A*Iのキモチ

FEEL

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 愛は顔中を真っ赤にして、こちらにも伝わるくらいの発熱を起こしていた。
 頭部からは湯気をうっすらと燻らせていて、どうみても尋常じゃないほどの温度であることがわかる。

「おいおいおい……大丈夫かよ。爆発とかしないよな」
「ちょ、ちょっと……顔を近づけないでぇ……」

 体温を測ろうと愛に近寄ると、彼女は両の腕を伸ばして制止してきた。それと同時に露出している肌の部分が一部『ガチャッ』と音を立てて立ち上がり、排気機関が噴き出すスチームと同じように蒸気を勢いよく吹き出す。
 ブシュッ! ブシュウウウウゥゥゥゥゥ!
 何度が圧縮された空気音と共に蒸気を吐き出したあと、開いた部分は静かに閉じる。愛の赤らめた表情も体温も、すっかり正常に戻っていた。しかし表情は困った表情のままだ。

「ううう……恥ずかしいです」
「恥ずかしい?」
「だって、排気するほど熱くなっているのがバレたから……」
「? よくわからんが別に気にしてないよ」
「こっちが気にするんですよっ、とても、凄くっ!」
「あ……あぁ、なんかごめん」

 ヒューマノイドの感性はよくわからないが、あまり近くで見ていいものではなかったようだ。それならあまり話を掘り下げるのもデリカシーがないと思い、俺は弁当に集中することにした。

「……美味しいですか?」
「美味しいよ、さっきも言ったじゃないか」
「そうなんですけど、なんだか何度も聞きたくなってしまって。面倒な質問をしてごめんなさい」
「いや、別にそこまで面倒でもないけど」

 なんだか愛の姿をした全く別の人物と話をしているようで違和感が凄い。今の彼女はまるで普通の人間(ちょっと面倒なタイプの)みたいだった。
 人間みたい?

「もしかして……感情の成長か」

 唐突に思い付き、思わず口に出してしまった。
 デートの経験を経て、修理の過程で経験を学習した愛はアップデートを果たしたのではないだろうか?
 それならここまで人間臭い動きをするのも納得が出来た。なぜならさっきから感じる彼女への違和感は、すべて感情がもたらすものなのだから。
 照れて表情を顔を背けるのも、料理を褒められて喜ぶのも、そんな当たり前のことが出来るのもすべては喜怒哀楽が備わっているからだ。と、なれば今の彼女は……。

「ご名察だ。田中翔琉っ」

 不意に十二月晦の声が上空から聞こえて空を見上げた。雲一つない快晴の空に、大きな黒点が一つ浮かんでいる。黒点はみるみる間に大きく鳴り、外見が判断できるくらい降りてきてそれが蘭丸だと気付いた。

「見ていたのか十二月晦」
「君たちのことは常に見ているよ。それに今日はメンテ後最初の登校だからね、監視の目を徹底させていた。それよりもだ……」

 言葉を止めた十二月晦は蘭丸を動かして愛の周りをくるくると旋回する。その様子を目で追いかけながら、愛は困惑の表情を見せていた。

「あ、あの……私何かやってしまったのでしょうか?」
「あぁ、愛。君はとんでもないことをしでかしてくれたよ」
「えぇ……っ?」
「そう、その驚き、困惑の表情。そしてさっきから見せている感情の変化。君はまさしく人間に近いレベルまで感情を習得しはじめている」
「そ、そうなんですか?」
「ああっ、事故がきっかけなのかわからないが、飛躍的に人間味を帯びている。これで私の計画を進め始めることが出来るぞっ」

 十二月晦の計画――。
 それはAを複製という手段を使って生き返らせることだ。実際には本人ではないのだから生き返らせるという言葉は御幣があるかもしれないが、十二月晦五月ならそれすらも吹き飛ばす完全なAを作り上げてしまうのだろう。つい先日見た彼女の熱意が、その考えをより強く感じさせていた。
 だが、Aの復活は同時に愛との別れを導く。彼女はそのために作られた存在だ。だからもちろんこの最後も理解しているのだろう。
 ちらりと愛の方を見ると、彼女は創造主たる十二月晦に合わせて笑顔を作っていた。しかし、言うまでもなくその笑顔には影が見える。

「それでは、私がこうやって学校生活をするのはもうお終いなんですね」
「そういうことになるね、愛。ご苦労だった」
「……」
「愛?」
「いえ、創造主のお役に立てたのなら私にとって最高の喜びです」

 一瞬表情を曇らした愛はすぐさま笑顔を戻して十二月晦にそう言った。しかしやはり俺は、彼女の姿が寂しそうに見えてしまう。
 いつもの無表情だった愛ならば、そうは思わなかったのかもしれない。でも今の彼女には感情があって、俺たち人間とおなじ甘受して耐える人間性がある。一度そうだと知ってしまうと、愛が見せる寂し気な表情は無視できるものではなかった。

「――おい、十二月晦」

 考えた末に俺は愛の処遇について十二月晦に相談しようと声を掛けた。だが、名前を呼んだところで愛が俺の方を見て頭を振る。その有様を見て思った。彼女はどこまでいっても機械なのだ。
 創造主に絶対的に従う責務があり、作られた大恩がある。そしてそれに背くことは機械である以上、決してやってはいけないことだ。ルールを違えてしまえば彼女は存在意義がなくなり、生まれてきた意味がなくなる。それはなにより、愛本人が理解していた。
 いうなればこれは彼女の寿命だ。目的を達するまでの命を全うした彼女は、ここでいなくなることが運命付けられていた。だから無下に止めてしまえば彼女は生きる意味のないスクラップになってしまう。今俺が考えなしにやろうとしたことは、そういう事なのだと思った。

「なんだい? 翔琉君」
「いや、すまない。何でもないんだ」
「……そうかい」

 一言だけ言うと、十二月晦は愛の方に振り返る。

「それじゃあ愛。すぐにでもラボに来てもらいたいところだけど……後数日の間君には学校生活を送ってもらう」
「……どうしてですか?」
「君が急にいなくなられたら色々と面倒だろう。犯罪や蒸発だと思われて警察に連絡されても困るからね、事後処理に数日使わせてもらうよ。その間君は何もしなくていい、ただ普通に生活していればいいだけだ――変に勘ぐられない範囲でなら、クラスの人間に別れを言っても構わないよ」
「……ありがとう、ございます」

 十二月晦の話通りなら、Aを複製出来た際に愛と入れ替わるように学校に入れる手筈だったはずだ。つまりクラスの人間からしたら何もしらないうちに愛とAが入れ替わるのだから、事後処理なんてものは必要ないはずだ。
 きっとこのやり取りは十二月晦の優しさだ。悲しみの感情に晒された愛を救うために、創造主が用意した精一杯の愛だと感じた。

「翔琉君も、ご苦労だったね。おかげで想定よりも大分早く計画にうつれそうだ」
「これで本当に、Aを生き返すことができるのか?」
「もちろんそのままそっくりとはいかない。身体は機械だしメンテや微調整も必要だ。だが何も知らない人間からすれば、生き返ったと錯覚するくらいの複製が生まれるはずだ」
「親とかはどうするんだよ。Aの親は絶対に娘だと信じないぞ。きっとすぐにバレる」
「おやおや、Aがいなくなった途端あそこの家庭には興味が亡くなってしまったのかい翔琉君。Aの親族はつい先日引っ越したばかりさ。だからあの人たちはAの複製なんて見る事もないし想像すらしない。後は学校関係者に根回しをしておけばこの町だけで情報を抑えられる」
「そうか……いつの間にか、引っ越していたんだな」

 Aの両親とも古くからの付き合いだった。親から聞いていて知ってはいたが、実際に引っ越したと聞くと悲しいものがこみ上げてくる。
 それにしてもこのタイミングの良さ。十二月晦はそこまで考えていたということか。

「まぁ、そういうわけだ。翔琉君も残り数日頑張れば、晴れてAとの再会だ」
「そうか」
「ふむ、あまり嬉しくなさそうだね?」
「そうだな。正直何も感じていない。話が大きすぎるんでね」

 十二月晦に散々説明された今でも、俺は夢物語を聞いている気分のままだった。もちろんAが日常に帰ってくると想像したら嬉しさはある、まさに夢のようだ。あいつとはまだまだ話したいことも、やりたいことも山のように残っているのだから。
 だが、俺はもう知ってしまっている。Aのために犠牲になる存在のことを。それを考えると胸がムカムカとして素直に喜ぶことが出来なかった。
 愛を見る。彼女は下を向いたまま笑顔を作ったままだった。本心のところでは何を考えているのかは想像がつかないが、どうしようもないほど頼りないシルエットを見ていると、喜びどころか悲しさばかりが溢れてくる。
 言葉が詰まり、場に沈黙が訪れると十二月晦は話がまとまったと感じたのか蘭丸を走らせた。

「それじゃあまた数日後。愛を回収する際に連絡をするよ」

 言いながら蘭丸はどこかに消えていく。その姿を見届けていると、袖口を引っ張られる感触がした。

「愛……?」
「もうすぐ、お別れなんですね」
「……そうなるな」
「なんだか、変なんです。お別れだと考えると、胸の辺りに穴が開いたような気がして立っているのが難しい。でも実際には穴なんか開いていないんです。だから、この感覚を直す方法が見つからない」
「わかるよ。俺も事故のあと暫くはそうだった。それは喪失感だ。悲しみからくる感情だよ」
「感情、ですか……感情というものは不便なものですね。勝手に込みあげてきて、勝手に体の機能を支配してしまう」
「……そうだな。ほんとにそうだ」

 袖口を掴む愛は下を向きながら身体を揺らす。俺は蘭丸が消えて行った方向を見つめながら、そのまま立ち尽くしていた。やがて、愛の嗚咽が聞こえてくる。

「……ひっ、ひぐっ……なに……なんなのこれ……悲しい、苦しいよ……うぐっ、ひんっ、うあ、うああああぁぁぁぁぁ……っ!」

 嗚咽は喘ぎ声になり、そのまま叫び声へと変わっていく。
 袖口にしがみつくように強く握る愛に対して、かける言葉が見つからなかった俺はただただ愛のしたいようにさせていた。
 Aを失った時、俺も同じようにした記憶があった。
消失感につぐ喪失感。この世のすべでが死んでしまったような感覚。そんな世界に一人になった悲しさ。どうして自分だけがここにいるのか。どうして置いていかれてしまったのか。そう考えた俺は声を大にして泣き声を上げていた。そうしないと自分を保てなかった。保てる自信が無かった。だからずっと泣き続けていた。
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