5 / 44
第一章
第三話 業漂う水
しおりを挟む
美紅:『おちて ながれて 水の底』
『くらい みえない』
『光は何処に』
【間】
【電話中の尾先】
尾先:あぁ、わかった…
すまなかったな、色々と
一先ずこれで一件落着だ
また何かあれば連絡する、あぁ、それじゃ
……ふぅ
【尾先の家に、急いで来た茜】
茜:はぁ、はぁ……
尾先さん!聞いてください!
尾先:あぁ、俺も今聞いたところだ
茜:え?
尾先:コレだよ
茜:電話…?あ!骸さん!
尾先:そういうことだ
今回の件は、これで正式に一件落着だな
茜:よかった…詩織…
尾先:今は病院らしいな
茜:はい、聞いてます
今度、お見舞いに行こうかと
尾先:やめておけ
茜:え?どうしてですか!?
尾先:……はぁ
相手の気持ちも考えろ
会いたくないはずだろ?
茜:そ、それは…そうかもしれませんけど
尾先:…お前のその異常性は何なんだ?
茜:異常…?私が?
尾先:過去に何があったか知らない
必要以上に聞くつもりもないが
普通は自分を殺そうとした相手に情けも容赦もしないものだろう
この人はヤバい人だ、って距離をとる
茜:……
尾先:その執着心と言ってもいいほどの異常性がお前には見える
……単に友達思いの優しい子じゃない
お前のそれは異常だ
茜:…私、は…おかしい…ですか?
尾先:…あぁ
茜:…そうですよね
本当はわかってるんです
だけど…
尾先:まぁ、その話は追々な
とりあえず会うのはやめておけ
助かっただけありがたいと思ってそっとしておいてやれ
茜:わかりました…
あ、それで今日は
尾先:今日はもう帰っていい
俺も用事があってな
茜:それじゃあ、今日は怪異相談所はお休みですね
尾先:そのふざけた名前もどうにかならないのか?
茜:だって、尾先さんのやってること
そのまんまじゃないですか!
尾先:お前のネーミングセンスには頭を抱えるな
偽名の苺も字が似てるって理由で安直
凪は、まぐれで当たったが
茜:酷くないですか!?一生懸命考えたのに!
尾先さんだって、安直じゃないですか!
長い木でオサキ!って字変えただけじゃないですか!
尾先:勉強不足、出直してこい
茜:はぁ!?
尾先:じゃあな、気をつけて帰れよ
茜:あ!ちょっと!言い逃げだ!パワハラだー!
【次の日、学校】
美紅:おはよー!茜!
茜:おはよう、美紅
美紅:あれ?イライラしてる?
茜:え!?あー、うん、ちょっと
美紅:珍しいね?茜がそんな顔してるの
茜:バイト先でちょっとね…
美紅:あれ?茜ってバイトしてたんだっけ?
茜:え!?あー!そうそう、最近ね
美紅:どんなとこ?
茜:う、うーん…怪しいお店?
美紅:え…もしかして茜…夜の蝶に!?
茜:違う違う!そういうのじゃなくて!
ほら最近、幽霊に悩んでたでしょ?
美紅:あぁ!そういえば詩織から聞いたよー
あ、そういえば詩織入院してるらしいね
大丈夫かな?
茜:う、うん!大丈夫みたいだよ
あ、でね?その関係で知り合った人がいて
そのお店って言うのかな
幽霊専門の相談所みたいなところでお世話になってるの
美紅:本当に怪しいお店だった
茜:あはは…けど、私も相談して楽になったから、腕は確かかも
美紅:心理士みたいな人なのかな?
ふーん、じゃあ私も相談してみようかな
茜:え?美紅が?
美紅:うん
幽霊が見えるわけじゃないんだけどね
最近ちょっとおかしくて
茜:どんなふうに?
美紅:腰が痛くて、肩も凝ってる
茜:それは、整体に行った方がいいんじゃない?
美紅:そうなんだけどね
胸の張りが時々あるの
あと、気分が悪くなることもちょっと
茜:…その人は、男の人だから
別のところに行くべきじゃないかな…?
美紅:そういうのじゃないよ、絶対
だから不思議なの
別に運動したってわけじゃないのに疲れたりするから
茜:…わかった、私から少し話してみてもいいかな?
美紅:うん!お願いするね
茜、2限は何?
茜:私は空きだよ
ていうか今日はもう、なし!
美紅:そっか、じゃあまたね!
茜:うん、いってらっしゃい
……うーん、尾先さんに話していいものか
凪:茜、茜
茜:…え?誰…?
凪:こっちに来て、茜
茜:幽…霊?だけど嫌な感じはしない
凪:早く
茜:っ…行ってみよう
【間】
茜:誰なの?ねぇ!返事をして!
凪:僕だよ、茜
茜:え!?…子供?
凪:酷いなー、僕だよ
凪、だよ
茜:凪!?え、嘘、だって凪は
凪:狐は人を化かす怪異だよ
これくらいできるさ
茜:びっくりした…でも、どうして急に?
凪:うん、僕は茜以外の人間に興味はないからさ
別にどうでも良かったんだけど
さっきの人、茜の大切な人でしょ?
茜:美紅?そうね、大切な友達だよ
凪:だったら教えてあげる
茜って人間の幽霊は見えづらいんでしょ?
だから、教えてあげる
あの人間にはちゃんと憑いてるよ
茜:え!?憑いてる!?幽霊が?
凪:うん、今はまだ大丈夫そうだけど
病気じゃないから、いつ悪化するか分からない
急いだ方がいいよ
あれは多分、手に負えない
茜:手に負えない…?
凪:あの人間、最悪死ぬかもってこと
茜:えっ…
凪:とりあえず、僕が伝えたかったことは伝えたからね
それじゃあ
茜:あ!待って!
この前はありがとう、凪のおかげで助かったから
凪:ううん、僕は茜を助けられて嬉しいんだ
茜の為なら命を差し出すよ
茜:え…どうしてそこまで
凪:誓いだから
茜:誓い…?
凪:それじゃ、またね
茜:あっ!
…誓いって…何だろう
って、美紅のことが心配だ…
早く尾先さんの所に行こう!
【間】
尾先:なるほどな
茜:見てもらえますか?
尾先:凪、出てこい
茜:え?
凪:僕は茜以外の命令を聞くつもりはないんだけど
あと、様を付けたほうがいいんじゃないかな?僕はキミの狐じゃない
尾先:生憎、俺は大丈夫なもんでな
凪:尾先、ね
真怪にまで影響するのは不服だね
茜:真怪…?
尾先:怪異の分類だ
そこは自分で調べられる
人が勝手に分類して、都合が良いから使ってるだけだ
凪:人間はよく考える生き物だからね
使えるものは使うさ
さて、お前が言いたいことは解っている
だけど、僕が教えることはない
自分でちゃんと見た方がいい
茜:凪は何が取り憑いてるのかわかるの?
凪:僕も幽霊だからね
解る、というより本来見えていないとおかしいんだ
茜が生きているものが見えるように…ね
茜:あっ、そっか…なるほど
すごくわかりやすい
尾先:ま、予想が正しければ対応できるが、腑に落ちないこともある…
茜:腑に落ちない、ですか?
尾先:あぁ…まぁ、いいだろう
明日、連れてこい
茜:いいんですか?
尾先:あぁ、報酬はいただくさ
【次の日】
美紅:てことは、聞いてくれたんだね
ありがとう
茜:ううん!
美紅:で、えっと何だっけ?オサキ?さん?
茜:そう、変な人だけど大丈夫だよ
美紅:少し楽しみ
茜:えっ…
美紅:だって茜がお世話になってる人だし、興味あるじゃん?
茜:べ、別に変な意味はないからね!?
美紅:変な意味って?
茜:もう!からかわないでよ!
美紅:あはは!…って、ここ?
茜:あははー…不気味だよね
美紅:いかにも!って感じ
茜:じゃあ、行こっか
【尾先の家に入る二人】
茜:尾先さーん、連れてきましたー
あれ?尾先さーん?
美紅:入って大丈夫?
もしかして、留守だった?
茜:いや、そんなはずは
美紅:あれ?
茜:ん?どうしたの?
美紅:え、いや…なんだか身体が軽くなったような
尾先:それは魔除けのお香のおかげかな
美紅:え!?
茜:ちょっと、尾先さん!それやめてください!
尾先:俺は何もしてない
茜:えっと、この人が尾先さん
で、この子が友達の
尾先:名前
美紅:あ、川原美紅です
尾先:ふーん、なるほどね
さて、俺のことはどこまで聞いてる?
美紅:変な人だって聞いてます
尾先:…山本茜…?
茜:違っ!だってどこまで説明していいか分からなかったんですもん!
尾先:お前な…まぁ、いい
とりあえず話を聞かせてくれ
凪:(茜)
茜:え!?
美紅:え?どうしたの急に
茜:あ、ごめん!なんでもない
(…凪?これはどういうこと?)
凪:(テレパシーみたいなものだと思っていいよ、頭の中で会話してる
今、何か見える?)
茜:(ううん、やっぱり私には見えなかったよ)
凪:(僕は茜の守護霊のような立ち位置だから、ここの臭いに耐えれるんだけど
普通の霊は入って来れないみたいだ)
茜:(そうなの?)
凪:(あの男、気に食わないけど本物だね
とりあえず、今お友達には霊はいない
身体が軽くなったのはそのせいだね)
茜:(そうなんだ、けど凪が大丈夫で良かった)
凪:(だけど、注意して)
茜:(え?何を?)
凪:(扉の前にずっといる、出てくるのを待ってる)
茜:(あっ…!!)
凪:(見えた?)
茜:(扉の前が…なんかぐにゃぐにゃしてる…?)
凪:(なるほど、そう見えるのか
その感覚、普通の霊じゃなくて悪い霊って覚えておいて
生き物に悪影響を及ぼす霊体の感覚)
茜:(わかった…ありがとう、凪)
【間】
尾先:それは整体に行った方がいいんじゃないか?
美紅:茜にも言われました、けどそうじゃないですよね?
尾先:幽霊でも見えるのか?
美紅:いえ、見えません
尾先:なら、どうしてそう思う
美紅:茜がここを紹介してくれたからです
尾先:胡散臭いと思わないのか?
美紅:だけど、茜はそれで元気になりましたし
感覚…ですけど、そういう病気とかじゃないとわかるんです
尾先:山本茜より、随分頭が良いな
見た目は天然そうなのにな
美紅:ギャップ萌えってやつですね
尾先:ハハッ、気に入った
それに、色々経験値もありそうだ
美紅:経験値?ですか
尾先:あぁ…茜、そろそろお前も参加しろ
茜:あっ、ごめんなさい
何かわかったんですか?
尾先:あぁ、予想通りだ
川原美紅、お前に取り憑いている霊は子供の霊だ
茜:子ども…ですか?
美紅:こ…ども…
茜:美紅?
尾先:……
それで、何か心当たりはあるか?
話によれば、最近違和感を感じだしたんだろ?
それを感じる前、心霊スポットに行った…とか、いつもと変わったことをしてないか?
美紅:いえ…別に…
尾先:旅行でもいい
普段と違うことをしていないか?
美紅:あっ、そういえば
彼氏と釣りに行きました
私は近くで見ていただけですけど
尾先:場所は?
美紅:えっと…どこだっけ
ちょっと、聞いてきていいですか?
尾先:あぁ、構わない
茜:子どもの霊ですか
尾先:…あぁ
茜:尾先さん?
尾先:厄介にならなきゃいいが
茜:そんなにヤバい霊なんですか?
尾先:いいや、本来その霊は…
いや、この話は後にしておこう
茜:え?
尾先:場所が近ければ今から行くぞ
早く終わらせてしまおう
茜:あ、はい
ありがとうございます
尾先:……あぁ
美紅:お待たせしました
場所は…ここです
尾先:仔攬池…なるほどな
茜:ここから30分くらいですね
中学の頃、男子がよく行ってました
美紅:あ、私の中学もそうだったよ
彼氏も結構行ってたみたい
茜:私は釣りしたことないな
美紅:私も実際にしたことはないよ
茜:ついて行くだけ?
美紅:うん、そうだよ
茜:それ、楽しいの?
美紅:うーん、ついて行ったの、この一回だけだから
どんな感じか見てみたいって私が言ったし
茜:そうなんだ
凪:(尾先、茜を巻き込むなよ)
尾先:(凪か…あぁ、そのつもりだが)
凪:(僕は茜さえ無事ならそれでいい
他の人間は知らないからな)
尾先:(お前が自分で見ろと言った意味が解ったよ
あれは…業が重すぎる……今回の場合、特にな)
凪:(人間は愚かだよ、全く)
尾先:(あぁ、そうだな)
よし、今から行くぞ
美紅:池にですか?今から?
尾先:あぁ、今すぐ行って除霊する
茜:大丈夫そうなんですか?
尾先:待ってろ、準備してくる
美紅:また、あそこに行くんだ
茜:どうしたの?
美紅:ううん、ここで除霊?っていうの?
お祓いみたいなことすると思ってたから
茜:私もそう思ってたんだけど
時々、現地に行くこともあるんだ
そこじゃないとダメな時があるらしくて
美紅:じゃあ、私はそのパターンだったってことね
茜:そうみたい
私もよくわかってないんだけどね
美紅:けど、いい人そうじゃない?オサキさん
茜:え!?どこが!?
美紅:ちゃんと人を見てる
気配りも上手そう
茜:ぜっんぜん!そなことないから!
美紅:あはは!
尾先:待たせたな、行こうか
茜:あっ!尾先さん!
尾先:なんだ?
茜:ちょっと、こっちに…
……あの扉の前どうするんですか?
尾先:あぁ、クダに頼んである
出ても大丈夫だ
茜:よかった…
尾先:見えるのか?
茜:いえ、雰囲気しか分からないです
あとは凪に聞きました
尾先:さっきのコソコソ話はそれか
……茜、…友達の力になってやれよ
茜:え?それってどういう…
尾先:よし、行くぞ
【池へと向かう3人】
茜:(友達の力になるってどういうこと?
もしかして、何かよくないモノが)
美紅:茜?
茜:え…?
美紅:どうしたの?眉間に…シワ!
茜:あ痛っ、…ごめんごめん、考え事
美紅:私のこと?
茜:へ?
美紅:ふふっ、なんでもなーい!
茜:あっ!美紅、待って!
凪:(へぇ、勘が鋭い子だ
確信を持って言ったよね、今の言葉
なんだろうね、この感じ
全部分かってるような雰囲気も…
尾先も、なーんか感じてるみたいだし
ま、いいか…僕は僕の使命を果たせばそれでいい)
【間】
尾先:よし、ここでいい
今から除霊をするが、確認しつつ行う
答えたくないものには答えなくていい
美紅:…はい
尾先:まずは、場所はここでいいな?
美紅:釣りをしてたのは少し奥ですけど
尾先:その時に何かしなかったか?
ゴミのポイ捨てや池を荒らしたり
美紅:してないです
逆にゴミを拾ったくらいですよ
尾先:わかった
今、体調の変化はあるか?
美紅:お店に行ってからは調子がいいくらいです
尾先:あそこは店じゃなくて俺の家なんだがな
…お前に憑いている霊は、水子の霊だ
美紅:っ……
茜:水子…?
凪:(堕胎や、流産、死産…生まれてきて間もなく死んだ……そんな霊を水子として纏めるんだ)
尾先:さらにこの場所、仔攬池
名の通り、子を取る池だ
茜:子を取る?
尾先:姥捨山は分かるか?
茜:はい、聞いたことはあります
尾先:その逆だ
子を池に捨てたんだろう
事実か伝承かは知らんが、名は何か意味を持っているからな
事実、ここで大飢饉が起こったこともある
何百年も前に、育てられなくなった子を捨てる
なんて当たり前にあった話かもしれない
茜:そんな…酷い…
尾先:話だけ聞けばな
実際に体験してみないと、その時の苦しみなんてわからんだろ?
茜:それは…そうかもしれませんけど
美紅:……私に憑いてる霊はその時、捨てられた子ですか?
尾先:そこまでは俺も解らん
ただ、3人だ
腕、足、そして腹…
美紅:…今はどこに
尾先:気にするな、もう除霊するんだ
美紅:わ…私…
茜:美紅、大丈夫?
美紅:あ、あか…ね、私…
茜:美紅?
美紅:ウッ…うぇっぇぇ…
【何かを嘔吐する美紅】
茜:えっ…?
尾先:何!?茜!そいつから離れろ!
茜:で、でも美紅が
尾先:いいから離れろ!!
茜:っ…
美紅:はぁ…はぁ…ウッゲェぇえ…
あっ…お腹…痛っ…痛いぃ…!
尾先:クダ!凪!
凪:はぁ?なんで僕が呼ばれるんだ?尾先、言ったよね?僕は
茜:凪!お願い!美紅を助けて!
凪:……
茜に言われたら拒否できないよ…
ほら、クダさん尻尾貸して
『九ツ尾重』
茜:美紅!美紅!
尾先:触るな!
茜:尾先さん、どうしよう、美紅が!
尾先:目から大量の涙、腹の痛みは陣痛だろうな
耳から血が出ているが…これは別か
口から吐いているのは羊水か?
茜:なんなんですか!?一体これは!
尾先:出産時の現象が起きている
泣くのは生まれてくる子ども
耳の血はその生まれてくる子についたモノだろう
陣痛と羊水に関しては霊障だな
茜:なんでこんなことに…
尾先:話の最中に、もう霊は除霊していた
あとは川原美紅の気持ち次第だったんだが
それにここまでの霊障があるわけ…!?それか!
茜:何かわかったんですか?
尾先:付喪神だ
茜:付喪神?
尾先:物に魂が宿るとそれは付喪神になる
だが本来、付喪神ってのは百年の歳月を要する
だからアレは付喪神に似た別の呪具だ
凪:尾先、早く何とかしないと死ぬよ
嘔吐のしすぎで脱水起こしてる
それにこれ、死ぬまで続くでしょ?
美紅:痛ぁぁ!ぅッッ…はぁ…はぁ…
茜:美紅!……尾先さん!
尾先:川原美紅の腕に付いているアレを切れ
茜:え?…アレってブレスレット?
けど、確か彼氏から貰ったって
外すだけでいいんですよね!?
尾先:命とどっちが大切か考えろ!
いいか、外すんじゃない!切るんだ!
茜:けど、切るって…
尾先:クダと凪の結界の中なら切れる
やれ!
茜:っ!!美紅、ごめんね?切るね?
美紅:ぁあっ…痛ぃ…痛いの!
茜:ごめんーーーー
【ブレスレットを切る】
尾先:こっちに投げろ!
茜:は、はい!
尾先:クダ!
凪:はぁ、疲れた
付喪神なんて、また趣味の悪いものを
茜:美紅!美紅!
美紅:あ…か…ね…
茜:よかった…大丈夫?もう痛くない?
美紅:うん…大丈夫…はぁ…はぁ…
……あっ…!
尾先:4人憑いていたってわけか
除霊の時の霊力で覚醒したか…
美紅:あっ、あの…そのブレスレット…
尾先:すまないがコレはもう呪具の一種だ
取り憑いた霊は除霊するが、これは返せない
美紅:赤ちゃん…が入っているんですよね?
尾先:……あぁ
美紅:返してもらえませんか?
茜:美紅?何言ってるの?
あれを持ってたら、また美紅が!
美紅:ごめん…ごめんね、茜
私…ね、昔
尾先:言うな
言わなくていい
美紅:……
尾先:…責任は取らない
美紅:え?
尾先:これを返して、また霊障があっても
俺は手出ししない、それでいいか?
茜:尾先さん!?ちょっと、どういう
凪:茜、大丈夫
茜:凪…
凪:あの中にはもう…何もいない
茜:えっ…何もいない?
凪:クダの結界に入れたあと別に移し替えたみたいだ
本当、嫌になるほど本物だね
尾先:お前の考えている人じゃないかもしれんぞ
美紅:はい、それでいいです
責任は私が
尾先:軽々しく背負うものでもないぞ?
美紅:それでも背負わないといけないものなので
尾先:…わかった、これは返す
美紅:っ!!ごめんね…ごめんね…
茜:美紅…
【回想】
尾先:さっきのコソコソ話はそれか
…茜、…友達の力になってやれよ
茜:え?それってどういう…
【現在】
茜:(尾先さんが言ってたのって、もしかして…)
っ!美紅!
美紅:茜…
茜:大丈夫だから、言わなくてもいいから
だから…
美紅:うっ…茜…うわぁぁん…あぁっ…
尾先:ふぅ…
【間】
尾先:それで、あれからはいつも通りってか
茜:はい、ありがとうございました
美紅のことも、それから、あの子のことも
尾先:川原美紅にも言ったが、お前たちが考えているそれとはまた別かもしれないぞ
茜:それでも、美紅が選んだので
少しは救われたんだと思います
尾先:川原美紅はずっと悩んでいたんだろうな
そういうタイプの子だ
全部忘れた方がいいってこともあるが、俺は嫌いじゃない
茜:はい…あっ、移し替えた水子はどうしたんですか?
尾先:あぁ、報酬だからな
茜:なるほど、骸さんですね
尾先:そういうことだ、付喪神になった水子なんて聞かないからな
今回の話もしてやったら、喜んで聞いていたよ、悪趣味な奴だ
茜:あはは…骸さんらしいですね
……私、ちょっと怖かったです
尾先:何がだ?
茜:凪からは手に負えないって言われてたし、尾先さんも腑に落ちないとか言って
みんな煽ってましたから
尾先:煽ってるわけじゃない
そうだな…
お前は子どもと聞いて何を思い浮かべる?
茜:え?子どもですか?
可愛いとか…あと無邪気ですかね?
尾先:そうだ、子どもは無邪気なんだ
字の通り、邪気が無いんだよ
茜:邪気が無い?
尾先:辞書に載っている素直とかの意味じゃなく、字の意味として、な
水子の霊ってのは邪気が無い
だから、霊障なんて起こらないんだ
取り憑くことはあるが、親と間違えたり
ただ、遊んで欲しいだけだったりな
茜:じゃあ、なんで美紅はあんなことに?
尾先:付喪神化した奴がいたことだろうな
元から憑いていた3人はすぐに消えたし
凪が手に負えないって言ったのは、解っていたからだろう
茜:そうなの?
凪:茜には悪いけど、僕は茜以外の人間はどうでもいいんだ
だがら、僕じゃなくて尾先に対応させた
尾先:全く迷惑な話だな
凪:その割には、しっかり面倒見てるくせに
尾先:人助けが趣味だからな
川原美紅が少しでも助かったなら
それでいいってことだな
茜:尾先さんらしいです
尾先:本当は全部忘れる方が幸せかもしれない
だが、背負うことに決めた選択を尊重したくなっただけだ
茜:そうですね…
私も美紅の決めたことは間違ってないと思います
あの、尾先さん
尾先:なんだ?
茜:…いえ、なんでもないです
(この人になら、私のことを話してもいいのかな……美紅が勇気を出したように…私も…)
尾先:…ははっ
その話は、追々でいい
茜:えっ…
…はい!追々話します!
【間】
美紅:『おちて ながれて 水の底』
『くらい みえない』
『光は何処に』
美紅:じゃあ、お母さん行ってきます!
……行ってくるね
【飾ってあるブレスレットに笑いかける美紅】
美紅:『光は此処に』
『あなたのそばに』
業漂う水 終
『くらい みえない』
『光は何処に』
【間】
【電話中の尾先】
尾先:あぁ、わかった…
すまなかったな、色々と
一先ずこれで一件落着だ
また何かあれば連絡する、あぁ、それじゃ
……ふぅ
【尾先の家に、急いで来た茜】
茜:はぁ、はぁ……
尾先さん!聞いてください!
尾先:あぁ、俺も今聞いたところだ
茜:え?
尾先:コレだよ
茜:電話…?あ!骸さん!
尾先:そういうことだ
今回の件は、これで正式に一件落着だな
茜:よかった…詩織…
尾先:今は病院らしいな
茜:はい、聞いてます
今度、お見舞いに行こうかと
尾先:やめておけ
茜:え?どうしてですか!?
尾先:……はぁ
相手の気持ちも考えろ
会いたくないはずだろ?
茜:そ、それは…そうかもしれませんけど
尾先:…お前のその異常性は何なんだ?
茜:異常…?私が?
尾先:過去に何があったか知らない
必要以上に聞くつもりもないが
普通は自分を殺そうとした相手に情けも容赦もしないものだろう
この人はヤバい人だ、って距離をとる
茜:……
尾先:その執着心と言ってもいいほどの異常性がお前には見える
……単に友達思いの優しい子じゃない
お前のそれは異常だ
茜:…私、は…おかしい…ですか?
尾先:…あぁ
茜:…そうですよね
本当はわかってるんです
だけど…
尾先:まぁ、その話は追々な
とりあえず会うのはやめておけ
助かっただけありがたいと思ってそっとしておいてやれ
茜:わかりました…
あ、それで今日は
尾先:今日はもう帰っていい
俺も用事があってな
茜:それじゃあ、今日は怪異相談所はお休みですね
尾先:そのふざけた名前もどうにかならないのか?
茜:だって、尾先さんのやってること
そのまんまじゃないですか!
尾先:お前のネーミングセンスには頭を抱えるな
偽名の苺も字が似てるって理由で安直
凪は、まぐれで当たったが
茜:酷くないですか!?一生懸命考えたのに!
尾先さんだって、安直じゃないですか!
長い木でオサキ!って字変えただけじゃないですか!
尾先:勉強不足、出直してこい
茜:はぁ!?
尾先:じゃあな、気をつけて帰れよ
茜:あ!ちょっと!言い逃げだ!パワハラだー!
【次の日、学校】
美紅:おはよー!茜!
茜:おはよう、美紅
美紅:あれ?イライラしてる?
茜:え!?あー、うん、ちょっと
美紅:珍しいね?茜がそんな顔してるの
茜:バイト先でちょっとね…
美紅:あれ?茜ってバイトしてたんだっけ?
茜:え!?あー!そうそう、最近ね
美紅:どんなとこ?
茜:う、うーん…怪しいお店?
美紅:え…もしかして茜…夜の蝶に!?
茜:違う違う!そういうのじゃなくて!
ほら最近、幽霊に悩んでたでしょ?
美紅:あぁ!そういえば詩織から聞いたよー
あ、そういえば詩織入院してるらしいね
大丈夫かな?
茜:う、うん!大丈夫みたいだよ
あ、でね?その関係で知り合った人がいて
そのお店って言うのかな
幽霊専門の相談所みたいなところでお世話になってるの
美紅:本当に怪しいお店だった
茜:あはは…けど、私も相談して楽になったから、腕は確かかも
美紅:心理士みたいな人なのかな?
ふーん、じゃあ私も相談してみようかな
茜:え?美紅が?
美紅:うん
幽霊が見えるわけじゃないんだけどね
最近ちょっとおかしくて
茜:どんなふうに?
美紅:腰が痛くて、肩も凝ってる
茜:それは、整体に行った方がいいんじゃない?
美紅:そうなんだけどね
胸の張りが時々あるの
あと、気分が悪くなることもちょっと
茜:…その人は、男の人だから
別のところに行くべきじゃないかな…?
美紅:そういうのじゃないよ、絶対
だから不思議なの
別に運動したってわけじゃないのに疲れたりするから
茜:…わかった、私から少し話してみてもいいかな?
美紅:うん!お願いするね
茜、2限は何?
茜:私は空きだよ
ていうか今日はもう、なし!
美紅:そっか、じゃあまたね!
茜:うん、いってらっしゃい
……うーん、尾先さんに話していいものか
凪:茜、茜
茜:…え?誰…?
凪:こっちに来て、茜
茜:幽…霊?だけど嫌な感じはしない
凪:早く
茜:っ…行ってみよう
【間】
茜:誰なの?ねぇ!返事をして!
凪:僕だよ、茜
茜:え!?…子供?
凪:酷いなー、僕だよ
凪、だよ
茜:凪!?え、嘘、だって凪は
凪:狐は人を化かす怪異だよ
これくらいできるさ
茜:びっくりした…でも、どうして急に?
凪:うん、僕は茜以外の人間に興味はないからさ
別にどうでも良かったんだけど
さっきの人、茜の大切な人でしょ?
茜:美紅?そうね、大切な友達だよ
凪:だったら教えてあげる
茜って人間の幽霊は見えづらいんでしょ?
だから、教えてあげる
あの人間にはちゃんと憑いてるよ
茜:え!?憑いてる!?幽霊が?
凪:うん、今はまだ大丈夫そうだけど
病気じゃないから、いつ悪化するか分からない
急いだ方がいいよ
あれは多分、手に負えない
茜:手に負えない…?
凪:あの人間、最悪死ぬかもってこと
茜:えっ…
凪:とりあえず、僕が伝えたかったことは伝えたからね
それじゃあ
茜:あ!待って!
この前はありがとう、凪のおかげで助かったから
凪:ううん、僕は茜を助けられて嬉しいんだ
茜の為なら命を差し出すよ
茜:え…どうしてそこまで
凪:誓いだから
茜:誓い…?
凪:それじゃ、またね
茜:あっ!
…誓いって…何だろう
って、美紅のことが心配だ…
早く尾先さんの所に行こう!
【間】
尾先:なるほどな
茜:見てもらえますか?
尾先:凪、出てこい
茜:え?
凪:僕は茜以外の命令を聞くつもりはないんだけど
あと、様を付けたほうがいいんじゃないかな?僕はキミの狐じゃない
尾先:生憎、俺は大丈夫なもんでな
凪:尾先、ね
真怪にまで影響するのは不服だね
茜:真怪…?
尾先:怪異の分類だ
そこは自分で調べられる
人が勝手に分類して、都合が良いから使ってるだけだ
凪:人間はよく考える生き物だからね
使えるものは使うさ
さて、お前が言いたいことは解っている
だけど、僕が教えることはない
自分でちゃんと見た方がいい
茜:凪は何が取り憑いてるのかわかるの?
凪:僕も幽霊だからね
解る、というより本来見えていないとおかしいんだ
茜が生きているものが見えるように…ね
茜:あっ、そっか…なるほど
すごくわかりやすい
尾先:ま、予想が正しければ対応できるが、腑に落ちないこともある…
茜:腑に落ちない、ですか?
尾先:あぁ…まぁ、いいだろう
明日、連れてこい
茜:いいんですか?
尾先:あぁ、報酬はいただくさ
【次の日】
美紅:てことは、聞いてくれたんだね
ありがとう
茜:ううん!
美紅:で、えっと何だっけ?オサキ?さん?
茜:そう、変な人だけど大丈夫だよ
美紅:少し楽しみ
茜:えっ…
美紅:だって茜がお世話になってる人だし、興味あるじゃん?
茜:べ、別に変な意味はないからね!?
美紅:変な意味って?
茜:もう!からかわないでよ!
美紅:あはは!…って、ここ?
茜:あははー…不気味だよね
美紅:いかにも!って感じ
茜:じゃあ、行こっか
【尾先の家に入る二人】
茜:尾先さーん、連れてきましたー
あれ?尾先さーん?
美紅:入って大丈夫?
もしかして、留守だった?
茜:いや、そんなはずは
美紅:あれ?
茜:ん?どうしたの?
美紅:え、いや…なんだか身体が軽くなったような
尾先:それは魔除けのお香のおかげかな
美紅:え!?
茜:ちょっと、尾先さん!それやめてください!
尾先:俺は何もしてない
茜:えっと、この人が尾先さん
で、この子が友達の
尾先:名前
美紅:あ、川原美紅です
尾先:ふーん、なるほどね
さて、俺のことはどこまで聞いてる?
美紅:変な人だって聞いてます
尾先:…山本茜…?
茜:違っ!だってどこまで説明していいか分からなかったんですもん!
尾先:お前な…まぁ、いい
とりあえず話を聞かせてくれ
凪:(茜)
茜:え!?
美紅:え?どうしたの急に
茜:あ、ごめん!なんでもない
(…凪?これはどういうこと?)
凪:(テレパシーみたいなものだと思っていいよ、頭の中で会話してる
今、何か見える?)
茜:(ううん、やっぱり私には見えなかったよ)
凪:(僕は茜の守護霊のような立ち位置だから、ここの臭いに耐えれるんだけど
普通の霊は入って来れないみたいだ)
茜:(そうなの?)
凪:(あの男、気に食わないけど本物だね
とりあえず、今お友達には霊はいない
身体が軽くなったのはそのせいだね)
茜:(そうなんだ、けど凪が大丈夫で良かった)
凪:(だけど、注意して)
茜:(え?何を?)
凪:(扉の前にずっといる、出てくるのを待ってる)
茜:(あっ…!!)
凪:(見えた?)
茜:(扉の前が…なんかぐにゃぐにゃしてる…?)
凪:(なるほど、そう見えるのか
その感覚、普通の霊じゃなくて悪い霊って覚えておいて
生き物に悪影響を及ぼす霊体の感覚)
茜:(わかった…ありがとう、凪)
【間】
尾先:それは整体に行った方がいいんじゃないか?
美紅:茜にも言われました、けどそうじゃないですよね?
尾先:幽霊でも見えるのか?
美紅:いえ、見えません
尾先:なら、どうしてそう思う
美紅:茜がここを紹介してくれたからです
尾先:胡散臭いと思わないのか?
美紅:だけど、茜はそれで元気になりましたし
感覚…ですけど、そういう病気とかじゃないとわかるんです
尾先:山本茜より、随分頭が良いな
見た目は天然そうなのにな
美紅:ギャップ萌えってやつですね
尾先:ハハッ、気に入った
それに、色々経験値もありそうだ
美紅:経験値?ですか
尾先:あぁ…茜、そろそろお前も参加しろ
茜:あっ、ごめんなさい
何かわかったんですか?
尾先:あぁ、予想通りだ
川原美紅、お前に取り憑いている霊は子供の霊だ
茜:子ども…ですか?
美紅:こ…ども…
茜:美紅?
尾先:……
それで、何か心当たりはあるか?
話によれば、最近違和感を感じだしたんだろ?
それを感じる前、心霊スポットに行った…とか、いつもと変わったことをしてないか?
美紅:いえ…別に…
尾先:旅行でもいい
普段と違うことをしていないか?
美紅:あっ、そういえば
彼氏と釣りに行きました
私は近くで見ていただけですけど
尾先:場所は?
美紅:えっと…どこだっけ
ちょっと、聞いてきていいですか?
尾先:あぁ、構わない
茜:子どもの霊ですか
尾先:…あぁ
茜:尾先さん?
尾先:厄介にならなきゃいいが
茜:そんなにヤバい霊なんですか?
尾先:いいや、本来その霊は…
いや、この話は後にしておこう
茜:え?
尾先:場所が近ければ今から行くぞ
早く終わらせてしまおう
茜:あ、はい
ありがとうございます
尾先:……あぁ
美紅:お待たせしました
場所は…ここです
尾先:仔攬池…なるほどな
茜:ここから30分くらいですね
中学の頃、男子がよく行ってました
美紅:あ、私の中学もそうだったよ
彼氏も結構行ってたみたい
茜:私は釣りしたことないな
美紅:私も実際にしたことはないよ
茜:ついて行くだけ?
美紅:うん、そうだよ
茜:それ、楽しいの?
美紅:うーん、ついて行ったの、この一回だけだから
どんな感じか見てみたいって私が言ったし
茜:そうなんだ
凪:(尾先、茜を巻き込むなよ)
尾先:(凪か…あぁ、そのつもりだが)
凪:(僕は茜さえ無事ならそれでいい
他の人間は知らないからな)
尾先:(お前が自分で見ろと言った意味が解ったよ
あれは…業が重すぎる……今回の場合、特にな)
凪:(人間は愚かだよ、全く)
尾先:(あぁ、そうだな)
よし、今から行くぞ
美紅:池にですか?今から?
尾先:あぁ、今すぐ行って除霊する
茜:大丈夫そうなんですか?
尾先:待ってろ、準備してくる
美紅:また、あそこに行くんだ
茜:どうしたの?
美紅:ううん、ここで除霊?っていうの?
お祓いみたいなことすると思ってたから
茜:私もそう思ってたんだけど
時々、現地に行くこともあるんだ
そこじゃないとダメな時があるらしくて
美紅:じゃあ、私はそのパターンだったってことね
茜:そうみたい
私もよくわかってないんだけどね
美紅:けど、いい人そうじゃない?オサキさん
茜:え!?どこが!?
美紅:ちゃんと人を見てる
気配りも上手そう
茜:ぜっんぜん!そなことないから!
美紅:あはは!
尾先:待たせたな、行こうか
茜:あっ!尾先さん!
尾先:なんだ?
茜:ちょっと、こっちに…
……あの扉の前どうするんですか?
尾先:あぁ、クダに頼んである
出ても大丈夫だ
茜:よかった…
尾先:見えるのか?
茜:いえ、雰囲気しか分からないです
あとは凪に聞きました
尾先:さっきのコソコソ話はそれか
……茜、…友達の力になってやれよ
茜:え?それってどういう…
尾先:よし、行くぞ
【池へと向かう3人】
茜:(友達の力になるってどういうこと?
もしかして、何かよくないモノが)
美紅:茜?
茜:え…?
美紅:どうしたの?眉間に…シワ!
茜:あ痛っ、…ごめんごめん、考え事
美紅:私のこと?
茜:へ?
美紅:ふふっ、なんでもなーい!
茜:あっ!美紅、待って!
凪:(へぇ、勘が鋭い子だ
確信を持って言ったよね、今の言葉
なんだろうね、この感じ
全部分かってるような雰囲気も…
尾先も、なーんか感じてるみたいだし
ま、いいか…僕は僕の使命を果たせばそれでいい)
【間】
尾先:よし、ここでいい
今から除霊をするが、確認しつつ行う
答えたくないものには答えなくていい
美紅:…はい
尾先:まずは、場所はここでいいな?
美紅:釣りをしてたのは少し奥ですけど
尾先:その時に何かしなかったか?
ゴミのポイ捨てや池を荒らしたり
美紅:してないです
逆にゴミを拾ったくらいですよ
尾先:わかった
今、体調の変化はあるか?
美紅:お店に行ってからは調子がいいくらいです
尾先:あそこは店じゃなくて俺の家なんだがな
…お前に憑いている霊は、水子の霊だ
美紅:っ……
茜:水子…?
凪:(堕胎や、流産、死産…生まれてきて間もなく死んだ……そんな霊を水子として纏めるんだ)
尾先:さらにこの場所、仔攬池
名の通り、子を取る池だ
茜:子を取る?
尾先:姥捨山は分かるか?
茜:はい、聞いたことはあります
尾先:その逆だ
子を池に捨てたんだろう
事実か伝承かは知らんが、名は何か意味を持っているからな
事実、ここで大飢饉が起こったこともある
何百年も前に、育てられなくなった子を捨てる
なんて当たり前にあった話かもしれない
茜:そんな…酷い…
尾先:話だけ聞けばな
実際に体験してみないと、その時の苦しみなんてわからんだろ?
茜:それは…そうかもしれませんけど
美紅:……私に憑いてる霊はその時、捨てられた子ですか?
尾先:そこまでは俺も解らん
ただ、3人だ
腕、足、そして腹…
美紅:…今はどこに
尾先:気にするな、もう除霊するんだ
美紅:わ…私…
茜:美紅、大丈夫?
美紅:あ、あか…ね、私…
茜:美紅?
美紅:ウッ…うぇっぇぇ…
【何かを嘔吐する美紅】
茜:えっ…?
尾先:何!?茜!そいつから離れろ!
茜:で、でも美紅が
尾先:いいから離れろ!!
茜:っ…
美紅:はぁ…はぁ…ウッゲェぇえ…
あっ…お腹…痛っ…痛いぃ…!
尾先:クダ!凪!
凪:はぁ?なんで僕が呼ばれるんだ?尾先、言ったよね?僕は
茜:凪!お願い!美紅を助けて!
凪:……
茜に言われたら拒否できないよ…
ほら、クダさん尻尾貸して
『九ツ尾重』
茜:美紅!美紅!
尾先:触るな!
茜:尾先さん、どうしよう、美紅が!
尾先:目から大量の涙、腹の痛みは陣痛だろうな
耳から血が出ているが…これは別か
口から吐いているのは羊水か?
茜:なんなんですか!?一体これは!
尾先:出産時の現象が起きている
泣くのは生まれてくる子ども
耳の血はその生まれてくる子についたモノだろう
陣痛と羊水に関しては霊障だな
茜:なんでこんなことに…
尾先:話の最中に、もう霊は除霊していた
あとは川原美紅の気持ち次第だったんだが
それにここまでの霊障があるわけ…!?それか!
茜:何かわかったんですか?
尾先:付喪神だ
茜:付喪神?
尾先:物に魂が宿るとそれは付喪神になる
だが本来、付喪神ってのは百年の歳月を要する
だからアレは付喪神に似た別の呪具だ
凪:尾先、早く何とかしないと死ぬよ
嘔吐のしすぎで脱水起こしてる
それにこれ、死ぬまで続くでしょ?
美紅:痛ぁぁ!ぅッッ…はぁ…はぁ…
茜:美紅!……尾先さん!
尾先:川原美紅の腕に付いているアレを切れ
茜:え?…アレってブレスレット?
けど、確か彼氏から貰ったって
外すだけでいいんですよね!?
尾先:命とどっちが大切か考えろ!
いいか、外すんじゃない!切るんだ!
茜:けど、切るって…
尾先:クダと凪の結界の中なら切れる
やれ!
茜:っ!!美紅、ごめんね?切るね?
美紅:ぁあっ…痛ぃ…痛いの!
茜:ごめんーーーー
【ブレスレットを切る】
尾先:こっちに投げろ!
茜:は、はい!
尾先:クダ!
凪:はぁ、疲れた
付喪神なんて、また趣味の悪いものを
茜:美紅!美紅!
美紅:あ…か…ね…
茜:よかった…大丈夫?もう痛くない?
美紅:うん…大丈夫…はぁ…はぁ…
……あっ…!
尾先:4人憑いていたってわけか
除霊の時の霊力で覚醒したか…
美紅:あっ、あの…そのブレスレット…
尾先:すまないがコレはもう呪具の一種だ
取り憑いた霊は除霊するが、これは返せない
美紅:赤ちゃん…が入っているんですよね?
尾先:……あぁ
美紅:返してもらえませんか?
茜:美紅?何言ってるの?
あれを持ってたら、また美紅が!
美紅:ごめん…ごめんね、茜
私…ね、昔
尾先:言うな
言わなくていい
美紅:……
尾先:…責任は取らない
美紅:え?
尾先:これを返して、また霊障があっても
俺は手出ししない、それでいいか?
茜:尾先さん!?ちょっと、どういう
凪:茜、大丈夫
茜:凪…
凪:あの中にはもう…何もいない
茜:えっ…何もいない?
凪:クダの結界に入れたあと別に移し替えたみたいだ
本当、嫌になるほど本物だね
尾先:お前の考えている人じゃないかもしれんぞ
美紅:はい、それでいいです
責任は私が
尾先:軽々しく背負うものでもないぞ?
美紅:それでも背負わないといけないものなので
尾先:…わかった、これは返す
美紅:っ!!ごめんね…ごめんね…
茜:美紅…
【回想】
尾先:さっきのコソコソ話はそれか
…茜、…友達の力になってやれよ
茜:え?それってどういう…
【現在】
茜:(尾先さんが言ってたのって、もしかして…)
っ!美紅!
美紅:茜…
茜:大丈夫だから、言わなくてもいいから
だから…
美紅:うっ…茜…うわぁぁん…あぁっ…
尾先:ふぅ…
【間】
尾先:それで、あれからはいつも通りってか
茜:はい、ありがとうございました
美紅のことも、それから、あの子のことも
尾先:川原美紅にも言ったが、お前たちが考えているそれとはまた別かもしれないぞ
茜:それでも、美紅が選んだので
少しは救われたんだと思います
尾先:川原美紅はずっと悩んでいたんだろうな
そういうタイプの子だ
全部忘れた方がいいってこともあるが、俺は嫌いじゃない
茜:はい…あっ、移し替えた水子はどうしたんですか?
尾先:あぁ、報酬だからな
茜:なるほど、骸さんですね
尾先:そういうことだ、付喪神になった水子なんて聞かないからな
今回の話もしてやったら、喜んで聞いていたよ、悪趣味な奴だ
茜:あはは…骸さんらしいですね
……私、ちょっと怖かったです
尾先:何がだ?
茜:凪からは手に負えないって言われてたし、尾先さんも腑に落ちないとか言って
みんな煽ってましたから
尾先:煽ってるわけじゃない
そうだな…
お前は子どもと聞いて何を思い浮かべる?
茜:え?子どもですか?
可愛いとか…あと無邪気ですかね?
尾先:そうだ、子どもは無邪気なんだ
字の通り、邪気が無いんだよ
茜:邪気が無い?
尾先:辞書に載っている素直とかの意味じゃなく、字の意味として、な
水子の霊ってのは邪気が無い
だから、霊障なんて起こらないんだ
取り憑くことはあるが、親と間違えたり
ただ、遊んで欲しいだけだったりな
茜:じゃあ、なんで美紅はあんなことに?
尾先:付喪神化した奴がいたことだろうな
元から憑いていた3人はすぐに消えたし
凪が手に負えないって言ったのは、解っていたからだろう
茜:そうなの?
凪:茜には悪いけど、僕は茜以外の人間はどうでもいいんだ
だがら、僕じゃなくて尾先に対応させた
尾先:全く迷惑な話だな
凪:その割には、しっかり面倒見てるくせに
尾先:人助けが趣味だからな
川原美紅が少しでも助かったなら
それでいいってことだな
茜:尾先さんらしいです
尾先:本当は全部忘れる方が幸せかもしれない
だが、背負うことに決めた選択を尊重したくなっただけだ
茜:そうですね…
私も美紅の決めたことは間違ってないと思います
あの、尾先さん
尾先:なんだ?
茜:…いえ、なんでもないです
(この人になら、私のことを話してもいいのかな……美紅が勇気を出したように…私も…)
尾先:…ははっ
その話は、追々でいい
茜:えっ…
…はい!追々話します!
【間】
美紅:『おちて ながれて 水の底』
『くらい みえない』
『光は何処に』
美紅:じゃあ、お母さん行ってきます!
……行ってくるね
【飾ってあるブレスレットに笑いかける美紅】
美紅:『光は此処に』
『あなたのそばに』
業漂う水 終
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる