34 / 60
6章 ノクターンM45
ノクターンM45#1
しおりを挟む
『僕は、りっちゃんのことが好き。愛してる。恋愛的な意味でね』
そんな自分の言葉を思い返しながら、昴はコンサート会場の楽屋で花を見詰めていた。楽屋花はたくさん届いていたけれど、そのうちのひとつが理月からのものだ。フラワーアレンジメントのスタンディングブーケで、青、紫、水色の薔薇、青紫、白、黄色のスターチスなんかで彩られている。宇宙や星をイメージしているのだろう。メッセージカードには『新曲楽しみにしてる』と綺麗な字で書かれていた。出逢って十二年半が経っても、そんなたった一言で胸がぎゅっとする。頑張ろうと思える。
あれから二週間が経つ。その間、いつも通りに過ごしている。相変わらず、理月は手に触れても、頬に触れても、髪に触れても嫌がることはない。この二週間のうち、無理矢理口唇を奪ってしまいたいと何度思ったことか分からない。十二年半の間、夢の中でなら何度もしてる。勿論、キス以上のことも。起きてがっかりするところまでがセットだ。
本当なら、コンサートの後に言うつもりだった。けれど、慌てて思わず言ってしまった。長い長い時間を掛けて準備してきて、一世一代の告白を成功させる予定だったのに。
理月の仕事の足を引っ張りたいわけでもないし、駐在に行くなと言う気は無い。だけど、友人関係のままで同居を解消してしまえばどうなるかは目に見えている。
公演は十六時から。もう少しで公演開始時刻だ。心を落ち着けて、すうっと息を吸って吐く。コンクールでもオーケストラへの参加でもソロコンサートでもそう緊張するタイプでは無いけれど、今日の公演は昴にとって二十七年の人生でも一番規模が大きく、特別なものだ。流石に緊張もする。完全に私情を挟んでいるから純粋に応援してくれているファンの方には若干申し訳無く思わなくもないけれど、理月と出逢っていなければきっと今自分は今日この場に居ない。ステージ上で公開告白なんてことはしないから、心の中で理月を想うくらいは許してほしい。
「日向さん、ステージのセット完了しました。開演まで残り十分、よろしくお願いします」
ホールスタッフの男性から声を掛けられ「はい」と短く返し、全身鏡の前に立って外見をチェックする。髪型は前髪を掻き上げ額を出して大人らしく。服装は宇宙っぽさをイメージして、上下紺青のタキシード。蝶ネクタイと中のベストはジャケットより暗い青色だ。靴は黒の革靴。なんだか結婚式っぽい。カッコイイって思ってもらえたらいいなあ、と思っているうちステージに向かう時間となり、ステージ下の奈落へと向かった。床下からステージの上へ迫りで登場して、観客席をぐるっと見渡す。
本日の観客は一万人。大きなドームだ。センターステージになっていて、四方八方にお客さんが入っていて、大歓声で出迎えられた。カメラが回っていて、頭上に大型モニターが設置され、どこからでも演奏や顔が見える形になっている。ついでに言えばステージが回転する。日曜とは言え、クリスマスイヴの日にこれだけお客さんが集まってくれるとは凄いなあ、としみじみ思う。目は良い方だけれど、理月の姿だってここからじゃいまいち見えない。とは言え、座席の位置はちゃんと確認してあるからどこに居るかは把握しているけれど。
ピアノの椅子を引いて腰掛ける。鍵盤の上にそっと手を翳した。十本の指で白黒の鍵盤を弾いていく。
一曲目はまず、モーツァルトの『きらきら星変奏曲』。理月と出逢った日に弾いた曲だ。弾き始めればお客さんの声は静かになって、ピアノの音だけが大きなドームの中で響く。
演奏に入ってしまえば雑念は消えて、弾くことに夢中になった。一万人が入る大きなドームで弾くというのは、音の響きだとかもやっぱりかなり普段と違う。
二曲はベートーヴェンの『月光』を第一楽章から第三楽章まで。これも出逢った日に一緒に弾いた曲。二曲続けて弾いたところで、MCの時間に入った。簡単に挨拶をして「今日はクリスマスイヴですねー」なんて雑談を始める。
「きらきら星変奏曲は、昔からずっと、僕の大好きな曲です。幼い頃に僕の母がきらきら星を弾きながら僕の昴って名前の意味を話してくれまして。あ、テレビとか配信でも言ってるから知ってる方も居ると思いますが、僕の母は作曲家なんですよー。みなさん、夜空に昴って名前が付いてる星の集団があることは知っていますか? 清少納言が『星はすばる』とか書いてるのが有名かな。そう、昴って名前の由来は星なんですねー。ちなみに、父の方は天文学者です。この曲を弾くと、亡くなった両親のことを思い出します。他にもたくさん、思い出が詰まってる曲です」
ぽつぽつと話を続け、理月が居る方向へと視線を向ける。遠いながらも理月の姿が視認出来て目を細めた。
「月光は、高校で出逢った友達が大好きな曲で、よく一緒に連弾していました。僕の出身高校は男子校なので、友達も男性なのですが、ピアノがすっごく上手な友達で……僕は今でも、その友達が弾くピアノが大好きです。彼は初めて一緒に連弾した時に、僕に対して実力がある、才能があるって言ってくれました。その上『近い将来、今世紀で一番有名なピアニストになる』とか、めちゃくちゃ大きいことを言ってくれまして。でもめっちゃ真剣に言ってくれて、僕も本気にしちゃったんですねー。元々ピアノは大好きで暇さえあれば弾いてましたが、以降はそれ以前よりも真剣に、ものすっごく頑張りました。心から大好きな、僕の恩人です」
出逢ったあの日を思い返して昴はふにゃっと笑う。
はっきり言わせてもらうと、このコンサートは一万人の中のたった一人に捧げる構成だ。思い出の曲を目いっぱい詰めている。理月の表情はステージの上からでははっきりとは窺えないから、どんな表情で聞いているのか分かりかねる。
MCの時間を終えて、三曲目にはショパンの『ノクターンOp.9-2』を昴が編曲したもの、四曲目にはドビュッシーの『月の光』を昴が編曲したものを。ノクターンは大学頃に国際コンクールで弾いた曲。優勝した時は、理月も自分のことのように喜んでくれた。月の光は、理月が好きだからたまに弾いていた。ダブルミーニングだ。理月が『月の光』を好きだから、昴が理月を好きだから。
またMCに入り、五曲目、六曲目、七曲目と連続で弾いた。この三曲は自分が過去に作曲したオリジナル曲でCD化もしていて、動画配信サイトにアップしたMVは各二百万回以上再生されている。
八曲目の前に、最後のMCの時間となる。マイクを握って、現在は止まっている回転ステージの上をぐるっと歩きながら話し始めた。
そんな自分の言葉を思い返しながら、昴はコンサート会場の楽屋で花を見詰めていた。楽屋花はたくさん届いていたけれど、そのうちのひとつが理月からのものだ。フラワーアレンジメントのスタンディングブーケで、青、紫、水色の薔薇、青紫、白、黄色のスターチスなんかで彩られている。宇宙や星をイメージしているのだろう。メッセージカードには『新曲楽しみにしてる』と綺麗な字で書かれていた。出逢って十二年半が経っても、そんなたった一言で胸がぎゅっとする。頑張ろうと思える。
あれから二週間が経つ。その間、いつも通りに過ごしている。相変わらず、理月は手に触れても、頬に触れても、髪に触れても嫌がることはない。この二週間のうち、無理矢理口唇を奪ってしまいたいと何度思ったことか分からない。十二年半の間、夢の中でなら何度もしてる。勿論、キス以上のことも。起きてがっかりするところまでがセットだ。
本当なら、コンサートの後に言うつもりだった。けれど、慌てて思わず言ってしまった。長い長い時間を掛けて準備してきて、一世一代の告白を成功させる予定だったのに。
理月の仕事の足を引っ張りたいわけでもないし、駐在に行くなと言う気は無い。だけど、友人関係のままで同居を解消してしまえばどうなるかは目に見えている。
公演は十六時から。もう少しで公演開始時刻だ。心を落ち着けて、すうっと息を吸って吐く。コンクールでもオーケストラへの参加でもソロコンサートでもそう緊張するタイプでは無いけれど、今日の公演は昴にとって二十七年の人生でも一番規模が大きく、特別なものだ。流石に緊張もする。完全に私情を挟んでいるから純粋に応援してくれているファンの方には若干申し訳無く思わなくもないけれど、理月と出逢っていなければきっと今自分は今日この場に居ない。ステージ上で公開告白なんてことはしないから、心の中で理月を想うくらいは許してほしい。
「日向さん、ステージのセット完了しました。開演まで残り十分、よろしくお願いします」
ホールスタッフの男性から声を掛けられ「はい」と短く返し、全身鏡の前に立って外見をチェックする。髪型は前髪を掻き上げ額を出して大人らしく。服装は宇宙っぽさをイメージして、上下紺青のタキシード。蝶ネクタイと中のベストはジャケットより暗い青色だ。靴は黒の革靴。なんだか結婚式っぽい。カッコイイって思ってもらえたらいいなあ、と思っているうちステージに向かう時間となり、ステージ下の奈落へと向かった。床下からステージの上へ迫りで登場して、観客席をぐるっと見渡す。
本日の観客は一万人。大きなドームだ。センターステージになっていて、四方八方にお客さんが入っていて、大歓声で出迎えられた。カメラが回っていて、頭上に大型モニターが設置され、どこからでも演奏や顔が見える形になっている。ついでに言えばステージが回転する。日曜とは言え、クリスマスイヴの日にこれだけお客さんが集まってくれるとは凄いなあ、としみじみ思う。目は良い方だけれど、理月の姿だってここからじゃいまいち見えない。とは言え、座席の位置はちゃんと確認してあるからどこに居るかは把握しているけれど。
ピアノの椅子を引いて腰掛ける。鍵盤の上にそっと手を翳した。十本の指で白黒の鍵盤を弾いていく。
一曲目はまず、モーツァルトの『きらきら星変奏曲』。理月と出逢った日に弾いた曲だ。弾き始めればお客さんの声は静かになって、ピアノの音だけが大きなドームの中で響く。
演奏に入ってしまえば雑念は消えて、弾くことに夢中になった。一万人が入る大きなドームで弾くというのは、音の響きだとかもやっぱりかなり普段と違う。
二曲はベートーヴェンの『月光』を第一楽章から第三楽章まで。これも出逢った日に一緒に弾いた曲。二曲続けて弾いたところで、MCの時間に入った。簡単に挨拶をして「今日はクリスマスイヴですねー」なんて雑談を始める。
「きらきら星変奏曲は、昔からずっと、僕の大好きな曲です。幼い頃に僕の母がきらきら星を弾きながら僕の昴って名前の意味を話してくれまして。あ、テレビとか配信でも言ってるから知ってる方も居ると思いますが、僕の母は作曲家なんですよー。みなさん、夜空に昴って名前が付いてる星の集団があることは知っていますか? 清少納言が『星はすばる』とか書いてるのが有名かな。そう、昴って名前の由来は星なんですねー。ちなみに、父の方は天文学者です。この曲を弾くと、亡くなった両親のことを思い出します。他にもたくさん、思い出が詰まってる曲です」
ぽつぽつと話を続け、理月が居る方向へと視線を向ける。遠いながらも理月の姿が視認出来て目を細めた。
「月光は、高校で出逢った友達が大好きな曲で、よく一緒に連弾していました。僕の出身高校は男子校なので、友達も男性なのですが、ピアノがすっごく上手な友達で……僕は今でも、その友達が弾くピアノが大好きです。彼は初めて一緒に連弾した時に、僕に対して実力がある、才能があるって言ってくれました。その上『近い将来、今世紀で一番有名なピアニストになる』とか、めちゃくちゃ大きいことを言ってくれまして。でもめっちゃ真剣に言ってくれて、僕も本気にしちゃったんですねー。元々ピアノは大好きで暇さえあれば弾いてましたが、以降はそれ以前よりも真剣に、ものすっごく頑張りました。心から大好きな、僕の恩人です」
出逢ったあの日を思い返して昴はふにゃっと笑う。
はっきり言わせてもらうと、このコンサートは一万人の中のたった一人に捧げる構成だ。思い出の曲を目いっぱい詰めている。理月の表情はステージの上からでははっきりとは窺えないから、どんな表情で聞いているのか分かりかねる。
MCの時間を終えて、三曲目にはショパンの『ノクターンOp.9-2』を昴が編曲したもの、四曲目にはドビュッシーの『月の光』を昴が編曲したものを。ノクターンは大学頃に国際コンクールで弾いた曲。優勝した時は、理月も自分のことのように喜んでくれた。月の光は、理月が好きだからたまに弾いていた。ダブルミーニングだ。理月が『月の光』を好きだから、昴が理月を好きだから。
またMCに入り、五曲目、六曲目、七曲目と連続で弾いた。この三曲は自分が過去に作曲したオリジナル曲でCD化もしていて、動画配信サイトにアップしたMVは各二百万回以上再生されている。
八曲目の前に、最後のMCの時間となる。マイクを握って、現在は止まっている回転ステージの上をぐるっと歩きながら話し始めた。
0
あなたにおすすめの小説
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18+BL】空に月が輝く時
hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。
そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。
告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。
★BL小説&R18です。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる