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10 一方カンタブラでは
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一方その頃、サーシャの祖国、カンタブラ王国では、別の帳簿が開かれていた。
「……また、関税収入が減っている」
財務卿が、顔をしかめながらため息をつく。
王太子グイドの執務室。
机の上には、アストリアとの貿易に関する資料が散らばっているが、そのどれにも手が入った形跡は薄い。
「アストリアが北方の開発に成功してから、向こうを経由した交易が増えております。結果として、我が国を通る商隊が減っているのです」
「アストリアが勝手なことをしているからだろう!」
王太子グイドが、苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「奴らは、我が国に何の恩もないくせに……」
「いえ、殿下。以前より彼の国から“北方の調査を共同で行わないか”という打診は何度か来ておりました。それを“面倒だ”“あまり儲からなさそうだ”とお断りになったのは──」
財務卿は言葉を濁した。
その決定に誰が関わっていたのか、ここで名を出すわけにはいかない。
グイドは不機嫌そうに椅子にもたれた。
「だったら、その時にもっと強く進言していればよかっただろう!」
(その場には、サーシャ嬢もおられたはずですが……)
財務卿は心の中でだけ呟いた。
あの時、古い地図と記録を机の上に並べ、「北方には未利用の資源が眠っている可能性がある」と静かに説明した少女。
それを、王妃は「女がそんな、土と石の話を」と笑い、王太子は「今、忙しいから」と書類の山に紛れ込ませた。
結果として、その書類はどこかへ消えてしまった。
だが今さら、それを口に出したところで何の意味もない。
「ともかく、今はアストリアとの関係を悪化させるべきではありません。向こうの鉱脈から得られる油や燃料が、我が国にも流れてこなければ、冬を越せない街が出ます」
「……わかっている」
グイドは渋々と言った。
「だからこそ、アストリアには“協力する心構えがある”と示しておくべきだ。あの国には、今やサーシャも──」
その名を口にした途端、彼の顔が歪んだ。
「……いや、我が国に背を向けた女の話など、する価値もない」
(背を向けさせたのは、どなたか)
財務卿は、またしても心の中だけで冷ややかに評する。
決して口には出さない。
この国では、真実を口にすることが、必ずしも正しい結果を生まないからだ。
◇ ◇ ◇
一方、アストリア王立書庫。
サーシャが新たな記録の束を読み終えた頃、書庫の扉が勢いよく開いた。
「サーシャ顧問!」
駆け込んできたのは、若い書庫員だった。
息を弾ませ、顔を輝かせている。
「北方調査隊から、早馬です!」
差し出された封筒には、ルドルフの署名と印が押されていた。
サーシャは封を切る手が、わずかに震えるのを自覚しながら、丁寧に紙を開いた。
そこには、簡潔な文が綴られている。
『予測どおり、丘陵地帯の一角で“黒き油の涙”を確認した』
『火を近づけると激しく燃え、地中から途切れなく湧き出している』
『君の忠告どおり、周囲の地盤は脆い。危険区域を広く設定し、慎重に作業中』
『詳細は後日、正式な報告書で伝える。まずは第一報として── “君の読みは当たった”とだけ、先に知らせたかった』
「……」
読み終えて、サーシャは大きく息を吐いた。
(本当に、見つかったのね)
紙の上にしか存在しなかった“神々の涙”が、今、誰かの目の前で現実のものとなっている。
ミヒャエルがそっと問いかけてきた。
「サーシャ顧問、いかがでしたか?」
「どうやら……」
サーシャは、自然と表情を緩めた。
「“黒き油の涙”は、地中で眠っていたようですわ。これからが、本番ですけれど」
「本番……」
「これをどうやって掘り、どう運び、どう使うのか。古文書は、“間違えた例”についてはたくさん教えてくれますが、“正しいやり方”は曖昧ですの」
だからこそ、ここから先は知恵の見せどころだ。
「引き続き、古い記録から“事故を避けた事例”や、“地元の人々の扱い方”を探していきますわ。アストリアが“神々の涙”と、うまく付き合えるように」
「承知しました。書庫員一同、総力を挙げてお手伝いします」
ミヒャエルは力強く頷く。
サーシャはルドルフからの手紙を丁寧に折りたたみ、手帳の間に挟む。
(これで、少なくとも最初の一歩は踏み出せた)
彼女の胸の奥で、静かな高揚感が広がっていく。
「……また、関税収入が減っている」
財務卿が、顔をしかめながらため息をつく。
王太子グイドの執務室。
机の上には、アストリアとの貿易に関する資料が散らばっているが、そのどれにも手が入った形跡は薄い。
「アストリアが北方の開発に成功してから、向こうを経由した交易が増えております。結果として、我が国を通る商隊が減っているのです」
「アストリアが勝手なことをしているからだろう!」
王太子グイドが、苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「奴らは、我が国に何の恩もないくせに……」
「いえ、殿下。以前より彼の国から“北方の調査を共同で行わないか”という打診は何度か来ておりました。それを“面倒だ”“あまり儲からなさそうだ”とお断りになったのは──」
財務卿は言葉を濁した。
その決定に誰が関わっていたのか、ここで名を出すわけにはいかない。
グイドは不機嫌そうに椅子にもたれた。
「だったら、その時にもっと強く進言していればよかっただろう!」
(その場には、サーシャ嬢もおられたはずですが……)
財務卿は心の中でだけ呟いた。
あの時、古い地図と記録を机の上に並べ、「北方には未利用の資源が眠っている可能性がある」と静かに説明した少女。
それを、王妃は「女がそんな、土と石の話を」と笑い、王太子は「今、忙しいから」と書類の山に紛れ込ませた。
結果として、その書類はどこかへ消えてしまった。
だが今さら、それを口に出したところで何の意味もない。
「ともかく、今はアストリアとの関係を悪化させるべきではありません。向こうの鉱脈から得られる油や燃料が、我が国にも流れてこなければ、冬を越せない街が出ます」
「……わかっている」
グイドは渋々と言った。
「だからこそ、アストリアには“協力する心構えがある”と示しておくべきだ。あの国には、今やサーシャも──」
その名を口にした途端、彼の顔が歪んだ。
「……いや、我が国に背を向けた女の話など、する価値もない」
(背を向けさせたのは、どなたか)
財務卿は、またしても心の中だけで冷ややかに評する。
決して口には出さない。
この国では、真実を口にすることが、必ずしも正しい結果を生まないからだ。
◇ ◇ ◇
一方、アストリア王立書庫。
サーシャが新たな記録の束を読み終えた頃、書庫の扉が勢いよく開いた。
「サーシャ顧問!」
駆け込んできたのは、若い書庫員だった。
息を弾ませ、顔を輝かせている。
「北方調査隊から、早馬です!」
差し出された封筒には、ルドルフの署名と印が押されていた。
サーシャは封を切る手が、わずかに震えるのを自覚しながら、丁寧に紙を開いた。
そこには、簡潔な文が綴られている。
『予測どおり、丘陵地帯の一角で“黒き油の涙”を確認した』
『火を近づけると激しく燃え、地中から途切れなく湧き出している』
『君の忠告どおり、周囲の地盤は脆い。危険区域を広く設定し、慎重に作業中』
『詳細は後日、正式な報告書で伝える。まずは第一報として── “君の読みは当たった”とだけ、先に知らせたかった』
「……」
読み終えて、サーシャは大きく息を吐いた。
(本当に、見つかったのね)
紙の上にしか存在しなかった“神々の涙”が、今、誰かの目の前で現実のものとなっている。
ミヒャエルがそっと問いかけてきた。
「サーシャ顧問、いかがでしたか?」
「どうやら……」
サーシャは、自然と表情を緩めた。
「“黒き油の涙”は、地中で眠っていたようですわ。これからが、本番ですけれど」
「本番……」
「これをどうやって掘り、どう運び、どう使うのか。古文書は、“間違えた例”についてはたくさん教えてくれますが、“正しいやり方”は曖昧ですの」
だからこそ、ここから先は知恵の見せどころだ。
「引き続き、古い記録から“事故を避けた事例”や、“地元の人々の扱い方”を探していきますわ。アストリアが“神々の涙”と、うまく付き合えるように」
「承知しました。書庫員一同、総力を挙げてお手伝いします」
ミヒャエルは力強く頷く。
サーシャはルドルフからの手紙を丁寧に折りたたみ、手帳の間に挟む。
(これで、少なくとも最初の一歩は踏み出せた)
彼女の胸の奥で、静かな高揚感が広がっていく。
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