逸撰隊血風録~安永阿弥陀の乱~

筑前助広

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羅刹道

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 御殿の周りに張り巡らせた鳴子が、カタカタと襲撃を報せたのは、二日目の夕暮れ時だった。
 広間で一斉に夕餉を摂っていると、歩哨の絶叫が聞こえた。

「敵襲」

 皆が刀を掴むと、膳を跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。梯だけが、

「今は夕暮れ時だぜ? 夜討ち朝駆けって知らねぇのかい」

 と、嘯いて急いで飯をかき込んでいる。

「配置は手筈通り。行け。御門主に毛ほどの傷をつけさせるな」

 甲賀の一声を合図に、それぞれが持ち場に散っていく。
 襲撃に際し、どのように動くかは事前に決めていた。一番隊は正面、二番隊は裏口、寺社奉行配下は二つに分けて、邸内と智仙の傍近く。紅子は正面へ駆けながら、腰に差した二本の短棒なえしを抜いて、一本の六角鉄杖・飛砕へと変えた。
 濡れ縁から表に飛び出ると、三笠と隊士が侵入者と向き合っていた。双方既に抜刀している。
 数は十五。紅子は咄嗟に数えた。夕闇が迫っている。奥にまだいると考えた方がいい。

「お嬢、こいつらだ」

 三笠が言った。
 格好は白装束でまとめていた。顔も頭巾で隠しているが、指図役と思われる者だけが、白装束の上から白い立襟の陣羽織を羽織っている。

「羅刹道かい?」

 紅子が問うが、当然返事は無い。

れ。羅刹天の意のままに」

 指図役が短く言うと、気勢が挙がった。

「さぁ、敵さんが来るよ。手に余るんなら斬っちまいな」

 紅子は飛砕を頭上で振り回し、敵の到来を待った。
 先頭の敵。飛砕を突き出し、肩を砕いたが同時に斬撃が伸びて来た。嫌な感じがした。頬を掠める。身を翻して、膝を打つ。敵が片膝をついたところを、飛砕を頭蓋に叩き込んだ。

「死ねぇ」

 絶叫だった。大上段で斬りかかってくる。がら空きの脇腹に、飛砕を打つ。しかし、相手は怯まず刀を振り下ろす。紅子は鼻先で躱すと、こめかみを一突きした。

「なんだよ、こいつら」

 悲鳴のような叫び。眼を向けると、関島という隊士が寄ってたかって串刺しにされていた。

(やっぱりね)

 紅子は舌打ちをして、駆け寄ってくる敵に苦無を二つ放った。

「気を付けろ。こいつら死ぬ事なんざ、ちっとも恐れてないわ」

 甚蔵が近寄る者を斬り斃していた。服部は二刀を振り回して駆け巡っている。三笠・梯・末永は、死を恐れない相手にてこずっているようだ。

「二人一組だ。誰でもいい」

 服部が、息が上りだした三笠に駆け寄る。梯と末永は背中を預け合い、甚蔵は関島と組んでいた若い隊士の襟首を掴んで傍に引き寄せた。
 まだ、敵は多い。やはり、十五以上はいるようだ。

「さぁ、幕引きと行こうじゃないか」

 紅子は飛砕を頭上で回すと、跳躍し敵の真ん中に飛び込んだ。
 肩・肘・膝・脛を打つ。骨が砕ける音が、手に伝わる。それを嫌だと思った時期もあったが、今は妙に心地良い。
 打たれた敵が倒れていく。殺してはいないが、なおも斬りかかる者は、頭蓋を打って殺した。

「撤退」

 一歩退いていた指図役が、呼び笛を鳴らした。甲高い音が、闇に響き渡る。

「追え」

 紅子は叫んだ。逃げる者は五名。紅子たちも猛追するが、敵も中々の足の速さだった。
 山崎という古参の隊士が、指図役の前に立ちはだかる。気勢を挙げ、斬り込む。交錯する。山崎の首だけが、宙に舞った。

「くそっ」

 斃れた山崎の横を、紅子は駆け抜けた。この足の速さは、尋常ではない。

(逃げられる)

 そう思った刹那、黒い影が敵の横槍を突いた。勝が率いる二番隊だった。
 勝が瞬く間に二人を斬り斃す。流石は、直心影流の使い手だ。勝の水心子正秀すいしんし まさひでが、更に一人を両断した。太刀筋に惚れ惚れする。あの性格でなければ、一番組の伍長を任せたいほどだ。
 続く二番組隊士が、一人を取り押さえた。残ったのは、指図役一人。一番組と二番組で挟み込んだ格好になった。

「投降しろ」

 紅子が言うと、指図役は返り血を浴びた頭巾を脱ぎ捨てた。
 指図役が印を作り、何かを呟いている。真言のようだが、詳しくはわからない。そして意を決して、刀を腹に突き立てようとした時、闇の中から何者かが指図役に組み付いた。
 転がりながら、刀をもぎ取る。寺男の恰好をした伊平次だった。

◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆

「助かった」

 紅子が素直に礼を言うと、勝は少し驚いた表情を浮かべた。
 御殿の玄関前である。今は負傷者の手当てと境内の確認で、周囲が騒がしい。命令だけ下せば、今紅子がやる事は無い。

「珍しいな、お前が礼を言うなんて」
「あたしはいつも素直だからさ。誰かさんのように捻くれてはいないよ」
「ふん。まぁ裏口にいたのは五人で、明らかな陽動だった。それで駆け付けたわけだ。難しい判断だったがね」

 襲撃者の中で息のある者が、集められている。その殆どが、歩けないほどの怪我を負っていて、満足に話せるのは指図役だけだった。

「おう、ご苦労さん」

 甲賀が佐伯・円兼と共に、御殿から出て来た。

「死傷者は?」
「一番隊は戦死が二名。山崎と関島。重傷者はいません」

 紅子の報告に続き、勝が戦死者として一名の名前を告げた。それに対し、甲賀は神妙な表情を浮かべるだけで、何か言う事は無い。これが逸撰隊なのだと、割り切っているのだろう。

「そうか。だが、無事に羅刹道の一味を捕らえる事に成功した。これは大きいぞ」

 指図役は、これでもかというほど伊平次に縛られている。抗おうとするので、梯に蹴り倒されている。この後については、身柄は逸撰隊の屯所に運ばれる事になっている。

「御門主は?」

 勝が訊いた。

「無事だよ。大した肝なんだろうな。我々を信じていると、隠れもしなかった」
「助かりました。この様子じゃ、我々だけでは到底無理でしたよ」

 佐伯が頭を下げる。結局、寺社奉行の連中は刀を抜く事は無かった。だが、それでいいと紅子は思っている。だからこそ、逸撰隊の価値が高まるのだ。

「見事でしたね」

 円兼が言った。

「流石は逸撰隊です。また、助けられましたよ」
「気にしなくていいさ。これが仕事だから」

 紅子がそう言うと、円兼は冷ややかに笑った。

「しかし、境内が血に染まってしまいました」
「それも仕事だから仕方ないわ」

 その一言に、円兼が大いに笑って去って行った。
 やはり変わった。そこまで見知った男ではなかったが、何かが欠落したように思える。

「局長」

 佐伯も御殿に引き上げると、返り血を浴びたままの甚蔵が伊平次と共に現れた。手には羅刹天の木簡を握っている。

「やはり羅刹道か?」
「ええ。それはそうですが、一つお願いが」

 甚蔵が周囲を見渡しながら、声を潜めた。

「なんだ?」
慈光宗ここを探りませんか?」

 甲賀の目が細くなる。紅子は勝と顔を見合わせた。

「何故?」
「気になりませんか。何故、こいつらが襲われたのか?」
「それは、逸撰隊われわれに協力したからだろう。それに、捕虜に訊けばわかる事だ」

 勝が口を挟んだ。

「なんか、臭いんですよ。これが制裁だとして、わざわざ江戸にいる時に襲います?

 どうせ智仙は江戸と金山を行き来している。殺す気なら、道中を襲うはずだ」

「ふむ」

 甲賀が腕を組む。珍しく難しい表情だ。やはり、慈光宗の後ろ盾を気にしているのだろう。智仙の背後には、大奥ひいては将軍家治がいる。

「勝、どう思う?」
「反対というわけではありませんが、藪蛇にもなりかねません」
「明楽は?」
「加瀬と同意見」

 そう言うと、もう一つ大きな溜息を吐いた。

「わかった。許可する。だが、動くのは加瀬と伊平次だけだ。出来るだけ秘密裏で動け。いいな?」

 甚蔵が力強く頷いた。
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