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(43)キャスカを慕う者(1)

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 ダンジョン、更には魔王に関する全ての事実を知り得たキャスカは、未だ教会の中で癒しに関する活動を補助しつつどう動くのかを真剣に考えている。

 正直な所、<勇者>を始めとした称号持ちや自国であるシナバラス王国、今身を顰めているユガル王国に侵攻されても全く問題ないと言い切る事が出来る<魔王>モラルの力が有れば、難なく地上を全て手に入れる事が出来るのではと言う確信があるのだが、当人にその気がないので、やはり自らがシナバラス王国の安定を図る為に立ち上がらなくてはならないと決意している。

 それほどの力を持っているモラルの助力があるので間違いなく王となれる自信はあるのだが、なるべく地上に被害が無いように、そしてなるべく遺恨を無くすためにはどの様に行動するべきかを侍女であるサリハと共に必死で考えている。

 このような性格なので、争いを好まずシナバラス王国から唯一の味方と思っているサリハの先導で逃亡していたが、一部の騎士、冒険者、民はサリハの優しく穏やかな性格に触れて尊敬し、敬愛し、力になりたいと思っていた。

 シナバラス王国に住む者であれば誰しもが王位継承の凄惨さを知っているので、立場上騎士や民は直接的な力になる事が出来ず、早い段階でキャスカが逃亡したと知る事になる。

 この状態でキャスカを助けるには、騎士は自らが所属する派閥、決して好んでその派閥にいる訳ではないのだが、生活がある上に王位を継げる可能性が高いと思っている者の配下となる事で将来が約束されているのだが、その立場を捨てるとともに、それ以降は逆に命を狙われる立場に成り下がる。

 強大な力が有る王族の配下であれば直接的な脅威には今の所晒されないのだが、王位継承を放棄すると言い戦力を全て拒否していたキャスカの元に行けば、間違いなく命の危険があるとの判断になる。

 民も、国や場合によっては家族も捨てて動く必要がある為に、何も戦力の無い彼等が出来る事も少ないので一歩を踏み出せずにいるのだが、冒険者だけは立ち位置が異なる。

 正直国の王がどうであろうが関係なく、拠点を変えたければ好きにすれば良いので、ある意味自由人と言う立場であり、その中の一部ではあるがキャスカを守りたいと思っている数人が、自らの命が狙われる事を厭わず教会にいるキャスカの情報を掴んでユガル王国に出国していた。

「ねぇ、ドリにぃ。なんだかあっちの方向が騒がしくない?」

「確かに……戦闘の気配がする。もうここはユガル王国に入っているはずだから、ひょっとしてキャスカ様に関係する人物が戦闘しているのであれば助力しなくてはならない」

 今会話をしているのは二人に聞こえるが、男性の方は三つ子、そして唯一の女性は末妹であり、ドリンカー、キャプサ、イージョリの三兄弟と、末妹のリューリと言う血の繋がったパーティーだ。

 正直家族であるリューリ以外には見分けがつかない三兄弟だが、長兄であるドリンカーの話に納得した四人は一気に走りだしつつも、しっかりと気配を消して行動しているのは流石熟練の冒険者。

「おいおい、なんで人に向かって攻撃をしているんだ?」

 道中、明らかに人……<賢者>ホルドの凶行から必死で逃げているミュゼの様子を確認した四人は、慎重に後を付いて行く。

 仮にミュゼが有り得ない裏切り行為をしていたのであれば、残虐ではあるがこのような行為は認められているからだが……幸か不幸か異常に身体能力が底上げされているホルドを始めとした一行は自らの力に酔いしれ、少し前までは周辺を探し回って獲物が居なくなった事から周囲の警戒は全く行っておらずに、ドリンカー一行には気が付かないままに村に到着して有り得ない会話をする。

 ドリンカー達が聞いたのは、ルナの暴言に同意するかのような形で宣言し、更には自らを<勇者>パーティーと名乗ったグレイブのこの一言。

「ホルドだけ長く楽しむ・・・のも納得できないな。村人には的になってもらおうか」

 <勇者>一行の話はシナバラス王国に助力が来た段階で公になっており、その立場、つまり貴族である事も公開されているので、今目の前にいる面々の服装、更には有り得ない装備を目の当たりにして間違いなく<勇者>パーティーであると把握したドリンカー達は、キャスカを慕うだけあって蛮行を見過ごすわけにはいかないと即座に行動に移す。

 この辺りは三つ子と、その三つ子と常に行動をしていた末妹である為に言葉に出さず共各自が最適な行動を完全と言って良い程同時にとり始める。

 グレイブの予想通りに、鬼族オーガの依頼を受けてくれた冒険者パーティーの内の一人が相当な怪我をしながら助けを求めてきたので慌てて外に出て来る村人達だが、まさか人、それも<勇者>パーティーから襲われているとはわからないので、冒険者でも敵わなかった鬼族オーガが攻めて来るのかと戦々恐々としているのだが、ミュゼの口から敵は人だと聞き、更にはその人が<賢者>ホルドであると聞いて驚愕する。

「そんな馬鹿な!彼等は魔王を始末する為に必死で行動してくれる英雄ですよ?」

 思わず村人の一人が反論するのだが、その反論に合わせるようにグレイブ達がその場に現れる。

「そうそう、そこの村人の言う事が正しく僕達は英雄です。ですので、しっかりと正解を言い当てた貴方にはお礼として苦痛の無い旅立ちを差し上げましょう!」

 <賢者>ホルドがこう言った瞬間に、魔法によって上半身が吹き飛ぶ<勇者>パーティーを庇った村人。

「「「「「うわぁ~!」」」」」

 そこからは大混乱に陥った村だが、グレイブ達は事前に話し合っていた通りに逃げまとう存在を仕留める事が良い練習になると結論付けていたので、今の所はまだこの周辺から退避できていない村人に対して獰猛な笑みを向けるだけで何も動かない。

 村人よりもはるかに身体能力の高い冒険者のミュゼに対しては、有り得ないが逃亡されて余計な報告をされては少々・・面倒だと言う思いから、注視はしている。

「そこまでだ!」

 まさにここまでの蛮行と証言とも言える暴言を聞いてしまったので、冤罪はないと判断したドリンカー一行は一気に動き、<勇者>グレイブ、<賢者>ホルド、<剣神>ミア、<聖盾>ルナの背後から忍び寄り、首にもう少し力を入れれば完全に動脈を切断できる所で刃を止めている。
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