【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご

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20話:説得2

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 息のかかる距離まで顔が近づく。

「隙、ありすぎ」

 何が起きているのか理解する間もなく、志悠は床に押し倒された。

「カッコイイとか、いつも助けられてばかりとか、好きでもない癖に言うなよ。その度に一々喜んで舞い上がってバカみたいだ。本当の俺は全然かっこよくなんかないし、助けるのだって志悠のことが好きだからだ。下心ありきなんだよ……!」

 感情を爆発させる姿に志悠は圧倒された。いつも笑顔の仮面の下で、何か抱えているように見えたその裏にあるものが、今まさに吐露されたのだ。
 江永の冷たい手が、するりと志悠の服の下に滑りこんでくる。志悠は、肩を震わせた。

「江永」

 志悠は江永の腕を掴む。

「ねえ、あいつとどこまでしたの。ああ見えて意気地なしだからまだ?」

 志悠は、強い視線で江永を見上げた。

「……自分を傷つけるようなことは言わないでって言ったよね。下心があったにせよ、確かに江永は僕に優しくしてくれた。ずっと付き合っていたら江永は間違いなく僕を幸せにしてくれたと思う。でも江永はずっと辛そうだった。僕では江永を幸せにはできなかったよ。ごめんね」

 長い長いため息が吐き出された。江永に巣食っていた悪い何かを吐き出すかのように。

「志悠はひどいなぁ……俺のために泣いてもくれないんだ」
「泣かないよ。僕よりもずっと江永のほうが辛いだろうから」

 江永の目尻には涙がにじんでいたが、憑き物が抜けたみたいに晴れやかだった。江永は志悠の上からどいて、「はやく帰りな」とまだ弱々しい声で呟くように言った。志悠は呆然としながらも体を起こし、鍵を開ける。一度江永の方を振り向いた。

「学校に来るの、待ってるから」
「またそういう喜ばせるようなこと無自覚で言うのやめてよ。まあ、あいつの言ってたことを正しいって認めるのはすんごい癪だけど、仮病だったし。明日からは行くよ」

 ドアを開けると、美也が見たことのない形相で立っていた。

「志悠、あいつになんか変なことされてないか?」
「うん、何ともないよ。明日からはちゃんと学校に出るって」
「何の話してたのか聞かせろ。気が気じゃないんだよ」
「何のって言われても……。僕じゃ江永を幸せにはできないって伝えただけ。僕は美也が好きだから」

 隣に立つ美也を見ると、顔を赤らめていた。美也でも照れることがあるというのは、新発見だ。

「美也が僕と高校を揃えたのも、高校になって急に距離を詰めてきたのも、僕を好きだったから?」
「それ以外に何があんだよ」
「最初っから好きだって言ってくれれば、避けたりしなかったのに」
「それができてたら、ここまで拗れてねぇよ。つーか、志悠が俺を避けてなけりゃ俺だって勇気出せてたぜ」
「僕が美也といることは美也にとってよくないこともあると思う。小学校のクラスメイトとか僕の父だった人みたいに、同性愛者をよく思わない人だってまだ沢山いる」

 そう告げると、美也は歩き出そうとしていた足をぴたりと止めた。先に進んでしまった志悠の背中を眺める。

「今なんて言った?」

 志悠は繰り返し同じことを言うことはしなかった。いじめられていたことを今更になって美也が知らなくてもいい。ただ同性愛者をよく思わない人が身近にいることを知ってほしかっただけだ。

「志悠は俺を好きになったせいでいじめられたり、実の親から否定されたりしてたのか? 俺の知らないところで?」
「気にしてほしいのはそこじゃないよ。同性愛者をよく思わない人が身近にもいるよって……」

 美也はずんずんと歩を進め、志悠の肩を掴んだ。

「ずっと一人で抱えてたのか。だから俺を避けてたのか」
「だから今言いたいことはのはそこじゃなくって」
「大事なことなんだ。そんな目にあったのに、志悠は俺といてくれるのか」
「美也がそれを望むなら」

 美也は、志悠の背中にすがりつくように顔をうずめた。

「それに一人じゃなかったから。母さんは、僕の嗜好を受けとめてくれてる。父だった人を家から追い出してくれたのも母さんだし」

 ローンを組んだばかりのマンションだった。父だった人を追い出してあの家に居座り続けること、あの家を守ることが、志悠を守ることだと母は思っていたのだろうと志悠は考えている。その気遣いが嬉しい以上に申し訳なかった。自分のせいで、母にはたくさんの犠牲を払わせてしまった。

「……ぜんっぜん気づいてやれなくて、すまなかった。頼むから、これからは俺にも同じだけ背負わせてくれ」
「美也がそれを望むなら」
「それ、二回目だぞ」
「そうとしか答えられないよ。ただ、一つだけ言いたいことがある。僕のせいで夢を変えたのだけはどうかと思う」
「どうしても志悠と同じ高校に進みたかったんだよ。結構モテるし」
「はあ? 僕が?」
「江永だって志悠のこと好きになったろ? 男だけじゃねぇぞ。女子だって志悠のこと好きなやついるぞ。クールでかっこいいつって。勉強できるんだから。転校して見えないところで志悠を好きになるやつがいるかと思うと不安しかねぇ」
「そうだったんだ……」
「さ、はやく帰ろうぜ」

 美也は志悠の手を取った。志悠もおずおずとその手を握り返す。
 閑静な住宅街に、二つの長い影が伸びていた。
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