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 公爵家に生まれた僕は、幼い頃から重責を背負わされていた。
 
「アーサー。公爵家に生まれたからには半端な人間にはなれない。いつも周囲の目があると思え。自分を鍛錬し、公爵家の名に恥じない行いをしろ」

 父はいつも僕にそう言って、厳しい目を向けた。
 本当はこんな父のことが嫌いだったが、本心を言えば怒られる気がして、僕は黙って頷いた。
 
 父の言う通り、僕は完璧な人間になろうと努力をした。
 たくさんの時間を犠牲に、遊びを犠牲に、僕は自分を鍛錬した。
 気づけば友達は誰一人いなくなっていたが、そんなことはどうでも良かった。

 頭の中には公爵家に恥じない人間になることでいっぱいだった。
 それが父の望みであるし、僕の生きがいであるし、運命であった。
 この運命からは逃れられないのだと自分に言い聞かせ、辛い日々も必死に耐えた。

 ローラとの結婚が決められた時、僕は内心がっかりしていた。
 あんなに努力して築きあげてきたのに、僕にはこんな男爵令嬢しか妻に出来ないなんて。
 妻に相応しい人は他にいる気がしたが、父は断固としてローラと結婚させたがっているようだった。

 理由は明白だった。
 父としては三男である僕が誰と結婚しようと正直どうでもいい。
 しかし少しでも公爵家の株を上げるために、わざわざ男爵令嬢と結婚させるのだ。
 結局僕は父に逆らうこともできずに、二つ返事で結婚を受け入れた。

 ……応接間に入ってきた父は、鬼のような形相で僕を睨みつけた。

「アーサー……貴様、あの噂は本当なのか……?」

 どうやら僕がエレーナと浮気をしているという噂は、父の元まで届いていたらしい。
 心臓がドクドクと鼓動を早め、額に汗が浮かんだ。

「そ、それは……」

「その顔……どうやら本当みたいだな。ふん、その女がお前の浮気相手のエレーナだな……この馬鹿息子が……」

 父は怒りそのままに僕に近づいてきた。
 恐怖が全身を走り、思わず逃げたくなるが、足はなぜか動かなかった。
 父は僕の所まで歩いてくると、胸ぐらを掴んだ。
 巨人のような腕力になすすべはない。

「お、お父様……ち、違うのです……これには訳が……」

「ふざけるのも大概にしろ!!! お前の嘘など見破れんと思っておるのか!!!」

 父の大声が応接間に轟き、次の瞬間には岩のように固そうな拳が眼前に迫っていた。
 悲鳴を上げようと口が開くも声にならず、鈍器で殴られたような痛みが顔面に走る。

「ごふっ!!!」

 呻き声が出た瞬間、口の中に血の味が広がった。
 視界の隅にエレーナが見えたが、彼女は恐怖からか祈りを捧げていた。
 
「アーサー……お前を信じた私が馬鹿だった。お前は今日限りで勘当だ、そして国外追放にする。もう二度と私の目の前に現れるな!」

「そ、そんな……」

「おい衛兵! こいつを連れていけ!」

 父の声に応接間の外から数人の兵士が現れた。
 彼らは僕にさっと駆け寄ると、拘束して、応接間の外に連れ出そうとする。

「待ってください! ローラ! 僕が悪かった! お父様に言ってくれ! 僕は無実だと!」

 最後の望みを託してローラに叫ぶ。
 しかし彼女はため息をついて、首を静かに横に振った。 
 僕が応接間を出るのと同時に、使用人が入っていった。
 彼女はローラに駆け寄ると何やら言っていた。

 しかしその瞬間に扉が閉められ、その内容は聞き取れなかった。
 僕は俯くと、絶望の涙を流した。
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