最愛の人を奪われました

杉本凪咲

文字の大きさ
上 下
2 / 7

しおりを挟む
 それから一年の月日が経ち、私は赤ん坊を抱えて馬車に乗っていた。
 窓から外の景色に目をやると、かすかにそこに自分の顔が反射して映っていた。
 生気のない瞳に、痩せこけた頬。
 まるで老婆のようになってしまった自分を見て、私は自分が嫌いになった。

 馬車が屋敷の庭に入って停車した。
 私が馬車から降りると、案内役のメイドがそこに立っていた。

「お待ちしておりましたフィル様。どうぞこちらへ」

 彼女は私の顔を見て一瞬眉を動かしたが、それ以上表情を崩すことはなかった。

 彼女について家の中に入り、長い廊下を歩かされる。
 両側の壁には絵画がたくさん飾られていて、今にも動き出しそうな甲冑も置かれていた。
 廊下の奥まで歩くと、一際大きな扉の前で、メイドはピタリと足を止めた。

「ここが応接間になります。ダニエル様は中でお待ちです」

 彼女はそう言うと、扉をゆっくりと開ける。 
 未だ赤ん坊を抱きかかえた私は、応接間に足を踏み入れた。

 同じ公爵家であるが、実家の応接間よりも、ここの応接間の方が一回り広かった。
 壁のように大きな窓が左側に敷き詰められていて、そこから庭の様子が見渡すことができた。
 中央に置かれた大きなソファにダニエルは座っていた。
 彼は私に気づくと、驚いた様子で立ち上がる。

「フィルさん……ですよね?」

 一度パーティーで会っただけなのに、彼は私の顔を覚えていたみたいだ。
 だってこんなにも驚きに満ちた表情をしているのだから。

「はい。フィルです。すみません……最近色々あって、落ち込んでいたものですから……」

「いえ……こちらこそすみません。昔お見掛けした時よりも……その……」

 それ以上彼は言葉を紡ぐことが出来なかった。
 姉のように正直に言えばいいのに。
 醜い顔になっていて驚いたって。

 私がダニエルの向かいのソファに座ると、彼も再び腰を下ろした。
 口火を切ったのは私だった。

「ダニエルさん。事前にお伝えした通り、私はあなた方を許すつもりはありません。このことはいずれ公表するつもりです」

「そんな……考え直してはくれないでしょうか? もしあのことがバレたら、僕は……いや、あなたのお姉さんだって……」

「ええ、望む所です」

 私は虚ろな目でダニエルを見つめた。
 彼は怖気づいたように身構えると、私の膝の上で寝てしまった赤ん坊を見つめた。

「……この子はどうするのです?」

「もちろんあなたたちが育てて下さい。私はもうこれ以上面倒見切れません」

「そうですか……」

 会話が終わり、沈黙が流れた。
 壁に掛けられた時計の音と、外から聞こえてくる小鳥の泣き声だけが、応接間に音を響かせていた。
 
 今から一年前。
 私は姉のオレンダに王子の婚約者の座を奪われた。
  
 しかし姉は大人しい王子が気に食わなかったのか、すぐにここにいるダニエルと浮気をした。
 その結果妊娠してしまい、王子には病気と偽って、実家で子供を産んだ。

 姉と両親の意向で、子供は私の子として家で育てていくことになった。
 そのことを聞いた時、驚きで開いた口が塞がらなかったが、抵抗することも出来ずに、私は現実を受け入れた。

 しかし、私はだんだんと疲弊していき、ついに限界が訪れた。
 全てを暴露して、姉に復讐をしようと考えるようになっていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,512pt お気に入り:5,998

円満な婚約解消が目標です!~没落予定の悪役令嬢は平穏を望む~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,057pt お気に入り:497

最低な夫がついに浮気をしました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:335

死に戻り悪役令息は二人の恋を応援…するはずだった…。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,691pt お気に入り:127

明告鳥と眠れる森の王子様

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:6

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,992pt お気に入り:2,694

処理中です...