ラジオの向こう

諏訪野 滋

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第二章 オリエンテーション

生徒の、生徒による、生徒のための課外指導

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 その少年は、少し驚いたようだった。

「あんた、俺のこと知ってんの? その制服からすると、うちの学校の奴みたいだが」

 私も驚いた。白倉さんに朝倉くんと呼ばれた彼は、どうやら我が校の生徒だったらしい。ほんの短い沈黙の後で、スケボーの彼は白倉さんが何者であるかを思い出したようだ。やはり彼女の知名度は群を抜いている。

「……生徒会長が、こんなところにわざわざ足を運んでくださるとはな。あんたB組だろ? D組の俺のことなんてよく知ってたな、しかも見ての通りに私服だぜ?」

「私は、自分の学校の生徒のことはすべて把握しているわ。そういう仕事だから」

 そんなわけないでしょ、と私は突っ込みたくなったが、彼女の言う事があながちはったりだとも思えないところが実に恐ろしい。

「で、あんたら。春休みなのに制服着て、ここで何やってんの」

 白倉さんは、単刀直入に切り出した。

「実はね、学校に二件ほど苦情が来ているの。朝倉くん、制服を着てここで滑ってたこと、あるよね? だから君が我が校の生徒だってことは、一般の人に割れてるわけよ」

 朝倉くんの顔から、すうっと表情が消えた。

「なるほど。学校の評判に傷がつくってんで、生徒会長自ら俺に意見しに来たってことか」

 私は、事の次第をようやく理解した。つまり白倉さんは、生徒会長という立場を利用して生徒指導を行おうとしているのか。先生たちの目の届かない裏の生徒問題を、自力で解決しようというのか。
 物好きな、と私は思った。これはどう考えても、先生の代りに憎まれ役を買って出ているようなものではないか。それに大人である先生たちと違って、年齢の近い同じ学校の生徒からの指導に、果たしてどれだけの実効性が期待できるのか。

 案の定、朝倉くんの態度には何らの変化も見えない。

「大目に見てくんないかな。せっかく最近、ギャラリーも増えてきたところだし。他校の奴らとか、女の子とかさ。それって、うちの学校の宣伝にもなってるんじゃねえの?」

「そんな宣伝、私は頼んだ覚えはないわ。苦情が来ている以上、ここでは滑らないでほしいんだけれど」

 朝倉くんはやれやれと首を振ると、一歩前へ出た。決して大柄とは言えない白倉さんを、彼がそのまま見下ろす形になる。

「この公園、スケボー禁止とは書かれていないよな。俺一応、そいつは調べて確認してから、いくつかの公園を回ってるし。で、ここが一番人が少なくて滑りやすいのよ。それにこの場所は広くて民家から離れてるし、俺は夜は滑らない。さらにこいつはソフトウィールだから、大した音はしない」

 そう言って朝倉くんは、ボードを拾ってタイヤの表面をなでてみせた。どうやら、大きな音を立てないように柔らかめのタイヤを使っている、という事らしい。

「つまりだ。俺はルールを破ってはいないし、誰かを危険にさらしてもいないし、騒音で近所迷惑になっているわけでもない。どうだ、俺をここから立ち退かせるための根拠はあるかい?」

 やはり朝倉くんは、うちの学校の生徒だ。押さえるべきところは押さえているし、理屈も一応通っている。進学校である我が校に厳しい受験をパスして入学してきているだけのことはあり、理路整然としていて特に隙は見当たらない。しかし、白倉さんはもちろん引かない。

「これはイメージの問題よ。偏見だとは私も思うけれど、スケートボードが怖いという感情を持つ人たちもいるのは事実。スケートボードが好きなら、そういった配慮も必要だと思うけれど?」

 白倉さんの言葉はいかにも挑発的だ。しかし当の朝倉くんは大した反応も示さず、ただ苦笑を浮かべた。

「へえ。過剰なクレーマーに対応を迫られている学校の図だな、あんたらも大変なこった。だがまあ会長がそこまでやるなって言うんなら、ボード、やめてもいいぜ」

 私は自分の耳を疑った。白倉さんに食って掛かるか、冷笑しあるいは無視して滑り続けるか、いずれにしても彼が何らかの反抗を示すと予想していた私は、その朝倉くんの言葉に違和感を覚えて戸惑う。

「生徒会長。ボードが好きなら、ってあんた言ったけれど、別に俺、そんなに好きなわけじゃないんだよな。人に注目されれば、それが何だっていいっつーか。ダンスでも、バンドでも、何でもさ」

 え。
 今あなた、ボードが好きじゃないって言った?

「すでに調査済みならご存じだろうが、俺、成績大して良くないしな。優秀な生徒会長様にはわからねえだろうが、進学校で成績振るわないってのは結構つらいものがあるぜ? うちの学校じゃ、テストの点数が唯一の評価基準だからな」

 冷めた調子で続ける朝倉くんの言葉を、白倉さんは黙って聞いていた。彼の言葉には、確かに残酷な真実が含まれている。
 けれど。

「成績以外で目立とうってのは、そっちの価値観からしたら、現実逃避か負け犬にしか映らないかもしれねえな。でもやっぱり、誰かが見てくれるっていうのは嬉しいもんだぜ。生徒会長のあんたなら、注目されることの快感はわかってくれるだろう? 承認欲求っていう奴さ」

 違う。

「でも俺のボードがあんたらに迷惑かけてるってんなら、まあやめとくよ。人様に煙たがられてまで目立とうなんて、さすがに俺もそこまで腐っちゃいないからな」

 あなたは、自分をいつわっている。

「せっかくだから生徒会長、俺に何か、別の派手な事でも教えてくれれば……」

「嘘だ!」

 私は思わず叫んでいた。
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