A*Iのキモチ

FEEL

文字の大きさ
上 下
22 / 41

11-2

しおりを挟む
「で、何から話そうか? Aと私の話かい? おっと、Aの名前は君には認知できないんだったか」
「そんなことまで知ってるのか。気にしないでくれていい、名前はわからないが彼女のことなのは理解できる」
「そうなのかい? ふむ、君にはAの名前がどう認識されているのか気になるね」
「そんなのは後で教えてやるよ。十二月晦。お前はいったい何を企んでるんだ」
「企んでいるなんて、そんな人聞きの悪い言い方は気に障るね」
「でも企んでいるのは事実だろ。愛と俺を引っ付けるようなことをして、お前は何がしたいんだ?」
「……神にも出来ないことをする」
「は?」

 呆気にとられることを口走った十二月晦はこちらをずっと見据えたままだ。射貫く瞳は真剣そのもので、気を抜くと視線に貫かれてしまいそうな凄みを感じて緊張が走る。

「もしも、死者を生き返らせれるとしたら、君はどうする? しかもその人が最愛の人だったならば」
「生き返らせる……? そんなことは不可能だろ」
「もしもの話だよ、もしもの……」

 突飛な質問に俺は面食らっていた。十二月晦はいったい何が目的でこんな質問をぶつけてくるのか考えていると、十二月晦は大きく状態を下げて背もたれにもたれかかった。
 ギイィという椅子の鳴き声が消えた後、ゆっくりと彼女が口を開いた。

「もしも私の友達が死んでしまったら、私は迷いなく生き返してしまうだろうね。例えそれが禁忌とされる行為だとしても」
「それが、愛となんの関係があるんだ」
「彼女はね、ガワ・・なのさ」
「ガワ……?」
「そう……Aを生き返らせるための器になる。それが愛を作った本当の目的だ」

 十二月晦の発した言葉の意味がわからずに俺はただ呆気に取られていた。だらしなく口を開き、脳味噌が彼女の言葉を理解しようと大きな呼吸を続ける。さぞかし間抜けに見えただろう俺の姿を、十二月晦は笑う事無くただ見つめていた。
 つまり、彼女は大真面目にいったのだ。他者には理解できないほどの大言を、本当に実行しようとしている。

「無理だ。そんなの出来るわけがない」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、彼女はもう死んでるんだぞ。それに遺体だってもう火葬されている。その状態でどうやって生き返せるっていうんだっ」
「人を人たらしめるのは記憶と感情だ」
「え?」
「外見なんか些細な問題さ。腕がなかろうが足がなかろうが。極端な話、人間でなかったとしても知性や感情があれば人権が保障される。それはなぜか、考え行動できる個人だからだ。つまり個人という言葉は人間の別称なのだよ」
「でも、あいつはもう死んでる。考えることも、ましてや行動することも出来ない」
「そう、そこが肝心だ。死というのは生命活動を停止して機能を終えることだ。それはそのまま機能を復元させれば生きていると言える」
「何を言って……」
「彼女の脳はここにある」

 反論を押し付けた十二月晦はモニターを指でさした。愛のバックアップを取っているといっていたモニターだ。

「医療関係者に打診して診察、検診用途の作業ロボットの売り込みをした。もちろん目的は金ではなく病院への侵入だ。Aが事故にあった際、彼女を生き返らせると決意した瞬間に私は病院に忍び込んで彼女の脳細胞を入手した。そこからゲノム細胞を解析し、Aの生態データを復元したんだ。まぁ、完璧とは言い難いがおおむね複製できているはずだ」
「病院……脳細胞……? おまえ、何を言ってるんだ。そんなの――」
「そんなの、なんだ? 犯罪だとでもいいたいのかい?」

 考えていることをぴしゃりと言い放たれて俺は黙り込んでしまった。当たり前だが十二月晦は馬鹿じゃない。すべてわかった上で行動しているのだと、表情が物語っている。

「それでだ、翔琉君。同じ考え、同じ行動、同じ見た目をした人間が作れたとしたら。どう思う? 本人がその事実に気付かなければ、そのまま日常に帰ることができれば、それは生き返った。いや、そもそも死んでなかったといえるんじゃないかい?」
「……つまり、お前のやりたいことっていうのは――」
「愛を触媒にしてAを複製する。それこそが私の悲願なんだ」
「馬鹿げてる……そんな発想、明らかに異常だ」
「異常で結構! 彼女が帰ってきてからの準備も整えてある、データが完璧に集まりさえすればすぐにでもいつもの日常に帰ることが出来るようにしてある。それが叶えば私はどうなっても構わないっ!」
「どうして……そこまで……」
「残念ながら、それを説明する必要性は感じないね。ただ君には引き続き私に付き合ってもらう」
「馬鹿な……そんなことを聞いて協力できるわけがないだろっ」
「おいおい、せっかく私が腹を割って話したというのに、裏切るのかい?」
「知るかっ! そんなイカれたことに付き合いきれるかっ! 俺はもう絶対に付き合わないっ、風評被害でもなんでも勝手にしろっ!」
「へぇ……じゃあこれをネットの海に流しても問題ないということだね」

 十二月晦五月は不敵な笑みを浮かべてリモコンを一つ手に取った。常識外の発想をする彼女だ。その時点で嫌な予感しかしなかったが、その予感は的中する。
 彼女はモニターの方を向き、リモコンのスイッチを入れると画面に映像が映し出される。映像は左右に置かれたモニター三台映し出されて、彼女の方を見ていると嫌でも視界に入ってくるほどの大画面だった。

「この交差点って……ついさっきの」
「あぁ、君たちが大変な目に遭った交差点だ。元よりここは道路の視認性の問題で事故が多くてね、こうして定点カメラが取り付けられているのだよ。で、今から見てもらうのは先月あたりにあった事故の映像なんだが……」
「先月の……?」

 十二月晦の意図がわからずに復唱してしまった。いったいそんなものを俺に見せて彼女は何をしようとしているのか。それが気になり画面に注視していた。
 すると、映像の外から一人の通行人がやってくる。それは……俺だった。

「ちょっと待て、なんだこれは。俺は先月こんなところに着た覚えなんてないぞ」
「そうだろうね。実際には来ていないからね。それよりも面白いのはここからだ」

 画面を覗きながら彼女は俺に指を立てて会話を止めた。
 仕方なく俺は画面に目を戻すと、程なくして車が車道を走ってきた。車は明らかに制限速度を超過している様子で交差点にさしかかる。事故か故意かはさておき、なるほど確かにこれなら事故がおおいはずだ。
 そんなことを考えている間に通行者が車に気付き立ち止まった。その次の瞬間だった。

 グシャ。

 映像には音声が含まれてなかったが、それでも聞こえてくる破壊音。だが被害を受けたのは俺の姿をした通行人ではなく、車のほうだった。
 車は通行人にぶつかったと思いきや、何か硬い物に触れたように容易く車体を変形させて、コントロールを失った車は惰性の力でガードレールにぶつかりやっと止まった。事故の様子から運転手の安否は絶望的に見えた。
 そこまで見せて十二月晦は動画を止めてこちらを向いた。

「さて、この事故だが。様子から察してるかもしれないが運転手は押しつぶされたフロント部分に圧迫されてね、重体状態だったのがほどなくして死亡したようだ」
「それがいったいなんなんだ?」
「ほう、この映像を見て何も感じない?」

 芝居がかった動きで両手を上げた十二月晦がわかりやすく笑顔を作る。いったい何を言いたいのかわからない俺は頭を捻った。

「別に何も。確かに運転手は可哀そうだと思うけど、車の事故なんてよくあるものだ。それは身に染みている」
「まぁ、君ならそう思うのかもしれないね。全く無関係の話だからね。でも何も知らない人がこれを見たらどう思うかな?」
「どうって」

 困惑していると、十二月晦が畳みかけるように言葉を続ける。

「この事故の発端にあたる通行人は誰がどうみても君だ。つまりこの車は君を避けようとしたか、あるいは君に何かをされて大破させてしまったんだ。身に覚えのない君には無関係に見えるかもしれないが、状況証拠だけを見る相手にはそう見えるだろうさ」
「だから、それがなんだっていうんだよ。この短い期間に二度も事故に巻き込まれて可哀そうだねって思わせたいのか?」
「ははは、この状況で君が同情されるような映像をみせるわけがないだろうっ。しかし、私も少し説明が足りなかった。この映像にはもう少しだけ続きがあるんだ」

 言うなり十二月晦はそのままの姿勢でリモコンを操作した。
 映像に映る俺の姿をした通行人は、驚いた様子をしてから事故車に少しだけ近づき観察するように見ていた。その様子から通行人は無傷だったと予測できる。
 そして次の瞬間。事故車を確認するや通行人は走り去っていった。警察も救急車も呼んだそぶりはない。ただ一目散に現場から逃げ去っていったのだ。
 動画はそこで止まり、モニターは真っ暗になった。

「酷い男だね山田翔琉という人物は。記事によるとこの男は助けがくるまで息があったのだよ。だから当事者が迅速に助けを求めていたら命を繋いでいた可能性は高かったんだ。だが、見捨てられてしまった運転手はいつ来るかわからない助けを苦しみながら待ち、間に合わずに死んだ」

 十二月晦の説明に嫌な予感を感じた。機械の放熱で蒸し暑いほどの室内なのに、背中からひやりとした汗が流れ落ちるのを感じていた。

「まさかこれ……フェイクか?」
「当たり前じゃないか、君だってさっきここに来た覚えはないと言っていただろう? さっきも言ったけど事故は実際にあったのだけどね。その時に歩行者はいなかった。まぁ、第三者の人間からしたら、そんなことは些細なことだろうけどね。重要なのは実際にここで事故があり、君の姿がカメラに写っている。そして君は事故被害者を見捨てて逃げ出した糞野郎という真実だけだ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:79,655pt お気に入り:3,569

続・拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,442pt お気に入り:9,840

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,681pt お気に入り:663

→誰かに話したくなる面白い雑学

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:6,354pt お気に入り:73

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:128,356pt お気に入り:2,240

言いたいことは、それだけかしら?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:24,977pt お気に入り:1,363

処理中です...