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第80話 殺人鬼の正体

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(しまった!?)


胸元に迫る短剣を見てレノは死を意識したが、横に立っていたハルナが大盾を振りかざしてレノを守ろうとした。


「危ない!!」
「うわっ!?」


空き地内に金属音が鳴り響き、ハルナが大盾でレノを庇ってくれたお陰で狐面の短剣を弾いた。狐面は武器を失うと後方へ跳躍し、壁際まで移動した。それを見てレノは狐面の身体能力の高さに驚く。


(なんて脚力だ!?普通の人間じゃない……まさか本当にこいつが殺人鬼なのか!?)


狐面の跳躍力を見てレノは連続殺人事件の犯人ではないかと考えるが、問題なのはどのように捕まえるのかだった。一瞬の隙を突いて自分を殺そうとしてきた狐面にレノは身体が震える。

これまで魔物に何度か殺されそうな時もあったが、人間を相手に本気での殺し合いをしたことはない。人を殺すことに躊躇うようでは勝てる相手ではない。


(怖い……殺されるかもしれないのに身体が言うことを聞かない)


自分が殺されるかもしれない恐怖よりも人を殺すことへの恐怖が上回り、レノは身体の震えが止まらず、様子がおかしいことに気付いたダインとハルナが声をかける。


「お、おい……大丈夫か?顔色が真っ青だぞ?」
「どうしたの!?まさか怪我したの!?」
「い、いや……大丈夫、それよりもあいつから目を離さないで!!」
「…………」


狐面はレノ達を見つめたまま動かず、今度は不用意に近づく様子は見せない。レノは先ほどの狐面の行動を思い出して疑問を抱く。


(こいつ……なんで目眩ましに気付いたんだ?)


まるでレノが目眩ましを仕掛けることを事前に知っていたかのように狐面はマントで顔を覆い隠した。それどころかレノの声音を真似てダインの嘘の指示を与えて混乱を引き起こしたことにレノは疑問を抱く。


(まるで最初から俺達の行動を把握していた様に……待てよ、まさか聞こえてたのか!?)


狐面に攻撃を仕掛ける前にレノはダインとハルナに小声で指示したが、その時に声が聞こえていたのならば狐面の行動も納得できる。もしも狐面が人並外れた聴覚の持ち主ならば厄介だった。


(これじゃあ二人と作戦を立てることもできない。かといって逃げることもできないし……)


空き地から逃げ出すには路地裏を通らなければならないが、もしも逃げ出した場合は重くて動きにくい鎧を身に着けているハルナが逃げ遅れる可能性が高く、そうなると彼女の命が危ない。

狭い路地裏では人数が多いレノ達が不利であり、広い場所でなければ三人ともまともに戦えない。だが、一匹だけ逃げる気はなく狐面に挑もうとする存在が居た。


「ウォオンッ!!」
「ウル!?」


ウルは狐面に目掛けて駆け出し、鋭い牙を剥き出しにして飛び掛かる。それに対して狐面は回避に専念するが、ウルは何度も飛び回って噛みつこうとしてきた。


「ガアアッ!!」
「っ……!!」
「おおっ!?押してるぞ!!」
「頑張れウルちゃん!!」
「……いや、違う!!」


傍から見るとウルから狐面は逃げ回っているようにしか見えないが、嫌な予感を抱いたレノは弓を構えた。その彼の予感は的中し、狐面はウルが飛び込んだ瞬間に仰向けに倒れてウルの腹部に蹴りを放つ。


「キャインッ!?」
「ウル!!」


巴投げの要領で狐面はウルの腹部に蹴りを叩きつけながら後方へ投げ飛ばし、建物の壁にウルは頭を叩きつける。狐面は只逃げ回っていたのではなく、空き地の壁側にウルを誘導させて反撃の隙を伺っていた。

ウルは腹部と頭部に強い衝撃を受けて意識を失ったのか、地面に倒れたまま動かなくなった。それを見てレノはウルが傷つけられたことに我を忘れ、怒りで身体の震えが止まって矢を放つ。


「この野郎!!」
「っ!?」


何の躊躇もなく放たれたレノの矢に対して狐面は咄嗟に避けようとしたが、それを見越してレノは二本目の矢を放つ。一発目の矢を避けた際に体勢を崩した狐面に二発目の矢が迫る。


「喰らえっ!!」
「うぐっ!?」
「や、やった!?」
「当たった!?」


レノが撃ちこんだ矢は狐面のお面に衝突し、後ろ向きに倒れ込む。弓魔術に頼らずともレノの腕はエルフ並であり、彼が本気になれば下手な小細工など必要ない。


(あ、当たった……死んだのか?)


世界樹と特殊な弦で造り出されたレノの弓は市販で販売されている弓とは比べ物にならず、使い方によっては鋼鉄のような硬さを誇る相手でも倒すことができる。倒れたまま動かない狐面を見てレノは自分が人を殺したのかと不安を抱くが、面が割れる音が響く。


「……えっ!?」
「嘘っ!?」
「まさか……!?」
「……とうとう見られた」


不審者が被っていた狐面が割れた途端、レノ達は素顔を見て絶句した。狐面の下から現れたのはヒカゲであり、彼女は立ちあがるとマントを脱ぎ棄てる。


「ヒカゲ……さん!?」
「ど、どうして……」
「おい、何の冗談だよ!?いったい何の真似だ!?」
「冗談?勘違いしないで……私は貴方達の敵」


昼間の時と違ってヒカゲは冷たい声でレノ達に語り掛けた。いつもと違う彼女の態度にダインとハルナは顔を見合わせるが、レノはいち早く真実に気が付く。


「まさか……殺人鬼の正体は!?」
「……それを答える必要はある?」
「う、嘘だ……お前がやったのか!?」
「そ、そんなの……信じられないよ!!嘘だと言ってよヒカゲちゃん!?」


殺人鬼の正体がヒカゲだと判明し、彼女と同じギルドで仲間であるダインとハルナは衝撃を受けた。だが、レノは今までの調査で感じていた彼女の行動の違和感に気が付く――





――ヒカゲはレノと最初に出会った時、彼を殺人犯の容疑者として連れ出した。その後も誤解は解けてもレノと行動を共にし、彼が連れているウルを利用して調査を行わせる。

空き地に辿り着いた時にヒカゲはガイアに対して必要以上に挑発を行ったり、壁に残った足跡を見て犯人が獣人族の可能性が高いと推理した。だが、これまでの殺人事件の犯行が可能な人間は一人だけ存在した。

人間でありながら獣人族並の身体能力を誇り、忍者を自称するだけあって完璧に気配を殺す方法を身に着け、極めつけの殺された被害者達と同じく彼女も「銀級冒険者」だった。

銀級冒険者は銅級と鉄級の冒険者とは格が違い、簡単に殺される人間ではない。だが、もしも殺人鬼が被害者と同じく銀級冒険者でしかも自分達と同じギルドの人間ならば話は異なる。


「今までの調査で他のギルドの冒険者を疑ったり、犯人が獣人族だと決めつけたのは自分が疑われないためだったのか!?」
「……正解、君のお陰で色々と上手くいった。でも、これ以上に嗅ぎ回れると困るからここで死んでもらう。もちろん、そこにいる二人も」


ヒカゲは無表情でレノの傍にいる二人にも視線を向け、自分達も殺すつもりだと知ったダインとハルナは顔色が真っ青になった。


「そ、そんな……ヒカゲちゃんが本当に殺人鬼なの!?」
「お、おい……悪い冗談は止せよ!?いつもの悪ふざけだろ!?」
「残念ながら冗談でも悪ふざけでもない。顔を見られていなければ殺すつもりはなかったけど……こうなったら全員に死んでもらう」
「……どうしてこんなことを!!」


レノはヒカゲが本気で自分達を殺すつもりだと知ると、戦う前に彼女に問い質さなければならないことがあった。それは彼女が殺人を起こした理由だった。どうしてヒカゲは同じギルドの冒険者を殺したのかを問うと、彼女は今まで見たことがないほど歪んだ笑顔を浮かべる。
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