375 / 384
5、鬼謀のアイオナイト
363、さあ、ここにいる全員を騙すわよ!(2回目)
しおりを挟む
――会議の手配をした夜。
フィロシュネーは自室のベッドで、考えを整理した。
「月の舟に部屋の扉がつながる、とするよりは、月の舟に通じてるとわかっている遺跡の扉が、普段あかない時期に開く、とイメージする方が現実味があって、成功しやすい」
自分の発想をもとにサイラスやフェリシエンと話し合った結果、「その方向で」となったのだが。
その胸には、実はもうひとつ、懸念事項がある。
フェリシエン――商業神ルートのことだ。
『あとは仕上げに名誉の死を遂げれば、完璧といったところか』
……ルートは、死ぬつもりなのだ。
(あの時「誰かに似てる」と思った瞳。あれは、弟のために罪を被ろうとしたハルシオン様や、お兄様のために死のうとしていたダーウッドに似ていたのだわ)
(わたくしは、神鳥様の奇跡や商業神ルートによる記憶の追体験に慣れている。それと同じだと思えば、情報が得られるのでは……)
ふたつに分かれた状態の石の力では、見つけられなかったようだけど。
不思議に思いつつ、フィロシュネーは移ろいの石に願った。
カサンドラは更生を拒否して魔法薬店で事件を起こし、空の月を地上に引き寄せた。 事件のせいでフィロシュネーが倒れ、コルテは彼女を見限った。
そして、積極的に彼女が有罪だと知らしめるために自身がカサンドラになりすまして新たな事件を起こした……。
「近くに死霊が……そういえば、あの『死霊くん』、どういう存在なのかしら」
ひとつの情報を探っているうちに、芋づる式にあれもこれもと気になることが出てくる。これは、キリがない――
(サイラスも、こうやって情報収集をしていたのでしょうね)
フィロシュネーは苦笑しつつ、情報の海を泳いだ。
* * *
そして、会議の日がやってきた。
鎮魂式という特別な場で起きた悲劇。
それは、もともと傷付いていた人々の心に大きな傷をさらに抉り、深めてしまった。
会議場に集まる各国の重鎮は、暗い表情だ。
立派にも国王業の務めを果たそうとしつつ、憔悴ぶりが隠せない青王と空王を始め、臣下貴族たちも葬儀ムードで、空気が重い。
(手紙でいち早く教えてあげるべきだったかも。こんなに打ちひしがれてしまって……)
心を痛めつつ、フィロシュネーは希望の糸を垂らそうと立ち上がった。
(さあ、ここにいる全員を騙すわよ!)
「――みなさま!」
聖女という自分のイメージを有効活用するのは、何回目になるだろう。フィロシュネーはもう慣れていた。
「みなさま、お集まりいただき、ありがとうございます」
――この絶望に打ちひしがれた人々に希望をみせるのは、自分なのだ。
「多神の加護をもつ聖女のわたくしが神の言葉をお伝えしようとおもいますの」
神は、いるのです。
善良で優しい神は、たまにだけど人を試したり、奇跡を起こしたりすることもあるのです。
「生命力吸収事件の被害者は、生き返ります」
ぐるりと見渡す顔ぶれは、だいたい「何を言い出すんだ?」って顔だ。
――なんとか納得させますわ! 「為せば成る」ですわ!
「これは、神からの試練です。みなさま、わたくしが月神様と繋がりがあるのをご存じでしょう? 地上の民があまりにも荒れているので、月神様は『神が見ていますよ』ってアピールしようと思われたのですわ」
言いながら、フィロシュネーは移ろいの石を取り出し、両手で包み込むように握って祈りをこめた。
「ちなみに魔法薬も月神様によるお導きです。月神様が、空王ハルシオン様に天啓をくだされたのですわ」
おおっ、と声があがる。
ハルシオンは商業神の聖印を取り出して首をかしげているが。
「月神様は暗黒郷を見守ってくださっていたのです。ハルシオン様は利他的な生き方を評価され、呪術伯フェリシエンは天賦の才を見込まれ、月神様に試練を課されたのですわ」
素晴らしい、と拍手してみせると、会議場の各国の貴族たちがつられたように拍手をする。
どんよりとしていた場に、少しずつ活気が出てきた気がする!
(やはり、勢いと雰囲気は大事ですわ! 丸め込みますわ! 結果なんとかなればオーケーですわ!)
すうっと息を吸い、明るくアーサーを見る。
兄は、婚約者を亡くした心痛の窺える痛々しさのある顔だったが、そんなときでも雄々しく立派な指導者であろうとする気高さ、悲壮さがあった。
(ああ、お兄様!)
「神様って、人間と感性が違いますから。試練が重すぎて人間たちをびっくりさせることもあるみたいですの……」
ともすれば声が暗くなってしまいそう。
でも、フィロシュネーは「何も悲しむことはないのです!」と明るい声と表情で希望の象徴のように振る舞わないといけない。
「……わたくしが亡くなったと思われていたアーサーお兄様をお迎えにいった話は有名だと思います。今回も、同じなのですわ。死んだと思われている何十人、何百人という犠牲者は、――戻ってきますっ!!」
言い切れば、会議場のあちらこちらから「しかし、遺体が」「私の妻は葬儀も済ませたが?」「間違いなく死んでいた……」という困惑の声が溢れる。
(ですわよね~~~‼ お気持ちはわかります~~‼)
フィロシュネーは背にじっとりと汗をかいた。
けれど。
「皆、気持ちはわかるが、話を聞こう。俺は聞きたい」
「私もです」
アーサーとハルシオンが先を促してくれるので、フィロシュネーは頷いた。
「皆さまの愛する方々は、亡くなったのではありません。証拠ですが、遺体が消えていると思います。葬儀済の場合は、その……い、遺骨が、なくなっているかと」
「――――なんだって‼」
当然の反応ではあるが、会議場は大騒ぎになった。
あわてて従者に確認に行かせる貴族もいれば、居ても立っても居られない様子で退室を願い出て自分の目で確認に行く人物もいる。
もともと心を落ち込ませて弱っていたところに非現実的なショックを受けて、体調不良を訴える者もいた。
休憩を取ってはという声もあがるが、青王と空王は鬼気迫る勢いで「続けよ」と先を聞きたがっている。
(わあああ、大変なことに……。でも、わたくしは止まりません!)
フィロシュネーは窓辺に寄り、大空を指した。
今は昼で、月は見えない。
でも、夜空の月が片方、どんどん大きくなっているのを皆が知っている。
――あの説明不能の超常現象が、神様という存在の説得力を増してくれるに違いない。
「降りてくる月の舟。あれに、みなさまの大切な方々がいるのですわ。アーサーお兄様やアルブレヒト様の時と同じです!」
月の舟は、中に亡くなった人たちがいる。
――いるったらいる! 石を使います!
「月隠に月の舟への道がひらけるのはすでにご存じでしょう。月の舟は遠いので、普段は道をひらくために魔力を蓄えないといけないのです。でも、今回は別――」
会議場の全員が食い入るように話を聞いている。
フィロシュネーは手ごたえを感じて畳みかけた。
「――なんといっても月神様が動いているのですもの、月隠じゃなくても月の舟への道はひらけます。もちろん制約はあります。前回と同じ扉は使えません。そして、ただでは開きません!」
神様が試練を課して、起きるはずのない奇跡が起きる。
物語では、何もしていないのに試練がクリアされることはない。
人間たちは、嘆いたり絶望しているだけではなく、自分自身が強く望んで、希望に手を伸ばすのだ。
がんばって、その想いの強さで奇跡を獲得するのだ。
「メクシ山の扉が使えます。でも、自分の大切な人を取り戻したいと願う力が必要なのですわ。想うだけではなく、月神様に表明しないといけません」
自分が「叶えよう」「取り戻そう」と懸命に願って手を伸ばす。
その結果、願いが叶って大切な人を取り戻すのだ。
――そんな神聖な試練と努力の物語の末に取り戻したなら、人々が何もせず与えられる奇跡よりもずっとずっと、結末に納得感を感じることだろう。
フィロシュネーは自室のベッドで、考えを整理した。
「月の舟に部屋の扉がつながる、とするよりは、月の舟に通じてるとわかっている遺跡の扉が、普段あかない時期に開く、とイメージする方が現実味があって、成功しやすい」
自分の発想をもとにサイラスやフェリシエンと話し合った結果、「その方向で」となったのだが。
その胸には、実はもうひとつ、懸念事項がある。
フェリシエン――商業神ルートのことだ。
『あとは仕上げに名誉の死を遂げれば、完璧といったところか』
……ルートは、死ぬつもりなのだ。
(あの時「誰かに似てる」と思った瞳。あれは、弟のために罪を被ろうとしたハルシオン様や、お兄様のために死のうとしていたダーウッドに似ていたのだわ)
(わたくしは、神鳥様の奇跡や商業神ルートによる記憶の追体験に慣れている。それと同じだと思えば、情報が得られるのでは……)
ふたつに分かれた状態の石の力では、見つけられなかったようだけど。
不思議に思いつつ、フィロシュネーは移ろいの石に願った。
カサンドラは更生を拒否して魔法薬店で事件を起こし、空の月を地上に引き寄せた。 事件のせいでフィロシュネーが倒れ、コルテは彼女を見限った。
そして、積極的に彼女が有罪だと知らしめるために自身がカサンドラになりすまして新たな事件を起こした……。
「近くに死霊が……そういえば、あの『死霊くん』、どういう存在なのかしら」
ひとつの情報を探っているうちに、芋づる式にあれもこれもと気になることが出てくる。これは、キリがない――
(サイラスも、こうやって情報収集をしていたのでしょうね)
フィロシュネーは苦笑しつつ、情報の海を泳いだ。
* * *
そして、会議の日がやってきた。
鎮魂式という特別な場で起きた悲劇。
それは、もともと傷付いていた人々の心に大きな傷をさらに抉り、深めてしまった。
会議場に集まる各国の重鎮は、暗い表情だ。
立派にも国王業の務めを果たそうとしつつ、憔悴ぶりが隠せない青王と空王を始め、臣下貴族たちも葬儀ムードで、空気が重い。
(手紙でいち早く教えてあげるべきだったかも。こんなに打ちひしがれてしまって……)
心を痛めつつ、フィロシュネーは希望の糸を垂らそうと立ち上がった。
(さあ、ここにいる全員を騙すわよ!)
「――みなさま!」
聖女という自分のイメージを有効活用するのは、何回目になるだろう。フィロシュネーはもう慣れていた。
「みなさま、お集まりいただき、ありがとうございます」
――この絶望に打ちひしがれた人々に希望をみせるのは、自分なのだ。
「多神の加護をもつ聖女のわたくしが神の言葉をお伝えしようとおもいますの」
神は、いるのです。
善良で優しい神は、たまにだけど人を試したり、奇跡を起こしたりすることもあるのです。
「生命力吸収事件の被害者は、生き返ります」
ぐるりと見渡す顔ぶれは、だいたい「何を言い出すんだ?」って顔だ。
――なんとか納得させますわ! 「為せば成る」ですわ!
「これは、神からの試練です。みなさま、わたくしが月神様と繋がりがあるのをご存じでしょう? 地上の民があまりにも荒れているので、月神様は『神が見ていますよ』ってアピールしようと思われたのですわ」
言いながら、フィロシュネーは移ろいの石を取り出し、両手で包み込むように握って祈りをこめた。
「ちなみに魔法薬も月神様によるお導きです。月神様が、空王ハルシオン様に天啓をくだされたのですわ」
おおっ、と声があがる。
ハルシオンは商業神の聖印を取り出して首をかしげているが。
「月神様は暗黒郷を見守ってくださっていたのです。ハルシオン様は利他的な生き方を評価され、呪術伯フェリシエンは天賦の才を見込まれ、月神様に試練を課されたのですわ」
素晴らしい、と拍手してみせると、会議場の各国の貴族たちがつられたように拍手をする。
どんよりとしていた場に、少しずつ活気が出てきた気がする!
(やはり、勢いと雰囲気は大事ですわ! 丸め込みますわ! 結果なんとかなればオーケーですわ!)
すうっと息を吸い、明るくアーサーを見る。
兄は、婚約者を亡くした心痛の窺える痛々しさのある顔だったが、そんなときでも雄々しく立派な指導者であろうとする気高さ、悲壮さがあった。
(ああ、お兄様!)
「神様って、人間と感性が違いますから。試練が重すぎて人間たちをびっくりさせることもあるみたいですの……」
ともすれば声が暗くなってしまいそう。
でも、フィロシュネーは「何も悲しむことはないのです!」と明るい声と表情で希望の象徴のように振る舞わないといけない。
「……わたくしが亡くなったと思われていたアーサーお兄様をお迎えにいった話は有名だと思います。今回も、同じなのですわ。死んだと思われている何十人、何百人という犠牲者は、――戻ってきますっ!!」
言い切れば、会議場のあちらこちらから「しかし、遺体が」「私の妻は葬儀も済ませたが?」「間違いなく死んでいた……」という困惑の声が溢れる。
(ですわよね~~~‼ お気持ちはわかります~~‼)
フィロシュネーは背にじっとりと汗をかいた。
けれど。
「皆、気持ちはわかるが、話を聞こう。俺は聞きたい」
「私もです」
アーサーとハルシオンが先を促してくれるので、フィロシュネーは頷いた。
「皆さまの愛する方々は、亡くなったのではありません。証拠ですが、遺体が消えていると思います。葬儀済の場合は、その……い、遺骨が、なくなっているかと」
「――――なんだって‼」
当然の反応ではあるが、会議場は大騒ぎになった。
あわてて従者に確認に行かせる貴族もいれば、居ても立っても居られない様子で退室を願い出て自分の目で確認に行く人物もいる。
もともと心を落ち込ませて弱っていたところに非現実的なショックを受けて、体調不良を訴える者もいた。
休憩を取ってはという声もあがるが、青王と空王は鬼気迫る勢いで「続けよ」と先を聞きたがっている。
(わあああ、大変なことに……。でも、わたくしは止まりません!)
フィロシュネーは窓辺に寄り、大空を指した。
今は昼で、月は見えない。
でも、夜空の月が片方、どんどん大きくなっているのを皆が知っている。
――あの説明不能の超常現象が、神様という存在の説得力を増してくれるに違いない。
「降りてくる月の舟。あれに、みなさまの大切な方々がいるのですわ。アーサーお兄様やアルブレヒト様の時と同じです!」
月の舟は、中に亡くなった人たちがいる。
――いるったらいる! 石を使います!
「月隠に月の舟への道がひらけるのはすでにご存じでしょう。月の舟は遠いので、普段は道をひらくために魔力を蓄えないといけないのです。でも、今回は別――」
会議場の全員が食い入るように話を聞いている。
フィロシュネーは手ごたえを感じて畳みかけた。
「――なんといっても月神様が動いているのですもの、月隠じゃなくても月の舟への道はひらけます。もちろん制約はあります。前回と同じ扉は使えません。そして、ただでは開きません!」
神様が試練を課して、起きるはずのない奇跡が起きる。
物語では、何もしていないのに試練がクリアされることはない。
人間たちは、嘆いたり絶望しているだけではなく、自分自身が強く望んで、希望に手を伸ばすのだ。
がんばって、その想いの強さで奇跡を獲得するのだ。
「メクシ山の扉が使えます。でも、自分の大切な人を取り戻したいと願う力が必要なのですわ。想うだけではなく、月神様に表明しないといけません」
自分が「叶えよう」「取り戻そう」と懸命に願って手を伸ばす。
その結果、願いが叶って大切な人を取り戻すのだ。
――そんな神聖な試練と努力の物語の末に取り戻したなら、人々が何もせず与えられる奇跡よりもずっとずっと、結末に納得感を感じることだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
283
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる