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6章 ノクターンM45
ノクターンM45#3
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『近い将来、今世紀で一番有名なピアニストになる』
――昴にそう言った日のことは、よく覚えている。何度だって鮮明に思い出せる。あの日の昴の演奏は、理月の目に、鼓膜に、脳に焼き付いていて、三十になった今も離れない。
初めてとなる昴のドームコンサートは、本当に素晴らしかった。タクシーで帰路に就いている今、まだぼんやりとした余韻が残っている。どれもこれも、夜空に煌めく星や月を目いっぱい音色で感じる演奏だった。
クリスマスイヴに言おうと思っていた、という昴の言葉にも合点がいった。コンサートのセットリストが、理月との思い出に纏わるものばかりだったから。
新曲は昴が帰国した日に言っていた『集大成の超自信作』という言葉に偽り無く、十二年かけたことがよくよく理解出来る最高傑作だった。演奏が始まった瞬間、昴に手を取られて教会に連れられたような気がした。ステンドグラスから日の光が差し込む教会。そんな荘厳で神聖で清らかなイメージ。
僕の神様。僕の理。昴はそう言っていた。壮大すぎて笑ってしまうが、理月に宛てられた曲だということくらい流石に分かる。
嬉しかった。昴の目には、自分がこんな風に綺麗なものとして映っているのだと思って。一曲目から、というか開演前から『こんな大きなステージを一人で埋められるようになったんだなあ』と感極まって涙ぐんでしまっていたけれど、新曲の演奏が終わる頃にはいよいよ顔がぐしゃぐしゃだった。
タクシーが自宅マンションに辿り着き、降車する。見上げた夜空には、満月と上弦の月の間くらいの大分丸みを帯びた月が浮かんでいた。満月に向けて、満ちていく月だ。
ぼろぼろに泣いてしまったし、余韻が残っているしで若干ぐったりしているものの、今夜は昴とクリスマスイヴを祝う予定だ。兼、昴のお祝い。だからちゃんと準備しておかないと、と思いつつも、泣き疲れてしまって少々眠たい。
昴の告白から、今日で二週間。その間は全く今まで通りの調子で過ごしてきたけれど、考えていなかった訳じゃない。理月なりに、きちんと整理して考えた。昴の手を取るのか、取らないのかを。
マンションのオートロックを解除して、エレベーターを昇り自宅へと足を向ける。自宅の扉を開けたらすぐさま浴室に直行してシャワーを浴び、泣き腫らして赤くなった目を冷水で冷やした。
御馳走は昼間のうちに下準備を終えていて、後はパイと肉を焼けば終わりだ。ケーキも昼のうちに受け取って、冷蔵庫の中に入ってる。昴の帰宅時間に合わせてサーモンのパイ包み焼きを焼くつもりだけれど、昴が帰ってくるまではまだ結構な時間がある。ソファにぽすんと座ってアームレストに肘を置き、頬杖を突いて昴との思い出をぼんやり頭の中で振り返る。世界で一番大好きな、昴と過ごした楽しい日々のことを。うとうとと微睡んできて、段々と重たくなり下がってくる瞼に抗えず、ゆっくりと目を閉じて――。
「……っちゃん、りっちゃん、起きて」
――呼ぶ声がしたような気がして、理月は閉じた瞼を薄っすら開けた。
「……あれ? 昴、もう帰ってきたの? 僕、結構寝ちゃってた? ちょっと待って、今からパイ焼くから……」
「パイは後で良いから。それより、返事を聞かせて。二週間待ったよ」
目の前には昴が居た。けれど、どうもおかしいぞと気付く。髪はステージの上と同じ、オールバックにセットしたままで、服装もタキシードを着たまま。格好良いけれど、このまま帰っては来ないだろう。それに、昴はサーモンのパイ包み焼きが世界で一番好きな奴だ。パイは後で良いから、なんて言う訳が無い。だからこれは夢だな、と気付く。
「返事は……僕も、昴が好きだよ。ずっと昔から、愛してる。恋愛的にね。僕は昴だけ居れば良い。藤原の家とか、どうでも良いし。責任とかぜーんぶ投げ出して、僕は昴と一緒に居たい。愛してるよ」
そう言って、昴の頬を両手で包む。すると、昴から口唇にキスされた。まあ、キスくらい夢の中で何度だってしている。感触とか理解らないし、やっぱり夢だ。
本当はこれくらい無責任に、簡単に昴の手を取りたい。全部放棄して、昴と一緒に居たい。キスを続ける最中、ソファに押し倒されてキスを続けていく。理月からも昴の首の後ろに手を回してぎゅっと抱き締めた。昴が好きだな、ずっとこうしていたいな、夢なら醒めなければ良いのに。
「……っちゃん、りっちゃん、起きてー」
そう思っていたけれど、もう一度呼ぶ声がした。昴とキスしているというのに、昴の声が遠くから聞こえてくる。
――昴にそう言った日のことは、よく覚えている。何度だって鮮明に思い出せる。あの日の昴の演奏は、理月の目に、鼓膜に、脳に焼き付いていて、三十になった今も離れない。
初めてとなる昴のドームコンサートは、本当に素晴らしかった。タクシーで帰路に就いている今、まだぼんやりとした余韻が残っている。どれもこれも、夜空に煌めく星や月を目いっぱい音色で感じる演奏だった。
クリスマスイヴに言おうと思っていた、という昴の言葉にも合点がいった。コンサートのセットリストが、理月との思い出に纏わるものばかりだったから。
新曲は昴が帰国した日に言っていた『集大成の超自信作』という言葉に偽り無く、十二年かけたことがよくよく理解出来る最高傑作だった。演奏が始まった瞬間、昴に手を取られて教会に連れられたような気がした。ステンドグラスから日の光が差し込む教会。そんな荘厳で神聖で清らかなイメージ。
僕の神様。僕の理。昴はそう言っていた。壮大すぎて笑ってしまうが、理月に宛てられた曲だということくらい流石に分かる。
嬉しかった。昴の目には、自分がこんな風に綺麗なものとして映っているのだと思って。一曲目から、というか開演前から『こんな大きなステージを一人で埋められるようになったんだなあ』と感極まって涙ぐんでしまっていたけれど、新曲の演奏が終わる頃にはいよいよ顔がぐしゃぐしゃだった。
タクシーが自宅マンションに辿り着き、降車する。見上げた夜空には、満月と上弦の月の間くらいの大分丸みを帯びた月が浮かんでいた。満月に向けて、満ちていく月だ。
ぼろぼろに泣いてしまったし、余韻が残っているしで若干ぐったりしているものの、今夜は昴とクリスマスイヴを祝う予定だ。兼、昴のお祝い。だからちゃんと準備しておかないと、と思いつつも、泣き疲れてしまって少々眠たい。
昴の告白から、今日で二週間。その間は全く今まで通りの調子で過ごしてきたけれど、考えていなかった訳じゃない。理月なりに、きちんと整理して考えた。昴の手を取るのか、取らないのかを。
マンションのオートロックを解除して、エレベーターを昇り自宅へと足を向ける。自宅の扉を開けたらすぐさま浴室に直行してシャワーを浴び、泣き腫らして赤くなった目を冷水で冷やした。
御馳走は昼間のうちに下準備を終えていて、後はパイと肉を焼けば終わりだ。ケーキも昼のうちに受け取って、冷蔵庫の中に入ってる。昴の帰宅時間に合わせてサーモンのパイ包み焼きを焼くつもりだけれど、昴が帰ってくるまではまだ結構な時間がある。ソファにぽすんと座ってアームレストに肘を置き、頬杖を突いて昴との思い出をぼんやり頭の中で振り返る。世界で一番大好きな、昴と過ごした楽しい日々のことを。うとうとと微睡んできて、段々と重たくなり下がってくる瞼に抗えず、ゆっくりと目を閉じて――。
「……っちゃん、りっちゃん、起きて」
――呼ぶ声がしたような気がして、理月は閉じた瞼を薄っすら開けた。
「……あれ? 昴、もう帰ってきたの? 僕、結構寝ちゃってた? ちょっと待って、今からパイ焼くから……」
「パイは後で良いから。それより、返事を聞かせて。二週間待ったよ」
目の前には昴が居た。けれど、どうもおかしいぞと気付く。髪はステージの上と同じ、オールバックにセットしたままで、服装もタキシードを着たまま。格好良いけれど、このまま帰っては来ないだろう。それに、昴はサーモンのパイ包み焼きが世界で一番好きな奴だ。パイは後で良いから、なんて言う訳が無い。だからこれは夢だな、と気付く。
「返事は……僕も、昴が好きだよ。ずっと昔から、愛してる。恋愛的にね。僕は昴だけ居れば良い。藤原の家とか、どうでも良いし。責任とかぜーんぶ投げ出して、僕は昴と一緒に居たい。愛してるよ」
そう言って、昴の頬を両手で包む。すると、昴から口唇にキスされた。まあ、キスくらい夢の中で何度だってしている。感触とか理解らないし、やっぱり夢だ。
本当はこれくらい無責任に、簡単に昴の手を取りたい。全部放棄して、昴と一緒に居たい。キスを続ける最中、ソファに押し倒されてキスを続けていく。理月からも昴の首の後ろに手を回してぎゅっと抱き締めた。昴が好きだな、ずっとこうしていたいな、夢なら醒めなければ良いのに。
「……っちゃん、りっちゃん、起きてー」
そう思っていたけれど、もう一度呼ぶ声がした。昴とキスしているというのに、昴の声が遠くから聞こえてくる。
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