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第81話 歪んだ殺意

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「私が殺した三人……銀級冒険者の中でも指折りの実力者だった。そして次に行われえる昇格試験に参加することも決まっていた。だから私は試験が始まる前に三人を始末する必要があった」
「ど、どうして!?」
「君は知らないかもしれないけど、銀級以上の昇格試験は参加者同士が戦わされる。そうなると私は正攻法では三人には勝てない、だから試験が行われる前に始末するしかなかった」
「そ、そんな……」


ヒカゲが自分と同じ銀級冒険者の三人を殺した理由は彼女が次の試験に合格するため、まともに戦っても勝てないと判断した実力者を裏で始末するしかなかった。

彼女の戦闘法は不意打ちや騙し討ちに特化しており、事前に決められた場所で戦闘を強要される試験では本来の実力を発揮できない。だからヒカゲは昇格試験が行われる前に銀級冒険者の中でも自分が勝てないと判断した冒険者を裏で始末することを決めた。


「私が殺した三人は正面から挑んでも勝てない。それなら不意打ちで仕留めるしかなかった……私を同じギルドの仲間だと思い込んでくれたお陰で簡単に隙を突くことができた」
「お、お前!!自分が何を言っているのか分かってるのか!?」
「ヒカゲちゃん……悪い冗談は止めてよ。いつものように私達をからかっているだけだよね?」


普段からヒカゲと接してきたダインとハルナは彼女の言葉に動揺を隠せず、そんな二人に対してヒカゲはため息を吐き出す。


「貴方達のことは前々から気に入らなかった。大した実力もないくせにギルドマスターに目をかけられているのが一番むかついた」
「そ、そんな……」
「何でだよ……僕はともかく、ハルナとはあんなに仲良くしてたじゃないか!!」
「貴方達の面倒を見ていたのはギルドマスターに頼まれただけ。ギルドマスターの心象が悪くなるといけないから仕方なく付き合っていただけ」


ヒカゲがダインとハルナと関わっていたのはギルドマスターの指示だと明かし、そうでもなければ彼女は二人に関わることもなかった。彼女にとってはギルドマスターの機嫌を損ねるわけにはいかなかった。


「私が昇格するためにはギルドマスターに嫌われるわけにはいかない。ギルドマスターの信頼を得るためなら何でもしてきた……あの人は本当は恐ろしい女だって知っている。だから私の正体を知られないように気を付けてきた」
「じゃあ、本当に僕達のことを見下していたのか!?」
「友達だと思ってたのに……酷いよ!!」
「騒いでも無駄、ここには人は来ない」


路地裏の奥の空き地は普段は誰も通らず、大声をあげても街の人間には気づかれることはない。だからヒカゲはこの場所に訪れた三人を始末する絶好の機会だと判断した。

当初の予定ではヒカゲはレノだけを殺すつもりだったが、素顔を知られた以上はダインもハルナも生かして返すわけにはいかない。先ほどまで彼女はレノを始末することに専念してきたが、ここから本気で三人を殺すつもりで武器を構える。


「そろそろ死んでもらう。覚悟はできた?」
「ま、待てよ!!本当に僕達を殺す気か!?」
「ヒカゲちゃん!!こんなことはもう止めてよ!?」
「……死んで」


ダインとハルナの言葉を聞いてもヒカゲの意思は変わらず、彼女は短剣を取り出す。レノ達の中で彼女にとって一番厄介なのはダインであり、彼の影魔法に拘束されると抵抗もできずに捕まってしまう。だから真っ先にヒカゲはダインの命を狙う。


「さよなら」
「うわぁっ!?」
「ダイン君!?」


自分に目掛けて短剣を投げつけようとするヒカゲにダインは悲鳴をあげ、ハルナは彼を庇おうとした。だが、それよりも先にヒカゲが投げつけようとした短剣が何処からか飛んできた矢に弾かれた。


「止めろっ!!」
「っ……!?」


矢を放ったのはレノであり、ヒカゲが短剣を投げる前に矢を撃ちこんで彼女の手から弾き飛ばす。自分が投げるよりも早くに矢を撃ちこんできたレノにヒカゲは舌打ちした。


「そういえば貴方も居たことを忘れてた……正直、最初に会った時から目障りに思っていた」
「……俺もだよ」
「レ、レノ……」
「レノ君……」


レノも最初にヒカゲと出会った時から彼女を警戒しており、一緒に行動している時も彼女のことを疑っていた。ヒカゲの本性を知るとレノは彼女を「敵」だと認識した。

これまでのレノは人が相手だと矢を撃つことに躊躇していたが、ヒカゲの言動に怒りを抱く。仲間を裏切って自分の利益のためだけに人殺しをするような相手に手加減など無用だと判断し、矢を撃つことに躊躇いはしない。


(こいつは敵だ……なら、怯えるな!!)


ヒカゲに対してレノは弓を構えても身体は震えることはなく、彼の雰囲気が変わったことに気付いたヒカゲは唇を噛みしめる。先ほどまで余裕の態度だった彼女もレノが本気で自分を撃つつもりだと知って冷や汗を流す。


「……私を殺せば貴方が殺人犯として捕まる。それを分かっているの?」
「い、今更何を言ってんだよ!?お前だって殺人犯だろうが!!」
「確かにその通りだけど、私が人を殺す時は証拠を残す様な真似をしない。もしも私が死んだら貴方が連続殺人事件の犯人として捕まる」
「そんなの僕達が証言すれば……」
「落ちこぼれの貴方達の話なんて誰が信じると思うの?むしろ、私を殺せばハルナもダインも共犯者として疑われる」
「ど、どうして!?」
「簡単なこと、私は貴方達よりも周りの人間に信頼されているから……一流の銀級冒険者と万年銅級冒険者では信頼度が違う」


仮にレノが自分を殺したとしてもヒカゲは自分が連続殺人事件の犯人だと気付かれない自信はあった。それどころか自分を殺したレノが殺人犯として捕まると予想し、どちらにしろレノは助からないことを告げた。


「仮に貴方達が逃げ出した所で私が犯人だと言い張っても誰も信じてくれない。私が犯人だという証拠は何一つ残っていないんだから」
「で、でもここの壁にある足跡はお前のだろう!?」
「そんな分かりやすい証拠を私が残すと思う?だいたい足跡なんて靴を履き替えれば簡単に誤魔化せる」


空き地に残された足跡もヒカゲが用意した代物であり、自分が疑われないように彼女は偽装したことを明かす。冷静に考えれば足跡だけで犯人を断定する事自体が難しく、最初からレノ達は罠にかけられていた。

ヒケガは自分が犯した殺人を獣人族の冒険者を仕立て上げるため、事件を調査した際は街中の獣人族の冒険者を疑うように仕向けた。最初から彼女は事件を隠蔽するために動いていたことを知ってレノは悔しく思う。


(何でもっと早く気付かなかったんだ……いや、今は反省は後だ!!)


自分が試験に昇格するために他の銀級冒険者達を殺し、更には事件の真相に迫った自分達を殺そうとするヒカゲに対してレノは本気で戦う覚悟を決めた。だが、昼間にレノは自分の付与魔法を見られたことを思い出し、今までの戦法では彼女に通じないと考えた。


(目眩ましの閃光はもう通じない……かといって風属性の魔力を付与して撃ちこむには時間が掛かる)


黒虎のギルドの練習場でレノは弓魔術を披露したせいでヒカゲには戦法を知られている。もしも不用意に弓魔術を発動した場合、ヒカゲは一瞬の隙も逃さずに攻撃を仕掛けてくるだろう。しかし、レノがヒカゲを倒すためには弓魔術以外に頼るしかない。


(どうすればいいんだ……こんな時、師匠ならどうする?)


レノは森で別れたアルのことを思い出し、この危機的状況の中で自分がアルだったとしたらどのように対処するのか考える。そして森の中でアルから教わったのは弓の使い方だけではないと思い出す。
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