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十章……イタズラ小悪魔と幸運兎

第54話:幸運兎は幸せを運んでくれるのか

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 メーメル族の村の傍にある森はそれほど広くはないのだが、草木が生い茂っているせいか視界はそれほどよくはなかった。シグルドが匂いを辿っているけれど、この状態では見つけるのも大変だろう。

 兎など背丈の高い草が邪魔をしているので余計に見つけづらい。これは兎は諦めてもらうしかないなとクラウスが思っていると、ブリュンヒルトがあっと声を上げた。


「あれ、兎の耳じゃないですか?」


 見てみると太い幹の傍に生える草から長い耳がぴんっと飛び出している。確かにあれは兎の耳で間違いない。けれど、動物というのは素早いので捕まえるのは難しいものだ。さて、どうするかと考えていればルールエが少し距離を取りつつ兎に近寄っていた。

 ルールエはぬいぐるみをいくつか取り出して操る。うさぎを囲むようにしてから一気に飛びつかせた。逃げよとする兎だったが、ぬいぐるみに囲まれてしまっているので逃げ場はなく、慌てているところにルールエがえいっと手を出して彼女に捕まってしまった。


「捕ったぞー!」
「ルールエちゃんすごい!」
「うさちゃんゲッド……あれ?」


 ルールエは兎を抱えて顔を覗くと首を傾げた。その様子になんだと皆が兎を見て、目を瞬かせる。

 真っ白な兎の額に水晶のような一本角が生えていたのだ。赤い瞳が不機嫌そうにルールエを見つめている。


「兎って角生えてないよね?」
「何でしょう、この子?」
「ハピラビィだ」


 兎を見てフィリベルトがどうしたものかと額を押さえながら言った。ルールエとブリュンヒルトがなんだそれといった表情を見せたので、彼は「珍しい生き物だ」と説明をする。

 ハピラビィは魔物というよりは聖獣に近い生き物だ。滅多に姿を現すことがなく、生態がはっきりとわかってない。けれど、ハピラビィは幸運を運んでくれるとされている、別名・幸運の兎と呼ばれているのだという。

 ハピラビィは気まぐれなので見つけたとしても幸運を授けてくれるとは限らず、悪戯好きでもあるので出逢った人間たちにハプニングを与えたりもするらしい。どうやって幸運を運んでくれるのか、条件は何なのかは分かっていない。


「うっわ! 珍しいんだ、この子!」
「私も実物を見るのは初めてだが……これは困ったことになる」
「なんでですか?」

「言った通り、幸運を授けてくれるかもしれないが、悪戯好きな一面もある。出逢った人間をどうするかのか決めるのはハピラビィだ」


 出逢ってしまった人間に何をもたらすのかはこの兎自身が決めることだ。クラウスたちは出逢っただけでなく、捕まえることに成功してしまっている。ハピラビィがどういった感情を抱いているのか、それによってはパーティに何が起こるか分からないのだ。


「え、え、え! ど、どうしよう……」
「とりあえず、逃がすのがいいのではないだろうか……」
「クラウスの兄さんの言う通りだな。面倒事に巻き込まれる前に逃がすのが一番だ」


 クラウスの提案にアロイは賛成と手を上げる。それにブリュンヒルトも「そうですよね」と頷き、ルールエもハピラビィを撫でながら「ごめんね」と謝っていた。

 ルールエはハピラビィを地面にそっと置く。「もう何処かに行っていいよ」と声をかけると、ハピラビィはふんふんと鼻を動かしてきょろきょろと周囲を見渡している。

 これで何処かに行くだろうと誰もが思ったのだが、ハピラビィはぴょんっと大きく飛ぶとルールエの頭に乗っかった。


「うぉわぁ!」


 ルールエは突然、乗ってきたハピラビィに驚いて声を上げる。ハピラビィは落ち着いたようにのべっと顎をルールエの頭に乗せていた。ルールエは「これ、どゆことー」と助けを求めるようにフィリベルトを見遣る。


「……多分、ハピラビィは何かしたいのだろうな」
「はー! そんなに根に持つタイプなのかよ、この兎」


 フィリベルトの見解にアロイは愚痴りながらハピラビィを見た。ハピラビィは何を考えているか分からない赤い瞳を向けている。

 このまま頭に乗っているのは困るのでルールエはハピラビィを抱きかかえると、どうしようかとクラウスに問う。クラウスもハピラビィと遭遇するのはこれが初めてなのでどう対処するのが良いのか悩んでいた。

 聖獣に近い存在なのだから迂闊なことをしてハプニングを起こされては困まる。丁寧に扱わなければならないので、余計にどうするのが良いのか判断ができない。


「フィリベルト、これはどうするべきか……」
「連れていくしかないだろうな」


 フィリベルトは「このまま置いていこうともこの魔物は着いてくる」と答える。機嫌を損ねてハプニングを起こされるよりも、気がすむまで一緒にいさせるほうが良いと判断したようだ。クラウスもそれが一番だろうと納得して、とりあえずルールエが抱きかかえていることになった。

 ルールエのぬいぐるみを操る魔法というのは手がふさがっていてもできるので、ハピラビィを抱えることができるだろうと。ルールエは慎重にハピラビィを抱きながら頭を撫でる。


「厄介なものに目をつけられたな、リーダー」
「機嫌を損ねないようにしないといけなくなった」
「うぉぉ……気を付けるよー」
「ルールエ、すまないがよろしく頼む」


 クラウスの頼みにルールエは「頑張る」と元気よく返事を返す。ハピラビィは何を気にするでもなく大人しく抱えられていた。

 ひとまず、ハピラビィのことは置いておくことにして、インプ捜索に戻る。シグルドは「もう少し先だ、近い」と言って先頭を歩き出した。

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