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2、協奏のキャストライト
114、お前なんてもういらないって言われているみたいで、さびしいのね
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そよそよと夜風が吹く。
カサカサと音を立てて、木々の葉っぱが互いを擦れさせている。
ふんわりとした霧がそんな風景をやわらかに包み込んで、世界を白く染めていた。
音が聞こえる。
土の匂いがする。
ちょっと冷えた空気も感じられる――、
(石ころになったけど、わたくしは世界を感じることができるのね)
石になったフィロシュネーは、意外と元気だった。……動くことはできないけど!
隣にいるゴールドシッターは、オニキスのような綺麗な黒色の石になっている。
石には目がないのだが、フィロシュネーには周りの景色がよく『観えた』。夢を見ている感覚に近いといえば、近い。
「フィロシュネー殿下~?」
自分を探す声がする。霧は、どんどん晴れていく。
「お、お前たち、なぜ眠って? フィロシュネー殿下はどうした!」
シューエンの声だ。
救護テントの医者や護衛騎士たちは、眠らされただけのようだった。
「殿下~っ! 殿下~っ!」
呼ぶ声が聞こえる。返事はできない。石だから。
(被害が出てなくてよかったわね)
フィロシュネーは不思議とのんびりとした情緒で、そんなことを考えた。だって、死んでしまったら生き返らない。
周りには、同じような石がいっぱいある。色も形もまちまちだけど、石は石。仲間がいっぱい!
大地に抱かれるようにして仲間の中に埋没しているのは、奇妙な安心感があった。
人間たちは、下を見ることなくあっちに行ったりこったり行ったりして、時間を惜しむようにセカセカ生きている。
足元に石があることに、ぜんぜん気付かない。
(なんだか人間って、忙しくて大変そうな生き物に見えるわね)
他人事みたいに、ぼんやりとしてしまう。姿が変わると心の在り様も変わるのだろうか。
「探せ! 姫を探せ!」
「ゴールドシッターもいない……!」
「目撃者はいないのか!?」
自分を探している――そう思うのだけど、人間たちの会話が少しずつ、どうでもよくなってくる。
(石ってこんな気分なのね。うーん、意外と悪くないわ)
まるで、自然の一部になったみたい。
何も気にせず、ただ存在するだけの時間は穏やかだ。
自分がちっぽけで、大きな全体の中の一部なのだ、と思える。人間の姿では、こんな感覚にはならなかった。
足元には、広大な大地。
頭上には、無限のそら。
その狭間で、人間たちは短い命を抱えて右往左往している。
余裕がなくて、なんだかちょっと切なくなる。
でも、愛しい。
とても一生懸命に生きているから。
(わたくしたちを探してくださっているのはわかるし、心配をかけて申し訳ないって思うのだけど……わたくし、なんだか安らかな気分……)
それって大丈夫かしら。
もっと慌てた方がよかったりするかしら?
のんびりと考えを巡らせるフィロシュネーは、フワフワとした存在がそばにいることに気付いた。
実体のない、モヤモヤしたそれは……死霊だ。たくさんいる。
死霊は、意思を持つ動きでゴールドシッターとフィロシュネーの近くをうろうろしている。得体の知れない不気味さと、なぜか憎めない愛嬌が同居するような動きだ。可愛いと言ってもいいかもしれない。
フィロシュネーが注目していると、死霊たちは人間に近付いていく。
(あっ)
フィロシュネーは息を呑んだ。
隣にいるゴールドシッターもいなないて反応しているのが、フィロシュネーにはわかった。
そこには、サイラスがいたのだ。
精悍な顔立ちが焦燥を浮かべている。
(サイラス! 心配して探してくださっているの?)
人間らしい気持ちがどんどん蘇ってくる。
(サイラス~、わたくし、ここよ~、わたくし、生きていますわよ~……たぶん?)
(ぶひひん……)
ゴールドシッターがちょっと切ない気配をのぼらせている。フィロシュネーはその感情に気付いた。
黒い石となったゴールドシッターは、主君の騎士を寂しそうに待ち続けている。石になった者同士だからだろうか、相手がどんな気持ちでいるのかが、わかる。
(ゴールドシッター……、さびしいのね)
ゴールドシッターは、自分がもういらない子なのかなって不安なのね。
自分よりもっともっと役に立つ生き物がサイラスに気に入られているから、悲しいのね。
お前なんてもういらないって言われているみたいで、さびしいのね……。
「お前たちは……」
サイラスの声が空気を震わせる。
その視線を追いかけてみれば、死霊がふわふわとこちらに手招きしていた。
(あっ、教えてくれてるんだわ!)
フィロシュネーはハッとした。
死霊たちは、フィロシュネーとゴールドシッターのそばに集まって、手でパタパタと「これ、これ」と教えるようだった。
「これは、魔宝石……?」
サイラスが二つの特別な石に気付いて、拾い上げる。
(わたくしよ。サイラス! あのね、そっちはゴールドシッターよ。あなたの……)
思い出されるのは、いつかの会話。
『金を稼ぐ俺の世話をしてくれる馬、という意味です』
『あなた、お馬さんにお世話されているの』
『とても』
(……あなたの大切なお馬さんでしょ!)
星を見失って冷えた夜空みたいな黒い瞳がじっと石を見つめる。
(綺麗な瞳ね。吸い込まれてしまいそう)
状況を忘れて、フィロシュネーはその眼差しに心を奪われた。
「――姫?」
サイラスがつぶやく。
(まあ! わかるの?)
モヤモヤたちが、「そうそう」と喜ぶように踊っている。
「こちらは、ゴールドシッター……?」
呼ばれたゴールドシッターがパッと気配を嬉しそうにするので、フィロシュネーはニコニコした。
(ええ、ええ! そうよ。あなたの大切な相棒じゃない! よかったわね、ゴールドシッター! ご主人様は、あなたに気付いたわ!)
自分が気付いてもらえたことよりも嬉しいかもしれない。
だって、ゴールドシッターがさびしそうだったから。
「――そんな」
大切そうに石を手のひらで包んで、サイラスがその手を額にあてる。
望んでいなかった現実に出くわしてショックを受けたのだ。
「……俺が」
苦痛に満ち、絞り出すような響きの声に、フィロシュネーはドキリとした。
石だからだろうか。
言葉以上に、その感情が伝わってくる。
「俺が功績に気を取られて……」
言葉が震え、途切れる。
凍える冬のような、月明かりを雲に隠された夜のような気配が、痛々しい。
苦しそうな声と歪んだ表情、震える吐息にあふれる想いに、フィロシュネーは喜びを一瞬でひっこめた。
自責の念に苦しんでいるのだ。
後悔しているのだ。
……そんな感情の波が、ひしひしと伝わってくるのだ。
カサカサと音を立てて、木々の葉っぱが互いを擦れさせている。
ふんわりとした霧がそんな風景をやわらかに包み込んで、世界を白く染めていた。
音が聞こえる。
土の匂いがする。
ちょっと冷えた空気も感じられる――、
(石ころになったけど、わたくしは世界を感じることができるのね)
石になったフィロシュネーは、意外と元気だった。……動くことはできないけど!
隣にいるゴールドシッターは、オニキスのような綺麗な黒色の石になっている。
石には目がないのだが、フィロシュネーには周りの景色がよく『観えた』。夢を見ている感覚に近いといえば、近い。
「フィロシュネー殿下~?」
自分を探す声がする。霧は、どんどん晴れていく。
「お、お前たち、なぜ眠って? フィロシュネー殿下はどうした!」
シューエンの声だ。
救護テントの医者や護衛騎士たちは、眠らされただけのようだった。
「殿下~っ! 殿下~っ!」
呼ぶ声が聞こえる。返事はできない。石だから。
(被害が出てなくてよかったわね)
フィロシュネーは不思議とのんびりとした情緒で、そんなことを考えた。だって、死んでしまったら生き返らない。
周りには、同じような石がいっぱいある。色も形もまちまちだけど、石は石。仲間がいっぱい!
大地に抱かれるようにして仲間の中に埋没しているのは、奇妙な安心感があった。
人間たちは、下を見ることなくあっちに行ったりこったり行ったりして、時間を惜しむようにセカセカ生きている。
足元に石があることに、ぜんぜん気付かない。
(なんだか人間って、忙しくて大変そうな生き物に見えるわね)
他人事みたいに、ぼんやりとしてしまう。姿が変わると心の在り様も変わるのだろうか。
「探せ! 姫を探せ!」
「ゴールドシッターもいない……!」
「目撃者はいないのか!?」
自分を探している――そう思うのだけど、人間たちの会話が少しずつ、どうでもよくなってくる。
(石ってこんな気分なのね。うーん、意外と悪くないわ)
まるで、自然の一部になったみたい。
何も気にせず、ただ存在するだけの時間は穏やかだ。
自分がちっぽけで、大きな全体の中の一部なのだ、と思える。人間の姿では、こんな感覚にはならなかった。
足元には、広大な大地。
頭上には、無限のそら。
その狭間で、人間たちは短い命を抱えて右往左往している。
余裕がなくて、なんだかちょっと切なくなる。
でも、愛しい。
とても一生懸命に生きているから。
(わたくしたちを探してくださっているのはわかるし、心配をかけて申し訳ないって思うのだけど……わたくし、なんだか安らかな気分……)
それって大丈夫かしら。
もっと慌てた方がよかったりするかしら?
のんびりと考えを巡らせるフィロシュネーは、フワフワとした存在がそばにいることに気付いた。
実体のない、モヤモヤしたそれは……死霊だ。たくさんいる。
死霊は、意思を持つ動きでゴールドシッターとフィロシュネーの近くをうろうろしている。得体の知れない不気味さと、なぜか憎めない愛嬌が同居するような動きだ。可愛いと言ってもいいかもしれない。
フィロシュネーが注目していると、死霊たちは人間に近付いていく。
(あっ)
フィロシュネーは息を呑んだ。
隣にいるゴールドシッターもいなないて反応しているのが、フィロシュネーにはわかった。
そこには、サイラスがいたのだ。
精悍な顔立ちが焦燥を浮かべている。
(サイラス! 心配して探してくださっているの?)
人間らしい気持ちがどんどん蘇ってくる。
(サイラス~、わたくし、ここよ~、わたくし、生きていますわよ~……たぶん?)
(ぶひひん……)
ゴールドシッターがちょっと切ない気配をのぼらせている。フィロシュネーはその感情に気付いた。
黒い石となったゴールドシッターは、主君の騎士を寂しそうに待ち続けている。石になった者同士だからだろうか、相手がどんな気持ちでいるのかが、わかる。
(ゴールドシッター……、さびしいのね)
ゴールドシッターは、自分がもういらない子なのかなって不安なのね。
自分よりもっともっと役に立つ生き物がサイラスに気に入られているから、悲しいのね。
お前なんてもういらないって言われているみたいで、さびしいのね……。
「お前たちは……」
サイラスの声が空気を震わせる。
その視線を追いかけてみれば、死霊がふわふわとこちらに手招きしていた。
(あっ、教えてくれてるんだわ!)
フィロシュネーはハッとした。
死霊たちは、フィロシュネーとゴールドシッターのそばに集まって、手でパタパタと「これ、これ」と教えるようだった。
「これは、魔宝石……?」
サイラスが二つの特別な石に気付いて、拾い上げる。
(わたくしよ。サイラス! あのね、そっちはゴールドシッターよ。あなたの……)
思い出されるのは、いつかの会話。
『金を稼ぐ俺の世話をしてくれる馬、という意味です』
『あなた、お馬さんにお世話されているの』
『とても』
(……あなたの大切なお馬さんでしょ!)
星を見失って冷えた夜空みたいな黒い瞳がじっと石を見つめる。
(綺麗な瞳ね。吸い込まれてしまいそう)
状況を忘れて、フィロシュネーはその眼差しに心を奪われた。
「――姫?」
サイラスがつぶやく。
(まあ! わかるの?)
モヤモヤたちが、「そうそう」と喜ぶように踊っている。
「こちらは、ゴールドシッター……?」
呼ばれたゴールドシッターがパッと気配を嬉しそうにするので、フィロシュネーはニコニコした。
(ええ、ええ! そうよ。あなたの大切な相棒じゃない! よかったわね、ゴールドシッター! ご主人様は、あなたに気付いたわ!)
自分が気付いてもらえたことよりも嬉しいかもしれない。
だって、ゴールドシッターがさびしそうだったから。
「――そんな」
大切そうに石を手のひらで包んで、サイラスがその手を額にあてる。
望んでいなかった現実に出くわしてショックを受けたのだ。
「……俺が」
苦痛に満ち、絞り出すような響きの声に、フィロシュネーはドキリとした。
石だからだろうか。
言葉以上に、その感情が伝わってくる。
「俺が功績に気を取られて……」
言葉が震え、途切れる。
凍える冬のような、月明かりを雲に隠された夜のような気配が、痛々しい。
苦しそうな声と歪んだ表情、震える吐息にあふれる想いに、フィロシュネーは喜びを一瞬でひっこめた。
自責の念に苦しんでいるのだ。
後悔しているのだ。
……そんな感情の波が、ひしひしと伝わってくるのだ。
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