【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご

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4話:今日だけは

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 家の中には誰もいない。
 明かりを点ければ、孤独感までが照らされる。だから志悠は薄暗い方が落ち着く。
 玄関から続く真っ直ぐの廊下は長年の慣れで真っ暗の中を歩き、リビングダイニングまでたどり着くと、オレンジ色の照明を点けた。

 テーブルの上には、いつも通り晩ごはんの用意についての指示書きが置かれている。
 志悠は一度、母に指示書きがなくても用意はできると伝えたことがあったが、「消費の管理とか冷蔵庫のあれこれを考えれば指示を出した方が楽なのよ」と返された。「好きな時に好きなもの食べたいのも分かるけど一人暮らしまでは我慢してね」と意図していたこととは違うことを謝られ、「そういうんじゃないよ」と志悠は言ったが、「わがまま聞いてあげられなくてごめんね」とまたさらに謝らせてしまった。家にあまり余裕がないのは、自分のせいだ。 志悠は、高校を出たら法学部に進みたい。そのためにはこの家を出て一人暮らしをすることになる。母は自身の経験から法学部なんてバイトする暇なんかないんだから、と生活費まで負担してくれるつもりでいるらしい。学費のためにも生活費のためにも、とにかく貯金をしなきゃいけない。今は我慢の時期なのだ。「出世払い、期待してるから」なんて母は笑っている。志悠はもう何年も母の新しい服を見ていない。弁護士はそれなりに儲かるはずだが、将来に備えてとにかく支出を控えているようだ。それなのに志悠の背は望まずとも伸びてゆき、新しい服を買ってもらわなければならなかった。志悠の思惑に反して背が伸びるのを志悠自身はひどく疎ましく思っている。

 母の支援に応えるためにも、志悠は勉強を頑張っている。本当はマネージャーなんてやる暇があるなら勉強をしていたい。勉強だけをしていれば、万が一受験に失敗しても「あんなに頑張っていたのに、それでも無理だったのなら仕方ない」と言うことができるからだ。返さなくて済む給付の奨学金も欲しいし、そのためには常に学年トップを維持する必要がある。主席で合格したからといって、油断は禁物だ。
 そんなことをつらつらと考えながら、ごちゃごちゃとした頭の中とは反対に淡々と手を動かして晩ご飯の準備を進めた。
 食事をして、宿題を終え、お風呂に入っている最中に「ただいま」という声が聞こえた。入浴を終えてリビングに出ると、再度「ただいま」と声を掛けられた。

「おかえり。夕飯、できてるから」
「ありがと。高校、うまくできそう?」
「どうだろ。バレーボール部のマネージャーやることになりそう」
「そうなの? バレーボール部って言ったら、美也君と一緒じゃないの? 大丈夫?」
「う~ん」
「ま、なんかあったら言いなさいよ。私は、あなたの味方だからね」
「ん」

 志悠は返事といえるかどうかあやしい、小さく短い言葉を返して、自室にこもった。ドアを閉めて、床を見つめる。自然とため息がもれた。私は、あなたの味方。その言葉に嘘がないことはよく分かっている。しかしその言葉は、嫌でもあのクソみたいな小学校時代と、別れて家を追い出されたクソ親父のことを思い出させてしまう。 
 母には随分と心配と迷惑をかけてきてしまった。安心させるためにも、美也とのごたごたは避けたかった。しかし、芹沢と約束してしまった手前、しばらくはマネージャー業を手伝わなければならない。明日もまた、今日のように美也と一緒に帰ることになってしまうのか。そう考えると途端に気分が重くなった。現実から逃げるように志悠は教科書とノートを開いて、予習をして、眠りについた。明日のことをいくら考えても仕方がない。
 翌日。江永は教室に入るなり、志悠のもとへやってきた。

「やあ、丸山。昨日、浜辺と一緒に帰ったのかな」
「まあ、そう」
「女子を差し置いてあのモテ男と帰れるなんて脈ありだね」
「そんなんじゃないって。それに、僕は美也とどうこうなるつもりはないよ」
「え~、あんなに分かりやすいアプローチ受けてんのに勿体ない」

 志悠は目をぱちくりとした。

「へ?」
「なにも分かりません、みたいな顔すんなって」

 江永はじとっとした目で志悠を見た。

「と、とにかく僕は美也とどうこうなるつもりはないんだって。それにアプローチなんて受けてない。美也には好きな奴、いるらしいし」
「丸山のことじゃないの、それ」
「んなわけあるか」
「そ」

 何か言いたげではあったが、一言だけ残して江永は自分の机に向かった。
 四時間目は各委員会の顔合わせが行われる。筆記用具だけを持ち、志悠は席を立った。
 無類の本好きである志悠は、迷いもせずに図書委員になった。江永は楽そうだからという理由のみで図書委員に選んだ。地味な委員会に、二人のほかには手を挙げなかった。
 二人は図書室に向かった。管理棟三階の端っこなんて、追いやられているとしか思えない。
 図書室に入るなり志悠は顔をひきつらせた。

「なんでいるの」

 視線の先には美也がいた。探してはいないはずなのに、すぐに視界に飛び込んできた。

「江永、図書室に集まる委員会なんて図書委員以外にないよね」
「だろうね」
「じゃ、美也は図書室委員なんだ。なんでだよ。本を読むなんて柄でもないのに」

 部屋に入ってきた二人を目ざとく見つけた美也は「よっ」と声をかけてきた。

「やっぱり志悠は図書委員になるだろうと思った」
「やっぱりって何」
「中学でも図書委員だったからさ」
「なんで知ってんの」
「委員長やってただろ。年一の委員会報告で会計報告を読み上げてた」
「美也は体育委員になると思ってた」
「じゃんけんで負けたんだよ」

 志悠は今後の活動を思うと気が重くなった。図書室にはオアシスのような場所であってほしかったのに。そんな不安とは裏腹に、仕事内容は一か月に一度か二度、お昼か放課後にカウンターで手続き対応をすることと、月に一度ブックリストを作ることだけだ。どちらも同じクラスでの組み合わせで固定されているため、志悠が美也と活動する場面はない。そのことに志悠はほっと胸をなでおろした。
 帰り際、志悠は美也に声を掛けられた。

「よろしくな」
「よろしくしない」
「なんだよ。付き合い悪いな」
「浜辺、あんまりしつこいと嫌われるよ」

 美也はすごんだ表情で江永を見たが、江永の冷たい視線に射抜かれて真顔で固まった。江永はそんな美也のことは気にせずなおも言葉を続けた。

「浜辺だって、興味ない女子にいつまでも追っかけられたら嫌でしょ? それとおんなじじゃないの」
「興味ないって……俺たちは幼馴染なんだ。それに志悠は俺に――」

 志悠はまたもや美也の口を手でおさえることになった。

「ああえ」
「ただの腐れ縁だよ」

 美也は志悠の腕を振り払った。その力は昨日よりも弱々しいものだった。立ち尽くす美也を横目に、志悠は図書室を出た。

「江永、ありがとう。助かった」
「本当に浜辺と近づきたくないんだね。でも、最後に丸山の言った『ただの腐れ縁』って言葉、僕の言葉よりも効いてそうだったな」
「そう?」
「浜辺、突っ立ったままだったじゃん」
「そんなに気にしてる風だった?」
「少なくとも俺にはそう見えたってだけ」

 言い過ぎてしまっただろうか。しかし志悠にとってはただ事実を述べたまでのことだった。

「本当のこと言っただけ、って思ってそうだね。世の中には事実陳列罪というものがあるんだよ」
「事実陳列罪……」
「事実は時に人を傷付けるんだよ」
「美也を傷付けてしまったかな」

 もしそうなのだとしたら。それは志悠の本意ではなかった。

「さあ? 気になるのなら本人に聞くしかないんじゃない」

 部活での美也のボールコントロールは乱れに乱れていた。何度も「すんません」と謝り、その度に先輩は「ま、そういうこともあるよな」「お前みたいな天才でもこういう日があるんだな。安心したぜ」などと言って励ましていた。

「彼、波があるタイプ? それともメンタルの不調が出てるのかな」

 芹沢が古川に話しかけた。

「いや、まだ二日目だからそこまでは分かんね」
「志悠君、何か知ってる?」

 傍観していたところに急に話を振られ、志悠はびくりと震えた。

「ぼ、僕だって知りませんよ。美也がバレーボールやってるところを見るのは昨日が初めてだったんで」

 志悠は委員会の顔合わせ後のことが思い浮かんだ。

「ふーん、そうなんだ。幼馴染だって聞いてたから知ってるかと思ったんだけど。なんか心当たりはない?」
「さあ……環境が大きく変わったからじゃないですか」
「そうかなぁ」

 芹沢が美也に視線を戻すと、またコントロールを乱しているところだった。
 謝ってはいるが、次第に機嫌の悪さを隠しきれなくなってきている。時おり舌打ちもする美也に、皆はすっかり腫れ物に触るような態度になっていた。しかし、江永だけは臆することなく美也に物申した。

「小学生じゃないんだからさ、自分の機嫌くらい自分で取りなよ」
「あ?」
「チームプレイなんだから。私情を持ち込んで雰囲気悪くすんのやめろって言ってんの」

 江永はちらりと志悠に視線を投げ、何事かを美也にこそこそと耳打ちをした。美也はハッとしたような表情で志悠を見ると、すぐに視線をそらした。

「さすが、セッター。彼、メンタルのコントロールもできるんだね」
「江永君は怒らせたら怖いタイプですよ、たぶん」
「そうみたいだね」

 それからの美也は昨日のように安定を取り戻した。志悠による「事実陳列罪」とやらが原因となっていたのかもしれない。本当のところ何が原因だったのかは分からないが、声をかけてみた方がよいと志悠は感じていた。そのためには、今日だけは一緒に帰っても良い。
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