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1章 プレアデスは遥か彼方
プレアデスは遥か彼方#4
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「――あんな田舎の子どもみたいだった昴が今は世界中飛び回ってるんだもんなあ……感慨深いよ。中身は相変わらず、子どもっぽいままだけど」
「りっちゃん、親戚の叔父さんみたいなこと言わないでよ。僕、りっちゃんの子どもになった覚えはないんだけど」
食事を終えてテレビ前の大きなソファへと移動した後も、理月はワイングラスを片手に昔話に花を咲かせる。顔も体もポカポカ熱い。少し間隔を空けて理月の隣に座っている昴も同じだけ飲んでいたけれど顔色は変えず、しかし片眉を上げて呆れを浮かべた。
「だって、出逢った頃はまだ十五で、僕より十センチ近く背も小さくてさ……顔立ちなんて、赤ちゃんみたいだったのに。それより、イタリアはどうだったの? 楽しかった?」
「ねえー、イタリアの話さっきもしたよ。りっちゃん酔い過ぎ。楽しかったけど、りっちゃんが居ないから寂しかった。やっぱりここが一番落ち着く」
「昴が帰ってきたところで、僕は朝から晩まで仕事だし家に居る時間少ないけど。あーあ、昴とずっと一緒に居られたら良いのにな」
理月が冗談めかして口を尖らせると、昴は自分の顎に手を当て小首を傾げた。
「だったら、僕ずっと日本に居よっか? それとも、一緒に海外飛び回る?」
「冗談やめろよ。昴は日本に留まって良い才能じゃない。僕は一緒に付いていってやることは出来ないけど、自由に生きてる昴を見られればそれで良い。それに、僕は僕で海外飛び回ってるし。出張でだけど」
理月はグラスを持っていない方の左肘をソファのアームレストに突き、手の甲に顎を乗せて目を瞑る。
――昴に出逢って、稀代の天才という存在を知り『適材適所』だと知った。世の中には役割があるのだと。
元々、昴と出逢った時点で理月は既に自分の人生を受け入れて、夢なんてものは諦めていた。けれど昴と出逢ったことで、つまらないと感じていた理月の世界が鮮明に色付いた。
だから、決まったレールの上を歩きながら、昴のピアノ人生をサポートする。それが、理月が決めた自分の人生の落としどころだった。
「先に『冗談』言ったのはりっちゃんじゃん。まあ、やりたいように自由に生きてると言えばそうだけど、そういう僕を見られれば良いって言い方は、ちょっと嫌だな。僕に期待してくれるのは嬉しいけど、僕が夢を追う姿を見て満足するんじゃなくて……人生一度きりなんだから、りっちゃんだって、本当はしたいように、自由に生きたって良いのにさ」
「……人生一度きり、は理解できるけど。生まれる前からそうあれと決まり通りに育てられてた僕のことなんて、昴には分かんないよ」
理月はそう言うと、右手でグラスを軽く揺らした。中に少し残った白ワインの水面を眺め見る。
レールを敷かれ、型に嵌まるように育てられて、選択の自由はなかった。しかし、今はそこまで敷かれたレールも悪くないと思っている。仕事のことは嫌いじゃないし、楽しい。レール通りに進んでいるけれど、どんどん大きな仕事を任されるようになってきて、やりがいも感じている。
けれど――もしかしたら自分は、昴に対して生まれ育った藤原の家と同じことをしているのかもしれないと思う。他人にそうあって欲しいと願うこと。
「――ごめん、八つ当たりだね。それより昴、今回はいつまで日本に居るの?」
理月は能面のように感情が消えた顔をパッと明るくさせて話を変えた。昴は理月の作り笑顔を見て眉を下げ、少し寂しげな顔をする。
「……いや、僕の方こそ、ごめんね。嫌なこと言った。僕、しばらく日本に居る予定だからさ、りっちゃん、一緒に旅行でも行かない? 有給、たくさん余ってるでしょ?」
「帰国早々もう出掛ける話? 気が早いな。どこ行きたいの? 国内? 海外?」
「りっちゃんと一緒なら、どこでも良いけど――でも、そうだな、星が綺麗に見える静かな場所が良い。久しぶりに、天体観測しに行こうよ」
「うん、良いよ。それじゃあ――年明け、昴の誕生日辺りにでもどう? 誕生日祝いも兼ねて」
「やった、その時期で大丈夫。どこ行くかとか、宿とかも決めないとね。楽しみ」
旅行の予定が決定して、昴はふっと目を細める。
理月も「うん。僕も楽しみ」と言って素直に微笑んだ。けれど腹の内では、まだ先ほどの話を考えている。
『自由に生きろ』なんて、他人がそう望むのは押し付けだろう。その上、自由になんて言いながら、昴を見ているともっと上を目指せと願ってしまう。昴にずっと傍にいてほしい。けれど、手が届く位置に居ると、少し苦しい。だから自分の手が届かない、身の程知らずだと諦められる位置まで上り詰めて欲しいと願う。
夜空に青白くきらめくプレアデスのように――誰の手も届かない、遙か彼方まで。
「りっちゃん、親戚の叔父さんみたいなこと言わないでよ。僕、りっちゃんの子どもになった覚えはないんだけど」
食事を終えてテレビ前の大きなソファへと移動した後も、理月はワイングラスを片手に昔話に花を咲かせる。顔も体もポカポカ熱い。少し間隔を空けて理月の隣に座っている昴も同じだけ飲んでいたけれど顔色は変えず、しかし片眉を上げて呆れを浮かべた。
「だって、出逢った頃はまだ十五で、僕より十センチ近く背も小さくてさ……顔立ちなんて、赤ちゃんみたいだったのに。それより、イタリアはどうだったの? 楽しかった?」
「ねえー、イタリアの話さっきもしたよ。りっちゃん酔い過ぎ。楽しかったけど、りっちゃんが居ないから寂しかった。やっぱりここが一番落ち着く」
「昴が帰ってきたところで、僕は朝から晩まで仕事だし家に居る時間少ないけど。あーあ、昴とずっと一緒に居られたら良いのにな」
理月が冗談めかして口を尖らせると、昴は自分の顎に手を当て小首を傾げた。
「だったら、僕ずっと日本に居よっか? それとも、一緒に海外飛び回る?」
「冗談やめろよ。昴は日本に留まって良い才能じゃない。僕は一緒に付いていってやることは出来ないけど、自由に生きてる昴を見られればそれで良い。それに、僕は僕で海外飛び回ってるし。出張でだけど」
理月はグラスを持っていない方の左肘をソファのアームレストに突き、手の甲に顎を乗せて目を瞑る。
――昴に出逢って、稀代の天才という存在を知り『適材適所』だと知った。世の中には役割があるのだと。
元々、昴と出逢った時点で理月は既に自分の人生を受け入れて、夢なんてものは諦めていた。けれど昴と出逢ったことで、つまらないと感じていた理月の世界が鮮明に色付いた。
だから、決まったレールの上を歩きながら、昴のピアノ人生をサポートする。それが、理月が決めた自分の人生の落としどころだった。
「先に『冗談』言ったのはりっちゃんじゃん。まあ、やりたいように自由に生きてると言えばそうだけど、そういう僕を見られれば良いって言い方は、ちょっと嫌だな。僕に期待してくれるのは嬉しいけど、僕が夢を追う姿を見て満足するんじゃなくて……人生一度きりなんだから、りっちゃんだって、本当はしたいように、自由に生きたって良いのにさ」
「……人生一度きり、は理解できるけど。生まれる前からそうあれと決まり通りに育てられてた僕のことなんて、昴には分かんないよ」
理月はそう言うと、右手でグラスを軽く揺らした。中に少し残った白ワインの水面を眺め見る。
レールを敷かれ、型に嵌まるように育てられて、選択の自由はなかった。しかし、今はそこまで敷かれたレールも悪くないと思っている。仕事のことは嫌いじゃないし、楽しい。レール通りに進んでいるけれど、どんどん大きな仕事を任されるようになってきて、やりがいも感じている。
けれど――もしかしたら自分は、昴に対して生まれ育った藤原の家と同じことをしているのかもしれないと思う。他人にそうあって欲しいと願うこと。
「――ごめん、八つ当たりだね。それより昴、今回はいつまで日本に居るの?」
理月は能面のように感情が消えた顔をパッと明るくさせて話を変えた。昴は理月の作り笑顔を見て眉を下げ、少し寂しげな顔をする。
「……いや、僕の方こそ、ごめんね。嫌なこと言った。僕、しばらく日本に居る予定だからさ、りっちゃん、一緒に旅行でも行かない? 有給、たくさん余ってるでしょ?」
「帰国早々もう出掛ける話? 気が早いな。どこ行きたいの? 国内? 海外?」
「りっちゃんと一緒なら、どこでも良いけど――でも、そうだな、星が綺麗に見える静かな場所が良い。久しぶりに、天体観測しに行こうよ」
「うん、良いよ。それじゃあ――年明け、昴の誕生日辺りにでもどう? 誕生日祝いも兼ねて」
「やった、その時期で大丈夫。どこ行くかとか、宿とかも決めないとね。楽しみ」
旅行の予定が決定して、昴はふっと目を細める。
理月も「うん。僕も楽しみ」と言って素直に微笑んだ。けれど腹の内では、まだ先ほどの話を考えている。
『自由に生きろ』なんて、他人がそう望むのは押し付けだろう。その上、自由になんて言いながら、昴を見ているともっと上を目指せと願ってしまう。昴にずっと傍にいてほしい。けれど、手が届く位置に居ると、少し苦しい。だから自分の手が届かない、身の程知らずだと諦められる位置まで上り詰めて欲しいと願う。
夜空に青白くきらめくプレアデスのように――誰の手も届かない、遙か彼方まで。
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