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狭間世界編
第二十六話:暁の風とスパイ狩り
『暁の風』という組織の本部があるマンションっぽい外観の建物前にて、コウは早速周囲を飛び交う雑多な思念を拾い、幾つかこちらに向けられている意識を確認する。
その中に、『待ち人来る』の念を浮かべた人物が居た。朔耶の言う、勇者アルシアであった。
「アルシアちゃん、そこで待ってたんだ?」
「来たかサクヤ。それと、その子は?」
「こんばんわー」
コウはぺこりと挨拶する。コウの視点から捉えた勇者アルシアは、邪神ユースケと同じく内側から光っているように見えた。
朔耶がコウとアルシアに互いを紹介する。
「助っ人のコウ君よ。凄く頼りになるわ。それからコウ君、彼女が勇者のアルシアちゃん。向こうのアルシアちゃんから複製召喚されたアルシアちゃんよ」
「アルシアだ。勇者と呼ばれているが、前衛の戦士のようなものだ。よろしく頼む」
コウは、勇者アルシアの基となった訓練生アルシアとも面識がある。両者年齢は同じはずだが、こちらのアルシアは随分と大人びて見えた。
ただし、それは物腰や立ち振る舞いから感じられる外見的な印象であり、冒険者を目指していた彼女の本質は然程変わってはいないようだ。
「冒険者のコウです。冒険者協会のメダルランクは個人で『双剣と猛獣』だよ」
「なんとっ! サクヤから話に聞いてはいたが、かなりの実力者のようだ」
かつて冒険者になるべく、隣国から国境の街バラッセにある訓練学校を目指していたアルシアは、冒険者協会が発行する名誉メダルの事もしっかり覚えていた。
それから、朔耶が悠介に借りて来た支援装備と一緒に栄耀同盟の本拠地施設の見取り図も差し出すと、アルシアは唖然として固まった。
見取り図はコウがかっぱらった基地施設より見つかった物である説明を受けて、絶句している。
「とんでもなく規格外な冒険者なのだな」
まがりなりにも、複数の国家に陰謀と破壊工作を仕掛けられるような組織を相手に、個人で相対して立ち回れるコウには、畏敬の念を抱いたようだ。
敵対すれば高確率で相手を自滅させて状況を引っ繰り返す邪神や、相手が何処に居ようと懐に飛び込んで懐柔したり瓦解させる戦女神に継ぐイレギュラー要員と見做されたらしい。
そのまま総司令部となる奥の会議室へと案内される。
道中、朔耶からアルシアに何か包みが渡されていたが、アルシアから読み取れた情報によると、組織の活動とはあまり関係のない個人的なお土産のようだった。
(手作りポテチか~)
総司令部の会議室はそこそこ広めの質素な部屋で、中心に大きな地図を広げたテーブルがあり、今回の作戦で協力態勢を敷いた各組織の代表者達が集まって、意見を取り交わしていた。
彼等に件の見取り図と、悠介から貸し出された支援装備が届けられる。
「これは……っ! 作戦内容に少し修正が必要だな」『いいぞ、斥候の負担が減らせる』
「ああ、内部の構造が分かっているなら、攻撃班をもっと前に配置できる」『まずいな……一体どこから流出したんだ』
(うん?)
敵施設の見取り図が手に入った事で、作戦内容にも若干の修正が加えられる事になったらしく、関係各所と慌ただしいやり取りが始まった。
コウはその中に、奇妙な思考を拾って小首を傾げる。
「現場を監視している部隊と、輸送を担当する真聖光徒機関にも連絡を」『強襲用の高速揚陸艇を追加してもらおう』
「この指輪は何だ?」『魔導製品では無い様だが……はて?』
「例のカルツィオの勇者が作った物らしい。なんでも射撃の精度が上がるとか」『アルシアのメイスと同じような特殊効果があるのかな』
「どの程度の効果があるか分からんな、誰か試して来てくれ」『とりあえず時間を稼ぎつつ同志に報せないと』
攻撃開始は夜明け前に予定されている。情報の共有や装備の確認などで、作戦が始まる直前までバタバタしていそうであった。
が、それ以前に大きな問題が潜んでいた。
(やっぱりスパイが入り込んでたかー)
総司令部という此方の中枢に、栄耀同盟側の人間が複数人交じっている。
いずれも栄耀同盟から直接送り込まれた者ではなく、他民族自治区から来た別組織の代表者達のようだ。
栄耀同盟はカルツィオ大陸に工作員を派遣していたように、ポルヴァーティアの地でも他民族が暮らす囲郭都市に人を送り込み、密かに同盟関係を結んでいたらしい。
今コウ達が居る囲郭都市はポルヴァーティア人自治区。かつて、ここには聖都カーストパレスという巨大な街があった。
ポルヴァーティア人を頂点に他民族を隷属させた宗教国家を築いていたのだが、カルツィオに侵略戦争を仕掛けて返り討ちに合い、邪神・悠介に国家体制ごと街を解体された。
当時、悠介は聖都カーストパレスを複数の囲郭都市に造り変えると、労働力として酷使されていた元他大陸の民族をそれぞれの囲郭都市に振り分け、自治区として独立させたのだ。
そんな他の囲郭都市からやって来た元他大陸民族の組織代表達だが、彼等の中にも旧体制下のポルヴァーティアで上手く立ち回り、美味しい立場を確保していた民族も居た。
旧執聖機関が支配するポルヴァーティアの繁栄からお零れを享受し、最底辺の身分に押し込められた他の元他大陸民族の上にも胡坐を掻いていた彼等。
悠介の秘策でポルヴァーティアの旧体制が壊滅し、全ての元他大陸民族が半ば強制的に独立させられてからは、彼等はかなり困窮する事になった。
それまでただ上に従い、施しを与えられる生活に浸りきっていた為、自分達で環境を整えたり、社会を発展させていく力が失われていたのだ。
幸い、悠介が構築した各囲郭都市には、その中に住む人々が生きて行けるだけの水や食糧を生産する施設が十分に用意されていた。
旧体制が終わったその日から、只管現状を維持――その実、何も決めない、始めない暮らしを続けていた彼等のところに、栄耀同盟の工作員が現れて傘下に加わるよう打診。
新たな主を得た彼等は、栄耀同盟に命じられるままに民族代表の組織を立ち上げ、その方策に従って来たのである。
コウがそんな裏事情を読み取っていると、大分眠そうにしている朔耶が一旦帰る旨を告げた。
「とりあえず、あたしは作戦が始まるまで休んでるわ。コウ君、アルシアちゃん達の事よろしくね」
「おっけー」
栄耀同盟のスパイが交じっている事を今話せば、朔耶は落ち着いて休めなくなるだろう。そう判断したコウは、この件に関してはもう少し情報を集めてから相談する事にした。
「色々動いて貰って済まないな。ゆっくり休んで来てくれ」
朔耶はアルシアに労われながら、何時ものようにスッと姿を消した。地球世界へと転移したようだ。
(さて、ボクはボクのやれる事をやろう)
アルシア達の事もよろしくお願いされたので、まずは明確な敵味方の判別からだと、コウは再び飛び交う思考の読み取りに集中する。
狭間世界に来てから終始こんな調子だが、敵味方の判別は最早コウのお家芸。
かつて、フラキウル大陸はグランダール王国の食糧庫と謳われるクラカルの街で、統治者であるバーミスト伯爵のディレトス家にて。
ペットの子犬フォスターに憑依していたコウが、様々な事情から屋敷で孤立していた令嬢アリスを助ける為に動いた時から、コウの活動の基本中の基本である。
アルシアには話しておく必要があるので、ちょいちょいと手招きしてこの施設内を案内してもらう体を装いながら、会議室の外へと誘う。
あまり腹芸の出来るタイプに思えなかったので、配慮した。
「うん? どうした?」
「あのねー」
会議室に居る各組織の代表者や、構成員達がこちらに意識を向けていない事を確認してから、アルシアにそれを告げる。
「他の組織の代表者の中に、栄耀同盟側の人が交じってるよ」
「っ!? それは……確かか?」
一瞬目を見開いたアルシアは、声を潜めて詳しく問い質す。そんな彼女に、コウは今し方読み取った情報の概要を説明した。
「……なるほどな。しかし、これはまた厄介な……」
「出発前に押さえとく?」
「そうしておきたいところだが、既にそれらの組織から来た戦闘員が各部隊に配属されている」
今回の合同作戦では、各有力組織が一丸となり、戦力を出し合って編成された複数のチームが連合部隊として動く事になっている。
栄耀同盟側の組織から来たチームが抜けると、攻撃手が足りなくなる。
とは言っても、裏切る可能性大というか、ほぼ確実に裏切って来そうなチームを連合部隊に加えておく事は有り得ない。
栄耀同盟の本拠地強襲作戦の遂行に支障をきたす前に、何とか手を打たねばならない。
「抜けた分の戦力は、私とサクヤで補えるか……?」
「ボクもてつだうよ」
コウは複合体を使った殲滅力の他に、もう一つ秘策も考えてある事を告げると、まずはスパイを押さえるべく、アルシアと段取りを話し合うのだった。
深夜過ぎ。地球世界では丑三つ時に当たる頃。『暁の風』本部が入る建物内の一角にて。
「皆、準備は出来ているか?」
『暁の風』でアルシアが特に信頼を寄せている人物である、カナンという男性幹部と彼の部下達、それに一般構成員が集まり、これから行う捕り物について最終確認が話し合われていた。
「他の代表者達に報せは?」
「コウ坊が味方判定出した所には伝えて来た。大丈夫だ、何時でも行ける」
アルシアの問いにカナン達が応える。
コウの事を『コウ坊』と呼ぶカナンは、先の作戦会議が一段落した辺りでアルシアから休憩がてら部屋に誘われ、そこでコウの特性について説明を受けた。
そして同時に、栄耀同盟のスパイが紛れ込んでいる事を知らされた。
栄耀同盟の本拠地強襲作戦の中止は、本隊に逃げられる可能性を考えると絶対に避けたい。会議の合間に少しずつ仲間を連れ出し、事情を話して協力を求めるというやり方で、相手方に気取られないようスパイ狩りの準備を進めて来たのだ。
そうして、栄耀同盟の本拠地強襲作戦の微修正が一段落し、皆で作戦開始時刻まで休憩に入ったところで、スパイ狩り作戦が開始された。
といっても、然程大きな騒ぎにする訳ではない。件の組織代表者とその関係者達は、部屋割りという自然な方法で予め一ヵ所に纏めてある。
彼等が入った部屋を封鎖するだけで、身柄確保は完了だ。
「実にあっさり終わったな」
「あれだけの人数を何事も無く抑え込めるとは……」
「もうちょっとしたら騒ぎだすとおもうよ?」
武器や通信具の類は持っていない事をコウがチェック済みなので、部屋の中で騒がれても問題無い。後はこのまま作戦終了まで閉じ込めて置けばいい。
「よし、じゃあ俺達は手分けして他の連中にも説明しに行く。アルシアはコウ坊と広場か?」
「ええ。コウに秘策があるらしいので」
カナン達はスパイ狩りの間に待機していた『暁の風』の他のメンバーや、味方の組織代表者達に現状報告をして、強襲作戦が始まるまでに抜けた戦力の穴埋めなどを話し合う。
コウは自身の考えた秘策が想定通り機能するかを確かめる為、アルシアに『暁の風』が訓練場として使用している本部施設裏の広場へと案内してもらった。
密集した団地の隙間に設けられた、そこそこな広さの空間。丈夫な壁に囲まれた広場の端には、射撃用の的が幾つか並んでいる。案山子の様な近接戦闘用の的は無いようだ。
「ここで大丈夫か?」
「うん、十分な広さだよ」
そう言って広場に踏み出したコウは、異次元倉庫からまず、エイネリアとレクティマを取り出した。突然メカニカルなデザインのメイド服に身を包んだ女性が現れた事に、アルシアが驚いている。
「金髪のながいほうがエイネリアで、黒髪のみじかいほうがレクティマだよ」
慈母のような柔らかい雰囲気を持つエイネリアと、お姉さんっぽい親しみ易さを感じるレクティマが揃ってお辞儀をした。
「彼女達が、サクヤの言っていた古代文明のゴーレムか」
「ガイドアクターって言うんだよ」
女性型のエイネリア達はガイドアクトレスと呼ばれる。戦闘用では無いので、彼女達をそのまま戦力に数える事は出来ないが、コウの秘策の要になる。
コウが確認作業の準備をしていると、『暁の風』の若いメンバーがアルシアを呼びに来た。
「アルシアさん! ちょっと来て下さいっ」
「おっと、私はもう行かねば。コウの秘策、当てにしているぞ」
出発前から戦力の立て直しを話し合う羽目になって、流石にバタバタしているようだ。「いってらっしゃい」とアルシアを送り出したコウは、広場に向き直る。
「さて、うまくいくかな?」
コウは、恐らく大丈夫であろうという確信めいた予測を持ちながら、異次元倉庫から巨体なソレを取り出した。
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