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3話:可愛げない
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ミーティングが終わって、志悠は帰る準備をしてそそくさと体育館を去ろうとした。しかし、美也にリュックを引っ張られて引き止められてしまった。
「なに一人で帰ろうとしてんだ。方向同じなんだから一緒に行けばいいだろ。感想、聞かせてくれ。俺の着替えが終わるまで待ってろよ」
「やだ」
志悠は美也の言葉を背中に受け止めながらスタスタと歩いてゆく。
玄関まで来ると、ドタバタと走る足音が聞こえた。
「おい、待ってろつったのにいなくなんなよ!」
「やだって答えたじゃん」
数人が美也の方に振り向き、ぱっと顔を明るくした。どうやら、出待ちをしていたらしい。
「美也君、お疲れさま~。ね、やっぱり高校もバレーボール部? 私、マネージャーになろっかな。ね、バスに乗るんでしょ。一緒に行こ」
数人のうちの一人である女子が好意を隠さずにそう言ってのける。志悠は、好意を隠さなくてもいい女子を羨ましく思った。
「ごめん、こいつと一緒に行くから」
「え~~~」
「この人たちと帰ればいいじゃん」
志悠が出待ちの女子たちを指さすと、美也は渋い顔をした。
「なんでそうなるんだよ」
蓋をして押し込んでいたはずの好きだという気持ちが、沸騰して蓋がカタカタと音を立てている。でも自分のこの気持ちは、美也の迷惑になる。いじめられる。「普通」でいられなくなる。初恋は黒歴史だ。散々、苦しい思いをしてきた。もう押し殺すのも慣れてきていた。それを今更になって、なんで好きな相手に掘り起こされなければならない。
「なんか言えよ」
「僕たち、ずっと離れて過ごしてたじゃんか。なんで今更になって近づいてくんの」
志悠は靴箱から靴を取り出して、床に投げつけるように放った。擦り切れてへにょへよになったスニーカーが、ぱすんと情けない音を立てる。志悠は歩きながら足を靴になじませて、足早に玄関を出た。
「距離を置いたのは志悠の方だろ。俺はずっと仲良くしたいって思ってたのに」
志悠は逃げるべく走り始めた。結構きつい斜度の下り坂は、踏み込むたびに膝にくる。バス停まで約四百メートル。足は速い方ではない。運動神経抜群の美也を相手に足で勝とうなんて、普段であれば思わない。でも今の美也はさっきまで跳びまくっていたのだ。それならギリギリ逃げ切れるかもしれない。
走れ走れ走れ。
ばたばたと無様な足音を立てて全力疾走をかましていると、追い越してゆく人たちからチラチラと見られているのを感じる。まだバスが来る時間じゃないのに走っているのはヘンだ。普通じゃない。
息が辛い、膝が痛い。下り坂なんて走るもんじゃない。へにょへよになった靴は衝撃を吸収するなんてことができるわけもなく、蹴りだすとダイレクトに足裏に衝撃が走る。
美也の足音と息遣いが志悠の耳に入ってくる。部活で期待されている美也が膝の怪我でもしたらどうしよう。責任なんて取れない。そんなことが志悠の頭の中をぐるぐるとしている。
「おいっ、なんで逃げんだよ!」
「追いかけてくるからでしょ!」
志悠が思わず振り向くと、部活の時と同じくらい真剣な眼をした美也が目に映った。もうすぐ目の前に迫っている。慌てて顔を正面に向けて走ることに神経を集中させる。バス停まであともう少し。
「捕まえた」
バス停まであと五十メートルというところだった。美也は涼しい顔をしているが、志悠はすっかり息が上がっていた。三百五十メートルも逃げおおせたのに、惜しい。
「なんでちょっと涙目なんだよ。ここまで避けられると流石にへこむんだけど」
美也はがしがしと頭を掻いた。
「せっかくの幼馴染なのに、仲良くしたいと思うのはヘンなことかよ」
「なんで今更そんなこと言うんだよ。小学校も中学校も同じだったのに、こんなことなかったじゃんか」
「幼稚園の時さ、志悠は――」
志悠は背伸びして、美也の口を手で抑えた。片方の手は肩を掴んでいる。
「あいすんあよ」
「言わないで。幼稚園の時のことなんか覚えてないけど、絶対ろくなもんじゃない」
志悠が口を抑えていた手は、美也の強い力であえなく振り払われてしまった。
「お前さ、ほんとは覚えてんじゃねぇの。頭のいい志悠が忘れるもんか?」
「小さい時のことを覚えてるかどうかなんて、頭の良さとは別物でしょ」
「そういうもんか? 納得いかねぇな。お、バス来たぜ」
どやどやと大勢の高校生が乗り込んでゆく。登校時もそうだったが、普通の路線バスなのだがほとんどが志悠の通う高校の制服を着た人で埋め尽くされている。志悠がバス内を見渡すと、ひとつだけ席が空いていた。疲れているであろう美也に席を譲った。
「良いのか」
「疲れてるでしょ」
「さっき志悠のせいで走らされたからな」
「そっちじゃなくて部活で」
「ははっ、サンキュ」
美也の人懐っこい笑顔が眩しくて、志悠は目線をそらした。ずるい。こんな表情一つで心動かされてしまう自分がちょろすぎて、志悠は自己嫌悪に陥る。いっそのこと嫌いになれたら楽になれるのに。美也の難点といえば彼女をとっかえひっかえしていることぐらいで、それだけのことでは嫌いになれないくらい志悠は美也のことが好きだった。
「な、部活どうだった。続けてくれるか?」
「先輩たちは優しそうだったね。先生は微妙だし、コーチに至ってはいなかったけど。とりあえず芹沢先輩の怪我が治るまでは手伝うよ」
「助かる。俺、どうだった」
「さすが上手いなって思った。本当に勿体ないよ。スカウトされなかったにしたって強豪校にスポーツ推薦で行けば良かったのに。美也は確かに上手いけど、補欠も立てられないメンバーしかいないなかでオレンジコートまで行くのは難しいと思うよ」
跳ぶ寸前の羽のように伸びる腕と、踏み切る時の脚が志悠のなかでちらついたが、それらには触れずに無難なことを答えた。間違っても「かっこよかった」とは言えない。
「それだけか」
「どういう感想を聞きたいのさ。具体的なアドバイスとか求められても困るんだけど」
「江永にはトスが綺麗だったって言ってたろ。俺にはなんかないのかよ。かっこよかったとか」
満員のバスの中で揉まれてずり落ちてきたカバンを志悠は肩にかけ直した。
「そんなの言われ慣れてるでしょ」
「志悠にも言われたい」
「は、はあ……?」
「言ってくれよ。かっこよかったって」
「ばっかじゃないの。ナルシストか」
「馬鹿で結構」
美也は肘掛けに肘をついて志悠を見上げた。眉尻が下がり、寂しげな表情をしているが、志悠は相変わらず美也から視線をそらしたままで、美也がどんな顔をしているかなど知るよしもない。
「マネージャーやるなら覚えとけよ。俺、褒められると伸びるタイプだから」
「知るか」
「ひっでぇ」
「それに、まだマネージャーやるなんて一言も言ってない」
バスが駅前に止まった。電車に乗る人たちが多いのか、多くの人たちが降りて行った。美也の隣に座っていた人も降りていき、美也は通路側から窓際にずりずりと移動して、空いた席をぽすぽすと軽く叩いた。
「座れよ」
うまい断り方を見つけられずに志悠は渋々席についた。体が触れる距離感にどぎまぎする。こんなに意識してしまうのは自分だけなんだろうという事実に、志悠はまた悲しくなった。馬鹿だ。馬鹿なのは自分だ。
美也のスマホがピロンと音を立てた。
「彼女から?」
「いや、親から。彼女とはもう随分前に別れた。受験前だったけな。これからつくる気もない。今度告白されたらちゃんと断ることにした。適当に付き合ったってどうにもならないって思い知ったからな」
「随分な心変わりだね」
「ああ。逃げてフラフラするのはもうやめだ。好きな奴とちゃんと向き合うって決めたんだ」
好きな奴。水面に石が投げ込まれて波紋が広がるように、動揺が広がってゆく。好きな奴。美也の、好きな奴。誰だろう。いやいや、自分には関係のないことだ。
「ふーん、そう」
無関心を装ってそれだけ答えた。
降りるバス停まではもうすぐなのに、やけに長く感じた。降りて、「じゃ」と別れようとすれば美也にカバンを引っ張られる。
「向かいなんだから。一緒に帰ればいいだろ」
志悠は美也と近所であることを呪った。
「気になる? 俺の好きな奴が誰なのか」
「別に。どうでもいい」
「そうかよ。可愛げねぇな」
「僕は男なんだから可愛くなくたっていいでしょ」
「今の時代、そういうの関係ないだろ」
その一言に、志悠の心はすうっと冷めていくのを感じた。あのクソ親父と同じ過ちをした自分が許しがたくなった。差別なんてしたくない。してはいけない。しかしその綺麗ごとなんて社会の荒波にさらわれてすぐに消え去ってしまう。人は平気で差別をするし、差別していることに気づかないことだってある。今の自分は完全にそれだった。忌々しい。
それから志悠は無言を貫いた。言い返す言葉を見つけられなかったし、口を開けば墓穴を掘りそうな気がしてもう何も話したくなかった。無言を埋めるように歩く速度をあげる。早足のつもりでも、美也の長い脚の動きはゆったりとしている。自分だけに余裕がない。
早く家に着きたい一心で足を動かした。部活が終わってからなんだか逃げてばっかりだ。それもこれも美也が付きまとってくるせいだ。
ようやくの思いで家に着いた。
「じゃ、また明日」
美也の言葉に志悠はやはり無言のまま背を向けた。可愛げないのは自分でも分かってる。そうかといって、今更になって美也にアピールするつもりもない。自分はこのままでいい。
美也が好きな奴と向き合うというならば、自分も新しい恋を見つけた方がいいのだろう。いつまでも成就するはずもない初恋にすがってばかりではいられない。高校入学で環境も大きく変わったのだし、良い機会じゃないか。自身に言い聞かせながら、志悠は後ろ髪を引かれる思いで美也の家がある方向をちらりと振り向いた。美也と視線がかち合う。美也はにかりと笑って、手を大きく振った。あほらしい。
熱くなる顔に、春の強い風が吹きつける。
志悠は振り向いたことを後悔しながら家のドアを開けた。
「なに一人で帰ろうとしてんだ。方向同じなんだから一緒に行けばいいだろ。感想、聞かせてくれ。俺の着替えが終わるまで待ってろよ」
「やだ」
志悠は美也の言葉を背中に受け止めながらスタスタと歩いてゆく。
玄関まで来ると、ドタバタと走る足音が聞こえた。
「おい、待ってろつったのにいなくなんなよ!」
「やだって答えたじゃん」
数人が美也の方に振り向き、ぱっと顔を明るくした。どうやら、出待ちをしていたらしい。
「美也君、お疲れさま~。ね、やっぱり高校もバレーボール部? 私、マネージャーになろっかな。ね、バスに乗るんでしょ。一緒に行こ」
数人のうちの一人である女子が好意を隠さずにそう言ってのける。志悠は、好意を隠さなくてもいい女子を羨ましく思った。
「ごめん、こいつと一緒に行くから」
「え~~~」
「この人たちと帰ればいいじゃん」
志悠が出待ちの女子たちを指さすと、美也は渋い顔をした。
「なんでそうなるんだよ」
蓋をして押し込んでいたはずの好きだという気持ちが、沸騰して蓋がカタカタと音を立てている。でも自分のこの気持ちは、美也の迷惑になる。いじめられる。「普通」でいられなくなる。初恋は黒歴史だ。散々、苦しい思いをしてきた。もう押し殺すのも慣れてきていた。それを今更になって、なんで好きな相手に掘り起こされなければならない。
「なんか言えよ」
「僕たち、ずっと離れて過ごしてたじゃんか。なんで今更になって近づいてくんの」
志悠は靴箱から靴を取り出して、床に投げつけるように放った。擦り切れてへにょへよになったスニーカーが、ぱすんと情けない音を立てる。志悠は歩きながら足を靴になじませて、足早に玄関を出た。
「距離を置いたのは志悠の方だろ。俺はずっと仲良くしたいって思ってたのに」
志悠は逃げるべく走り始めた。結構きつい斜度の下り坂は、踏み込むたびに膝にくる。バス停まで約四百メートル。足は速い方ではない。運動神経抜群の美也を相手に足で勝とうなんて、普段であれば思わない。でも今の美也はさっきまで跳びまくっていたのだ。それならギリギリ逃げ切れるかもしれない。
走れ走れ走れ。
ばたばたと無様な足音を立てて全力疾走をかましていると、追い越してゆく人たちからチラチラと見られているのを感じる。まだバスが来る時間じゃないのに走っているのはヘンだ。普通じゃない。
息が辛い、膝が痛い。下り坂なんて走るもんじゃない。へにょへよになった靴は衝撃を吸収するなんてことができるわけもなく、蹴りだすとダイレクトに足裏に衝撃が走る。
美也の足音と息遣いが志悠の耳に入ってくる。部活で期待されている美也が膝の怪我でもしたらどうしよう。責任なんて取れない。そんなことが志悠の頭の中をぐるぐるとしている。
「おいっ、なんで逃げんだよ!」
「追いかけてくるからでしょ!」
志悠が思わず振り向くと、部活の時と同じくらい真剣な眼をした美也が目に映った。もうすぐ目の前に迫っている。慌てて顔を正面に向けて走ることに神経を集中させる。バス停まであともう少し。
「捕まえた」
バス停まであと五十メートルというところだった。美也は涼しい顔をしているが、志悠はすっかり息が上がっていた。三百五十メートルも逃げおおせたのに、惜しい。
「なんでちょっと涙目なんだよ。ここまで避けられると流石にへこむんだけど」
美也はがしがしと頭を掻いた。
「せっかくの幼馴染なのに、仲良くしたいと思うのはヘンなことかよ」
「なんで今更そんなこと言うんだよ。小学校も中学校も同じだったのに、こんなことなかったじゃんか」
「幼稚園の時さ、志悠は――」
志悠は背伸びして、美也の口を手で抑えた。片方の手は肩を掴んでいる。
「あいすんあよ」
「言わないで。幼稚園の時のことなんか覚えてないけど、絶対ろくなもんじゃない」
志悠が口を抑えていた手は、美也の強い力であえなく振り払われてしまった。
「お前さ、ほんとは覚えてんじゃねぇの。頭のいい志悠が忘れるもんか?」
「小さい時のことを覚えてるかどうかなんて、頭の良さとは別物でしょ」
「そういうもんか? 納得いかねぇな。お、バス来たぜ」
どやどやと大勢の高校生が乗り込んでゆく。登校時もそうだったが、普通の路線バスなのだがほとんどが志悠の通う高校の制服を着た人で埋め尽くされている。志悠がバス内を見渡すと、ひとつだけ席が空いていた。疲れているであろう美也に席を譲った。
「良いのか」
「疲れてるでしょ」
「さっき志悠のせいで走らされたからな」
「そっちじゃなくて部活で」
「ははっ、サンキュ」
美也の人懐っこい笑顔が眩しくて、志悠は目線をそらした。ずるい。こんな表情一つで心動かされてしまう自分がちょろすぎて、志悠は自己嫌悪に陥る。いっそのこと嫌いになれたら楽になれるのに。美也の難点といえば彼女をとっかえひっかえしていることぐらいで、それだけのことでは嫌いになれないくらい志悠は美也のことが好きだった。
「な、部活どうだった。続けてくれるか?」
「先輩たちは優しそうだったね。先生は微妙だし、コーチに至ってはいなかったけど。とりあえず芹沢先輩の怪我が治るまでは手伝うよ」
「助かる。俺、どうだった」
「さすが上手いなって思った。本当に勿体ないよ。スカウトされなかったにしたって強豪校にスポーツ推薦で行けば良かったのに。美也は確かに上手いけど、補欠も立てられないメンバーしかいないなかでオレンジコートまで行くのは難しいと思うよ」
跳ぶ寸前の羽のように伸びる腕と、踏み切る時の脚が志悠のなかでちらついたが、それらには触れずに無難なことを答えた。間違っても「かっこよかった」とは言えない。
「それだけか」
「どういう感想を聞きたいのさ。具体的なアドバイスとか求められても困るんだけど」
「江永にはトスが綺麗だったって言ってたろ。俺にはなんかないのかよ。かっこよかったとか」
満員のバスの中で揉まれてずり落ちてきたカバンを志悠は肩にかけ直した。
「そんなの言われ慣れてるでしょ」
「志悠にも言われたい」
「は、はあ……?」
「言ってくれよ。かっこよかったって」
「ばっかじゃないの。ナルシストか」
「馬鹿で結構」
美也は肘掛けに肘をついて志悠を見上げた。眉尻が下がり、寂しげな表情をしているが、志悠は相変わらず美也から視線をそらしたままで、美也がどんな顔をしているかなど知るよしもない。
「マネージャーやるなら覚えとけよ。俺、褒められると伸びるタイプだから」
「知るか」
「ひっでぇ」
「それに、まだマネージャーやるなんて一言も言ってない」
バスが駅前に止まった。電車に乗る人たちが多いのか、多くの人たちが降りて行った。美也の隣に座っていた人も降りていき、美也は通路側から窓際にずりずりと移動して、空いた席をぽすぽすと軽く叩いた。
「座れよ」
うまい断り方を見つけられずに志悠は渋々席についた。体が触れる距離感にどぎまぎする。こんなに意識してしまうのは自分だけなんだろうという事実に、志悠はまた悲しくなった。馬鹿だ。馬鹿なのは自分だ。
美也のスマホがピロンと音を立てた。
「彼女から?」
「いや、親から。彼女とはもう随分前に別れた。受験前だったけな。これからつくる気もない。今度告白されたらちゃんと断ることにした。適当に付き合ったってどうにもならないって思い知ったからな」
「随分な心変わりだね」
「ああ。逃げてフラフラするのはもうやめだ。好きな奴とちゃんと向き合うって決めたんだ」
好きな奴。水面に石が投げ込まれて波紋が広がるように、動揺が広がってゆく。好きな奴。美也の、好きな奴。誰だろう。いやいや、自分には関係のないことだ。
「ふーん、そう」
無関心を装ってそれだけ答えた。
降りるバス停まではもうすぐなのに、やけに長く感じた。降りて、「じゃ」と別れようとすれば美也にカバンを引っ張られる。
「向かいなんだから。一緒に帰ればいいだろ」
志悠は美也と近所であることを呪った。
「気になる? 俺の好きな奴が誰なのか」
「別に。どうでもいい」
「そうかよ。可愛げねぇな」
「僕は男なんだから可愛くなくたっていいでしょ」
「今の時代、そういうの関係ないだろ」
その一言に、志悠の心はすうっと冷めていくのを感じた。あのクソ親父と同じ過ちをした自分が許しがたくなった。差別なんてしたくない。してはいけない。しかしその綺麗ごとなんて社会の荒波にさらわれてすぐに消え去ってしまう。人は平気で差別をするし、差別していることに気づかないことだってある。今の自分は完全にそれだった。忌々しい。
それから志悠は無言を貫いた。言い返す言葉を見つけられなかったし、口を開けば墓穴を掘りそうな気がしてもう何も話したくなかった。無言を埋めるように歩く速度をあげる。早足のつもりでも、美也の長い脚の動きはゆったりとしている。自分だけに余裕がない。
早く家に着きたい一心で足を動かした。部活が終わってからなんだか逃げてばっかりだ。それもこれも美也が付きまとってくるせいだ。
ようやくの思いで家に着いた。
「じゃ、また明日」
美也の言葉に志悠はやはり無言のまま背を向けた。可愛げないのは自分でも分かってる。そうかといって、今更になって美也にアピールするつもりもない。自分はこのままでいい。
美也が好きな奴と向き合うというならば、自分も新しい恋を見つけた方がいいのだろう。いつまでも成就するはずもない初恋にすがってばかりではいられない。高校入学で環境も大きく変わったのだし、良い機会じゃないか。自身に言い聞かせながら、志悠は後ろ髪を引かれる思いで美也の家がある方向をちらりと振り向いた。美也と視線がかち合う。美也はにかりと笑って、手を大きく振った。あほらしい。
熱くなる顔に、春の強い風が吹きつける。
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