A*Iのキモチ

FEEL

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「……いや、ごめん。なんでもないんだ」
「そうですか? それなら、いいんですけど……?」
「そんなことより、何か体に不調はないか?」
「不調ですか?」

 愛は体をぐるりと覗いてストレッチをするように体を動かす。

「はい、特に問題ありません。しかし、少しの間ですがストレージに記憶データが残っていないのですが、私何かしたのでしょうか?」
「いや、何もしてなかったよ」

 俺は説明しないことにした、説明したらしたらで愛が考え込むかもしれないし、何よりあいつなら説明しないと思ったからだ。
 愛は愛のままでいて欲しい。余計なことを考えずに笑っていてもらうのが俺にとっても最善だと思った。

「ちょっと小腹が空いてきたんだけど、何か食べに行かないか」

 そう言うと愛は目を輝かせた。

「旅行先でご飯。いいですね。行きましょうっ」

 欠落した記憶のことなんて忘れたように愛は前を進む。どこに飯屋があるのかわからないのに適当に進んで大丈夫なのだろうか。



 住民が少ないこともあり、飲食店を探すのは難儀した。
 シーズンなら出店でも出ていたのだろうが、お店と思われる建物は軒並み閉まっていて、相当な距離を歩くハメになってしまった。

「翔琉くん、お店ありましたよっ」
「うん、わかった……でも、ちょっと待って」

 常に太陽光で充電されている愛は元気いっぱいで前方にいる。そのはるか後方で俺は呟いた。
 歩いている間にすっかりガス欠になった体は重たくて、とてもじゃないが愛のパワフルさには付き合えなかった。

「海鮮のお店ですって、美味しそうですねー!」
「あぁ、ほんとだね……」

 空腹が続き腹の虫は雄叫びを上げていた。とにかくなんでもいいから早く食べたい。
 店内に入るとがらんとしていた。貸し切り状態といっていい。店員に二人だと伝えている間に愛は奥に向かって向かい合わせの席に座った。

「翔琉君。はやくはやくっ」
「はいはい」

 テンションが上がり過ぎて子供みたいにはしゃぐ愛をたしなめて席に座る。窓に隣接している席は遠くに海が見える中々いい席だった。

「知らない景色を見て食べるご当地料理っ。いよいよ旅らしくなってきましたねっ」
「いや、ここチェーン店らしいぞ」

 メニュー表を取るとグループ名が記載されていた。どの中の一つがここの飲食店みたいだった。愛にも見えやすいようメニュー表を傾けてやると不機嫌そうな顔を見せる。

「わかっててもそういうことを言わないでくださいよ。雰囲気台無しですっ」
「はいはい、で、何にする」
「海鮮丼!」
「じゃあ俺も同じやつで」

 何でもよかった俺は愛と同じ料理を頼む。そうしてしばらく待っていると料理が運ばれてきた。

「な、なんだこれは……!」

 海鮮丼というだけあり、確かに丼の上に海鮮が乗っている。色とりどりの刺身がこれでもかと乗っていて、それだけでも十分贅沢なのだが、中央にはなんと伊勢エビが生け造りで乗っかっていた。

「あ、あの店員さん。このエビって」
「伊勢エビの活け造りです、当店の名物ですよ」
「名物って……」

 メニュー表を再度確認してみるが、こちらの写真には伊勢エビなんて載っていない。イメージしやすい、変哲のない海鮮丼だ。
ちなみに料金は1200円。少し高いと思ったりしてたが、こうなれば話は別だ。安すぎる。

「こちらの特製タレと一緒に、お好みでわさびを溶かせてお召し上がりください」
「はーい!」

 店員に元気よく返事をする愛に対して俺は驚愕して固まったままだった。これ、本当にお金大丈夫か?

「愛。食べるの少し待ってくれ、ちゃんと料金を確認――」

 むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ。

「ん?」
「……美味いか?」
「美味しいですっ、翔琉君も早くたべてみてくださいっ」
「そっか」

 俺は覚悟を決めて海鮮丼に手を伸ばした――美味い。普通に美味い。
 しかし会計のことが気になって思うよりに楽しめない。

「美味しいですねっ」
「そうだね」

 そうしている間にも愛はどんぶりを平らげて満足そうに「ごちそうさま」と手を合わせていた。なんで今回に限ってそんな食べるの早いの。
 俺もおっかなびっくり丼を平らげてから会計の為にレジへと向かう。

「海鮮丼お二つで2400円です」

 俺の心配を余所に本当に表記通りの値段だった。驚きのあまりに食べたものが逆流しそうだった。
 ――また来よう。

「お腹いっぱいですねっ」
「あぁ、凄い量だったからな」
「あ、陽が落ちてきてますね」

 言われて太陽を覗くと陽は大分傾いていた。
 辺りの景色もオレンジ色に染まり始めていて、一日の終わりを感じさせる。そろそろ泊まるところ探さないといけないな。

「――翔琉君、もう一度砂浜を歩きませんか?」

 そう考えていると愛が言った。

「砂浜って、ここからだと結構距離があるぞ。今日の宿も確保しないといけないし」
「ちょっとだけでいいんです。お願いします」

 こんなに頼み込む愛は珍しい。スマホを取り出して時間と充電を確認する。まだ少し余裕もあるか。周りの宿泊施設もオフシーズンで空いているだろうし、埋まっていたら最悪ネットカフェにでも行けばいい。

「わかった。いいよ」
「ありがとうございます」

 愛は畏まった態度で頭を下げる。店で見た愛との違いに少しだけ変な感じがした。

「じゃあ、行きましょうか」
「あぁ……」

 様子がおかしいことを言及しようかと思ったが、それより先に愛は歩き始めた。タイミングを逃して聞きづらくなった俺は大人しく愛の後を付いていった。
 一度歩いた道だからか、砂浜に戻るのは思ったよりも早かった。
 といっても距離自体が結構あったので太陽はもう海に浸かっていて青空は燃えるような色に変わっていた。
 そんな中、愛と並んで砂浜を歩く。

「綺麗ですね」

 夕焼けを眺めて愛は言う。

「そうだな。昼も綺麗だったけど、夕焼けで見る海も違う良さがある」
「本当に……翔琉君と一緒にきて良かったです。おかげでこんなに綺麗なものが見れたんですから」
「愛……?」

 まるで最後の時みたいな言い方をする愛にどうしようもない不安を感じた。夕焼けが徐々に沈み夜の帳を下ろしていく。少しずつ周りが見えなくなっていくのと共に、愛まで消えてしまいそうな不安感だ。
 不安感を払拭するように愛の腕を掴んで海から離れようと引っ張る。

「もういいだろ。早く宿を決めよう」
「いえ、残念ながら宿は必要なさそうです」
「は? 何を言って……」

 愛は夕闇をじっと覗く。つられて俺も視線を向けると、海辺に似つかわしくない機械音が聞こえてくる。蘭丸のプロペラ音だ。

「どうして……」
「愛にはGPSを仕込んであるんだよ」

 俺の疑問を答える聞き覚えのある声が視界の奥から聞こえる。声の主は十二月晦だった。
 こちらを見据える瞳は肉食獣が餌を見つけた時のように獰猛で鋭い。聞くまでもなく相当に怒っているのがわかった。

「GPSなら愛が取り外したはずだ」
「おいおい翔琉君。君はいつも接しているから麻痺しているのかも知れないが、愛は誰にも真似できない、世界中が欲するような自立するヒューマノイドだよ。そんなオーパーツともいえる素体にチャチなGPS一つだけつけて外をうろつかせる訳ないだろう」

 十二月晦は二メートル、お互いが手を伸ばせば届く範囲まで近づいて歩を止めた。

「GPSはもう一つ、彼女のボディを動かす機関部に内蔵されている。これを取り外すのは愛の機能を停止させないと不可能だ。つまり君たちが一緒に移動している限り、私が居場所を見逃すことはない」

 十二月晦は愛に向かって手を差し出す。

「何を絆されているのかわからないが、不可思議な行動は感情があるといういい検証だ。さて、そろそろ帰ろうか愛。君の役割はお終いだ」
「あ……」

 愛は困惑した様子で足を踏み出そうとした。しかし一歩踏み出そうとしたところで動きを止める。

「い……や、です」
「おいおい、私は君の創造主だよ。私の言うことが、聞けないのかい?」
「……!」

 ゆっくりと発せられる十二月晦の言葉に愛は顔を歪めた。身体を震わせて罪悪感に塗れた表情を下に向ける。

「やめろっ、十二月晦!」
「お前は黙っていろ」

 愛に向いていた瞳がギロリとこちらを射貫く。

「いい加減にしてくれないか山田翔琉君。君の役目だってとっくに終わっているんだよ。それなのにウダウダと愛を連れまわして呑気に小旅行なんかして……頼みごとをした手前、多少は多めに見ていたけど関与が過ぎるよ」
「旅行ぐらい別にいいだろう。世間的に見てもカップルが二人で遠出するなんて珍しくもなんともない」
「だから、君と愛との恋人関係というものはもう終わっているとさっき言ったばかりだろう? それとも何かい、疑似的な恋愛ごっこをしていたら本当にそうだと勘違いしてしまったのかい?」

 笑みを含みながら十二月晦は目を細める。

「そうしているとマッドサイエンティストみたいだな」
「いいじゃないか、死者を蘇らせようとする科学者。まるでヴィクター・フランケンシュタイン博士だね」

 頭のネジがぶっとんでいる奴には皮肉も通じない。
 高笑いしている十二月晦を余所に愛の方に視線を向ける。愛は眉を弛ませこちらを見ている。身体の震えは続いたままだ。
 おそらく愛の中ではヒューマノイドとしての自分と感情を持った自己が戦っている。命令されて勝手に動く体を感情で必死に止めているのだ。

「さぁ、無駄話はこれくらいにして帰ろうか、愛」
「ん……」

 声を漏らした愛はその場から動かない。しかし震えは強くなっていく一方で、相当強い葛藤が愛の中にあるのだと伝わって来た。
 テコでも動かないといった様子の愛を見て十二月晦はため息を吐いた。

「もしかして君も恋愛ごっこに本気になったのかい? 君にはそれよりも大事な役目があるだろう」
「否定は、しません。私にはあなたに命じられた、大事な、役目があります。そのために、生まれてきました」
「そうとも、わかっているなら早く戻っておいで」
「だけど……戻りません。大事な役目よりも、今日を、生きていたいから」

 たどたどしくも、愛ははっきりとそう言った。
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