【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご

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20話:説得1

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 母が迎えに来て、美也は自分が悪いから着いていくと主張したが、母は丁重に断った。
 病院の検査では何事もなく、無事に志悠は帰宅できることになった。

「頭をぶつけたって聞いたときには、肝が冷えたわよ」
「ごめん、心配かけて」
「謝らなくていいの。心配するのが、親の役目なんだから」

 家に着くと志悠は、江永に「話したいことがある」とメッセージを送った。すぐに既読がついて、「通話する?」というメッセージが届いた。

「ったく、あいつってば志悠の可愛い顔にボール当てやがって……大丈夫だった?」
「うん、何ともないよ」
「それで、話したいことってなに」

 相手に見えるわけでもないのに、志悠は椅子の上で正座をした。それがせめてものの誠意である気がした。

「僕と別れてほしい。ごめん。江永のことは知らないうちにいっぱい傷つけてしまったと思う」

 膝の上に乗せた拳を握りしめた。手汗がにじむ。
 スマホの向こうで「あ~……」という声だけが聞こえ、しばらく無言が流れた。

「……そう。どういう心境の変化?」
「美也から告白された」
「あの後で? ははっ……なんだそれ、なんだよ……」

 もう一度謝ろうとしたタイミングで江永は「もう切っていい?」と聞いてきた。志悠は「うん。また明日」と返すとそのまま通話が切れた。自分から別れを告げたのに、志悠の頬には雫が伝っていった。
 江永と付き合ってからというものの、志悠は江永を苦しめてばかりだったような気がしてならない。きっと美也に告白されなくとも、近いうちに別れを告げていたような気もする。自分と付き合うことが江永の幸せになはならない。そういう運命だったのだと思うことでしか、気持ちを鎮めることができなかった。
 次の日、志悠が家を出ると玄関の前には美也が待っていた。

「はよう、志悠」
「お、おはよう」

 昨日のことが夢でなければ自分と美也は付き合っているのだから、避けることはない。だが、志悠は思わず後ずさってしまった。その時、志悠のスマホがピロンと音をたてた。

「なんか江永からメッセージきてる」

 確認すると、「風邪で休むからノートの写真がほしい」ということだった。

「まーた、江永かよ。今は俺だけ見とけよ」

 急に気恥ずかしいことをいうものだから、志悠は耳まで真っ赤になってしまった。その様子を美也は満足そうに見る。

「志悠って、ちゃんと俺のこと好きなんだな」
「好きで悪かったな」
「拗ねてんのも可愛いけど、拗ねるなよ。悪いなんて言ってないだろ」

 美也が志悠の前髪をくしゃりと撫でる。途端に顔が近づいてきて、志悠の額にキスが落とされた。志悠はまたもや真っ赤になる。

「そ、外でそういうことするの禁止! 誰かに見られたらどうすんだよ」
「ははっ、見せつけてやれ」

 どこまでも飄々としている美也に、志悠は恋愛経験値の差を嫌でも感じてしまう。さすが中学で女子をとっかえひっかえしていただけある。むう、と頬を膨らませた。

「あんまり唇尖らせてると、今度は口にするぞ」
「遊び男め」

 志悠は肘で美也を小突いたが、美也はびくともしなかった。
 江永は次の日も、その次の日も、またさらに次の日も休み、土日の休みを挟んでもまた休んだ。風邪をこじらせているのかなと、志悠は心配していた。美也は「仮病だろ」と言って憚らなかった。

「そういうこと言うなよ」
「仮病だろ。あいつが風邪をこじらせてダウンするような奴だと思うか?」
「そんなこと分からないじゃん」

 プリントがたまってきており、志悠は送り届ける役目を買って出た。ギブアンドテイクである。いつもは勉強会をする水曜日に江永の家まで行くことにした。

「俺も行く」
 
 美也もついてくることになった。
 志悠がスマホで「今からプリント届けに行く。住所教えて」と送ると、すぐに既読がついた。江永の家は、市内で大きく二つに別れた地区のうち、志悠たちが住む地区とは異なる方だった。
 送られてきた住所へ着くと、そこには豪邸と呼んでも良い立派な一軒家が建っていた。

「あいつ、金持ちかよ」

 美也がぼやく。

「すんごい家だね」

 志悠は緊張を伴いながら呼び鈴を押した。お手伝いさんとかが出てくるのだろうか。そう思っていたが、出てきたのは江永本人だった。顔色は悪くなさそうで、志悠は一安心した。

「米田先生から預かってきたプリント」
「わざわざどうも」
「あとおまけにりんごチップスもあるよ」

 そう言うと、江永はわずかに目を丸くしたように見えた。

「どうも。うつすと悪いからすぐに帰りな」
「おい江永、はやく学校出て来いよ。どうせ仮病だろ」

 美也の姿をみとめると、江永はかすかに舌打ちをした。

「好きな奴にフラれて仮病とかダサすぎだろ。追試なんかよりずっとダサい」
「ちょっと美也」
「そんなこと言うためにあんたはついてきたわけ?」
「そうだよ。江永がいねえと部活が締まらねぇ。仮病だかなんだか知らんが、さっさと治せよ。あんたならできるだろ」
「買い被りすぎじゃない? じゃあ」

 志悠が「じゃあ」と返す間もなく江永はドアを閉めようとした。志悠は慌てて脚を挟み込む。

「ま、待って!」
「なに」
「美也はあんな言い方だけど、江永の実力を認めてるんだよ。もう大会も近いし……セッターがいないとアタックもできない」

 江永は顔を一瞬だけ顔を伏せて、また顔をあげた。いつもの貼り付けたような笑みはなく、目は虚ろだった。

「どーだっていいよ、そんなの。お膳立てされなきゃ勝てないなんて、エースって言われてても大した実力じゃないじゃん」

 刹那、志悠はぐいと腕を引っ張られて、家の中へと連れ込まれた。江永が、がちゃりと後ろ手に鍵を閉めた音がした。
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