはいるが、それでも両親を失う事には変わりはない。

(死ねねぇんだよ、伊佐の為にも)

 しかし、状況は限りなく悪い。多勢に無勢の上に、全身に深手を負っている。逃げたとしても、逃げ切れるとは思えない。
 一方の伊平次は、ほぼ無傷に等しい。あれだけ激しく戦っていたのにだ。ならば、答えは一つしかなかった。それを選択したくはないが、俺とて武士だ。甚蔵は自分にそう言い聞かせて口を開いた。

「ここは俺に任せて、お前は逃げろよ」
「いいのですか?」
「俺はこの傷だ。お前の方が生き残る可能性は高い」

 伊平次が、甚蔵の背中に目をやった。傷の深さを理解したようだ。
 ただ、逃げる切っ掛けを掴めるかどうか。前に六人、背後に三人。ならば、後ろか。

「後ろだ、いいな?」

 伊平次が頷いた刹那、甚蔵は踵を返して、一斉に背後の三人に斬りかかった。無理な斬り方だった。仕留められたが、脇腹に傷を受けた。その間に、伊平次は二人を斬り斃した。

「おのれ」

 六人となった浪人が追おうとするが、甚蔵は同田貫正国を八相に構えて、行く手を遮った。その間に伊平次が駆け去っていく。

「何処の誰だかわからねぇが、一刀流中西道場で〔神童と勝手に名乗った男〕である加瀬甚蔵の死に場所としちゃ、派手でいいじゃねぇか」

 甚蔵は咆哮し、敵の中に躍り込んだ。斬り上げ、斬り下げる。傷を与えるが、どれも致命傷に至らない。その度に、甚蔵は反撃を受けた。不思議だった。浪人たちが、死を恐れていないのだ。斬撃を受ける事を厭わず、踏み込んでくる。その分だけ、攻撃が伸びてきた。
 不意に、天地が逆転した。骸を踏んで転んだのか。すぐさま、浪人が殺到する。転がりながら、同田貫正国を振り回す。我ながら、これが剣術だろうかと思う。よくこれで、神童と勝手に名乗れるものだ。
 立ち上がる。幾つかの傷を受けた。全身が熱かった。そして、苦しい。息が既に上がっている。口を大きく開けても、呼吸が出来ない。
 目の前が暗くなる。夜の闇か。しかし、なにも見えない。それでも、同田貫正国を奮った。そうしなければ死ぬ。直感的に、甚蔵は思った。浪人たちが何者かわからない。そんな奴らに殺される。それも悔しいが、戸来たち死なせた部下たちの為に、こいつら全員を殺すまでは死ねない。
 思考が緩慢になってきた。気怠さ。身体が重い。振り払うように、闇の中で吠えた。そして、斬る。何も見えないが、手応えだけはあった。また吠えた。目の前が明るくなる。眩い光。これが涅槃というものか。意識が薄れゆく中で、馬蹄の音が確かに聞こえた。
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