37 / 60
6章 ノクターンM45
ノクターンM45#4
しおりを挟む
「ん……昴……? もう帰ってきたの? 僕、結構寝ちゃってた? ちょっと待って、今からパイ焼くから……」
目の前には昴が居た。髪はステージの上に立っていた時と同じでオールバックにセットしたままだ。服装はタキシードから変わっていて、午前中に家を出て行った時と同じ綺麗目の白いシャツと、紺のスラックス。その上に黒のエプロンを着けている。理月が夢の中とそっくり同じ台詞を口にすると、昴はへにゃっと笑った。
「大丈夫だよ、もう焼いておきました。ほら、良い匂いするでしょ? もうちょっとで焼き上がるよ」
そう言われて鼻からすっと息を吸うと、こんがりふわっとした良い匂いに気が付いた。サーモンのパイ包み焼きの匂いだ。
「やっぱり、昴はサーモンのパイ包み焼きが大好きだもんね。パイは後で良いから、とか言わないよね」
「え、何の話? りっちゃんが作るサーモンのパイ包み焼きは何より優先するべきこの世で一番美味しい食べ物だから、後で良いなんて絶対言う訳ないよ」
大袈裟なやつだなあ、と思いながら、まだ微睡んでいる目を細めた。頬杖を突いて傾けていた身体を真っ直ぐにして目元を擦る。
「んー……ちょっと、昴の夢を見てた。この昴は現実だよね?」
「現実だけど、良い夢見てたなら夢の続きだって思ってくれても良いよ。良い夢だった? それとも悪い夢?」
「良い夢……なのかな。どうだろう。分かんないや」
微笑んで聞かれ、小首を傾げて苦笑する。良い夢、と言って良いかは分かりかねる。単なるご都合の願望夢だ。夢の中なら全部放棄して昴を選べる。
「何それ? 変なの。りっちゃんは先にテーブル着いて。僕、ステーキも焼いちゃうから」
「昴は座ってて。起きたし後は僕がやるよ。公演後で疲れてるだろ」
「僕は明日休みだし大丈夫。りっちゃんは明日仕事でしょ? ゆっくりしてて」
昴は小首を傾げて不思議そうな顔をしたものの、にこりと笑顔を浮かべて理月の髪を優しく撫でる。そんな昴の態度に理月は眉を八の字にして口唇をへの字に曲げた。
「今日の主役は昴だろ」
「今日の主役はりっちゃんでしょ。僕が今日コンサートで弾いた曲は、全部りっちゃん宛て。って、理解るよね? つまり、主役は僕じゃなくて、りっちゃんなんだよ」
昴に笑って手を握られ、そのまま手を引かれて立ち上がらされる。腰を軽く抱かれてダイニングキッチンの椅子までエスコートされ、誘導されるままぽすんと椅子に座らされた。
「一万人の観客はみんな昴を見てたよ。勿論、僕もね」
「一万人の観客に見られてた僕が、りっちゃんだけ見てたってことは、やっぱりりっちゃんが主役ってことにならない? まあ、勿論残り九千九百九十九人のファンの皆も楽しめるように頑張ったつもりだけど」
「仕事に私情を挟むなよ……だけど、周りの観客もみんな楽しんでたよ。僕も、凄く楽しかった」
理月は少し呆れを浮かべたけれど、コンサートを思い返してふっと笑う。みんな、心から昴の音を楽しんでいたと思う。あれがただ一人のためのコンサートだなんてことは、昴と理月以外分からないだろう。
「でも、目の周りがちょっと赤いよ。泣いてたんじゃないのー?」
「つまり、泣いちゃうくらいコンサートが良かったってことだよ。周りの観客だって、ちらほら泣いてたし」
昴に揶揄う調子で言われ、ツンと口唇を尖らせる。けらけら笑われてしまい、余計に口唇を尖らせた。昴は笑みを浮かべたままキッチンに向かい、室温に戻していたらしい和牛のフィレ肉をフライパンで焼いていく。
既にダイニングテーブルの上にはシャンパンクーラーでシャンパンが冷やされていて、グラスやカトラリーも揃えて置かれている。完璧に支度されていて、ぐうの音も出ない。本当はカッコよくスマートな大人っぽい告白がしたかった、やり直したい、と言っていたことを思い出し、昴が思うカッコよくスマートな大人っぽい感じが多分こうなんだろうなとふと思った。つまり、この後もう一度告白される。
「りっちゃん焼き加減ミディアムで良いよねー?」
「うん、ミディアムで……」
告白されるんだろうなあ、と思うと緊張してきた。オーブンが音を鳴らしてパイの焼き上がりを知らせ、ステーキも丁度よく焼ける。せめて出来上がった料理を運ぶくらいの手伝いはしようと立ち上がり、昴と手分けして出来立ての料理をテーブルへと運んだ。
本日のメニューは、カプレーゼサラダ、サワークリームとキャビアを乗せたミニパンケーキ、ロブスターのビスク、和牛ヒレ肉のロースト、サーモンのパイ包み焼き。クリスマスらしいというか、ご馳走っぽいメニューにしたつもりだ。互いの定位置に向かい合って着席すると、昴がシャンパンクーラーからシャンパンを取り出して栓を抜いた。シャンパングラスにトクトクとシャンパンを注いでいく。
「それじゃあ、乾杯。りっちゃん、ジョワイユ・ノエル~」
「ジョワイユ・ノエル。昴、ソロコンサート大成功おめでとう」
「ありがとー。すっごく嬉しい」
グラスを軽く持ち上げ、メリークリスマスを意味する仏語の挨拶に応えてシャンパンをひと口含む。幼稚園から彗上の生徒だった理月はフランス式のクリスマスに慣れているから、昴も毎年それに合わせてくれている。鼻腔を華やかな香りが擽り、甘めのシャンパンの味が咥内に拡がった。しゅわしゅわと泡が弾けながら喉を通っていく。
目の前には昴が居た。髪はステージの上に立っていた時と同じでオールバックにセットしたままだ。服装はタキシードから変わっていて、午前中に家を出て行った時と同じ綺麗目の白いシャツと、紺のスラックス。その上に黒のエプロンを着けている。理月が夢の中とそっくり同じ台詞を口にすると、昴はへにゃっと笑った。
「大丈夫だよ、もう焼いておきました。ほら、良い匂いするでしょ? もうちょっとで焼き上がるよ」
そう言われて鼻からすっと息を吸うと、こんがりふわっとした良い匂いに気が付いた。サーモンのパイ包み焼きの匂いだ。
「やっぱり、昴はサーモンのパイ包み焼きが大好きだもんね。パイは後で良いから、とか言わないよね」
「え、何の話? りっちゃんが作るサーモンのパイ包み焼きは何より優先するべきこの世で一番美味しい食べ物だから、後で良いなんて絶対言う訳ないよ」
大袈裟なやつだなあ、と思いながら、まだ微睡んでいる目を細めた。頬杖を突いて傾けていた身体を真っ直ぐにして目元を擦る。
「んー……ちょっと、昴の夢を見てた。この昴は現実だよね?」
「現実だけど、良い夢見てたなら夢の続きだって思ってくれても良いよ。良い夢だった? それとも悪い夢?」
「良い夢……なのかな。どうだろう。分かんないや」
微笑んで聞かれ、小首を傾げて苦笑する。良い夢、と言って良いかは分かりかねる。単なるご都合の願望夢だ。夢の中なら全部放棄して昴を選べる。
「何それ? 変なの。りっちゃんは先にテーブル着いて。僕、ステーキも焼いちゃうから」
「昴は座ってて。起きたし後は僕がやるよ。公演後で疲れてるだろ」
「僕は明日休みだし大丈夫。りっちゃんは明日仕事でしょ? ゆっくりしてて」
昴は小首を傾げて不思議そうな顔をしたものの、にこりと笑顔を浮かべて理月の髪を優しく撫でる。そんな昴の態度に理月は眉を八の字にして口唇をへの字に曲げた。
「今日の主役は昴だろ」
「今日の主役はりっちゃんでしょ。僕が今日コンサートで弾いた曲は、全部りっちゃん宛て。って、理解るよね? つまり、主役は僕じゃなくて、りっちゃんなんだよ」
昴に笑って手を握られ、そのまま手を引かれて立ち上がらされる。腰を軽く抱かれてダイニングキッチンの椅子までエスコートされ、誘導されるままぽすんと椅子に座らされた。
「一万人の観客はみんな昴を見てたよ。勿論、僕もね」
「一万人の観客に見られてた僕が、りっちゃんだけ見てたってことは、やっぱりりっちゃんが主役ってことにならない? まあ、勿論残り九千九百九十九人のファンの皆も楽しめるように頑張ったつもりだけど」
「仕事に私情を挟むなよ……だけど、周りの観客もみんな楽しんでたよ。僕も、凄く楽しかった」
理月は少し呆れを浮かべたけれど、コンサートを思い返してふっと笑う。みんな、心から昴の音を楽しんでいたと思う。あれがただ一人のためのコンサートだなんてことは、昴と理月以外分からないだろう。
「でも、目の周りがちょっと赤いよ。泣いてたんじゃないのー?」
「つまり、泣いちゃうくらいコンサートが良かったってことだよ。周りの観客だって、ちらほら泣いてたし」
昴に揶揄う調子で言われ、ツンと口唇を尖らせる。けらけら笑われてしまい、余計に口唇を尖らせた。昴は笑みを浮かべたままキッチンに向かい、室温に戻していたらしい和牛のフィレ肉をフライパンで焼いていく。
既にダイニングテーブルの上にはシャンパンクーラーでシャンパンが冷やされていて、グラスやカトラリーも揃えて置かれている。完璧に支度されていて、ぐうの音も出ない。本当はカッコよくスマートな大人っぽい告白がしたかった、やり直したい、と言っていたことを思い出し、昴が思うカッコよくスマートな大人っぽい感じが多分こうなんだろうなとふと思った。つまり、この後もう一度告白される。
「りっちゃん焼き加減ミディアムで良いよねー?」
「うん、ミディアムで……」
告白されるんだろうなあ、と思うと緊張してきた。オーブンが音を鳴らしてパイの焼き上がりを知らせ、ステーキも丁度よく焼ける。せめて出来上がった料理を運ぶくらいの手伝いはしようと立ち上がり、昴と手分けして出来立ての料理をテーブルへと運んだ。
本日のメニューは、カプレーゼサラダ、サワークリームとキャビアを乗せたミニパンケーキ、ロブスターのビスク、和牛ヒレ肉のロースト、サーモンのパイ包み焼き。クリスマスらしいというか、ご馳走っぽいメニューにしたつもりだ。互いの定位置に向かい合って着席すると、昴がシャンパンクーラーからシャンパンを取り出して栓を抜いた。シャンパングラスにトクトクとシャンパンを注いでいく。
「それじゃあ、乾杯。りっちゃん、ジョワイユ・ノエル~」
「ジョワイユ・ノエル。昴、ソロコンサート大成功おめでとう」
「ありがとー。すっごく嬉しい」
グラスを軽く持ち上げ、メリークリスマスを意味する仏語の挨拶に応えてシャンパンをひと口含む。幼稚園から彗上の生徒だった理月はフランス式のクリスマスに慣れているから、昴も毎年それに合わせてくれている。鼻腔を華やかな香りが擽り、甘めのシャンパンの味が咥内に拡がった。しゅわしゅわと泡が弾けながら喉を通っていく。
0
あなたにおすすめの小説
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18+BL】空に月が輝く時
hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。
そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。
告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。
★BL小説&R18です。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる