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第五章 金の神子様はジョブチェンジ

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 勿論行き先は公爵家である。

 何事もなかったように帰ってきて、俺が下りる前に抱えられ俵運び。

 そのまま猊下の部屋に連れて行かれた。そしてそっとベッドの上に下ろされる。


「あ、あの……」
「猊下」
「え?」
「私のことを猊下と」
「……あっ!」


 しまった!ジューノの言葉に腹を立てすぎて猊下のことをうっかりそう呼んでしまった!猊下なんて呼ばれて絶対に不審に思っただろう。

 しかも今の猊下は教会に属しているわけでもないのだからますますそう呼ばれて驚いただろう。


「え、えーっと、ええっと……」


 俺は目を泳がして、猊下にどう言えば良いのだろうかと考えていると猊下に抱き寄せられる。


「覚えて、いるのか。お前が金の神子だった時の頃を」
「……え?」


 え、今なんて……?


「え、え? げ、猊下も覚えて……?」
「ああそうだ」
「!?」


 な、な、なんで!?いや、でも、今までそんな素振り無かったのに!?

 全然気付かなかったことに驚きだが、それよりも考える事があった。

 待って?それらを覚えているって事は、覚えてるって事は……?


「な、な、何で俺を引き取ろうとしたんですか!?」
「……何故、とは?」
「だって、だって俺猊下の足を引っ張ってばかりで、最終的には道連れにしてしまったし……っ! 今回も俺がやらなくちゃいけない事があるせいで猊下に迷惑を……っ!」


 猊下の人生に俺がいなければ、猊下はもっともっと上の地位にいていろんな人に慕われていたはずだ。突然現れた孤児の、単に神様に選ばれた人間を引き取らなければ、ずっと、ずっと……。

 そう考えてズキズキと胸が痛む。やっぱり俺がいない方が幸せになれた猊下に申し訳なさで一杯だ。


「忘れたのか」
「な、なにを……?」
「お前が好きだ」


 前にも言われた言葉だが、今は苦い気持ちで一杯だ。それを素直に受け止めることが出来ない。

 うん。こうなったら全部猊下に聞こう。俺は現実を見る必要がある。


「……で、でも、猊下には、他に、大事な人がいるんでしょ?」


 覚悟を決めてそう聞くと、猊下はすっと俺から離れてじっと俺を見つめた。気のせいか、なんだか猊下の顔が怖い気がする。いやいや、無表情だからそう感じるだけだ。怖じ気づくな俺!


「誰だ」
「し、知らないけど、俺と出会う前に亡くなった人……。だから、猊下はその人を追って死のうとして……」
「お前だ」
「……ん?」
「この世にお前がいないと思って死のうとした」
「……」


 猊下には前世の記憶があり、前世では確かに俺は死んでいた。成る程、猊下の話は確かに筋が通っている。

 えーっと、つまり、猊下は俺のことが前世の頃から好き……?


「ど、ど、ど、どうして!? 前世の俺を好きになる要素が一体どこに!? か、顔!?」
「覚えていないのか?」
「お、覚えて、覚えて……?」


 え、俺何か猊下の心を動かすような事したか……?全く覚えがないな。

 も、もしかして、誰かと間違えてるんじゃ……。あ、あり得る……。お母様も知らない誰かと間違えてたし……っ!!


「……髪色を褒めてくれたのはお前が初めてだった」


 俺がうんうん唸って悩んでいると猊下はそう口を開いた。俺はそれにきょとんとして首を傾げる。

 猊下の髪?確か、綺麗な銀色だった。この世であの髪色が似合うのは間違いなく猊下しかいないと。


「髪……? 確か猊下の髪は綺麗な銀色でしたよね?」
「老人のようだ。どうしてあの両親からあの髪色の子供が生まれるのかとよく言われていた」
「だ、誰が猊下にそんな無礼な振る舞いをっ!!」
「ふふ、お前は同じ反応をするんだな」


 げ、猊下が笑った!!その笑顔にドキドキしながらも、いつそんなことを聞いたのか思い出せない俺が腹立たしい……。


「孤児院に来たときにそんなことを……?」
「いいや、もっと前だ。もっとお前が小さかった」
「そ、そうなんですか……」


 じゃあもっと幼かったのかも。だったら覚えていないのも納得がいく。前世の記憶を思い出した後のことは他の記憶よりも鮮明に思い出せるが、それより以前の記憶はあまりない。

 そりゃあ印象に残っていることは覚えているけど、どうでも良いと思っているのは覚えていないのは仕方ない。


「じゃあ、猊下はそんなことでずっと俺を……?」
「お前にとってはそうかもしれないな。でも私はそう言われて、お前を絶対に手に入れたいと、そう思った」
「そ、そうなんですね」
「ああ」


 つまり、話をまとめると猊下は俺のことが前世の頃から好きで今でもずっと愛してくれていると。

 な、成る程、成る程……。

 そして俺はまた、自分が死ぬから猊下の気持ちに応えられないという結論に……。


「それで、ルド。聞きたいことがある」
「何でしょうか猊下」
「お前のやるべき事とは?」
「……あー、えーっと」


 俺は目をそらした。先ほど俺はうっかりそんなことを言ったような言ってないよな……?いやこれ言ったから猊下に詰め寄られてるんだよな~。やっちまった!!

 正直に猊下に俺はまた死のうとしていますなんて言えるわけ無い。そんな神経を俺は持ち合わせていないのだ。

 またしても猊下にどのようにうまく説明すれば良いのだろうかと考えているとするりと猊下が俺の手を握ってきた。

 猊下のとても冷たい手に驚いて俺は、自分の熱を分けるように強く握った。俺の熱を少しでも分けて温めてあげないと!!


「正直に、話してくれるな?」
「……あ」


 俺の手を握った猊下がそっと自分の頬に寄せてじとっと俺を見つめる。そこで俺は猊下に手を握られて逃げられない状況になっていることに気がついた。

 これは、もうだめだ……。な、ならせめて、これだけでも……っ!!


「あの、怒らないと約束してくださいますか……?」
「残念だが、内容次第だ」
「で、ですよねー……」


 俺は困った表情を浮かべながら観念して目を閉じる。心の中でリィンにひたすら謝りながら、俺は正直に話をした。そう、一から十まで全て。

 信じてくれるかどうかではなく、猊下に正直に全部話すと決めたので勿論この世界の話とか、俺の身のうちも何もかも。猊下は黙って話を聞いており、俺が全て話し終えると彼は手を離した。


「お前は、早く死んで次の生を全うしたいのか?」
「! そういうわけではなく、ただ、それが俺の使命で……」
「なら、私が嫌いだから?」
「違います! 俺も猊下のことが好きです!」
「そうか、成る程」


 猊下はそう言うと暫く黙り込んだ。

 黙り込んだ猊下を見て俺は我に返る。ちゃっかり俺は猊下の告白に答えてしまった!!あほかー!!

 さーっと自分の行いに顔を青くしていると、猊下はすっと二本の指を立てて俺に見せた。


「そうであるならば二つの選択肢がある」
「え……?」
「まず一つ、元凶の神を完全に殺す」


 つまり、リィンを殺す……?俺を生き返らせてくれた神様を?


「い、いやいやいや!! リィンは一回目の俺を生き返らせてくれた恩人で……っ!!」
「その恩は前回で精算された」
「え、い、いやそんなことは……?」
「精算された」
「……」


 そ、そうなの……?猊下がそう力強く言うならそうなのかも……?


「で、でも、殺すのは……」
「……そうだな、お前は優しいからお友達にそうできないだろう。だから二つ目、その使命とやらをさっさと果たす」
「えーっと、つまりレオとフレイをくっつけるということですか?」
「ああ、大変遺憾だがな」


 猊下はその言葉通り、不満げに見える。なんでそれがいやなんだろう。レオとフレイに何かされたのか……?


「あいつらがいなければ、お前が死ぬことはなかった……。私は、そんな奴らがのうのうと生きていることに、はらわたが煮えくり返る」
「それは二人のせいじゃないですよ!?」


 そうなるようになっているんだこの世界が。だから彼らが悪いわけではない。


「いや、お前の話を聞いてそう強く思った。あの二人が生まれてこなければ、お前は幸せに暮らせたんだ、私と」
「そんなことはこれからも出来ますし、何より今も猊下といられて俺は幸せです!」
「……そうか」
「そうです!!」


 猊下がそこまで二人のことを毛嫌いしていたなんて思わなかった!そもそもあまり接点がないと思っていたし……。原作だとそもそも二部には登場しないキャラだもんな。そりゃ知らないに決まっている。


「二人を引き合わせるのは今度の任命式という事らしいが、もっと早くに会わせよう」
「え、そんなことしても意味が無いんじゃ……」
「いいや、出来る。お前がいれば絶対に」
「確かにそうですね」


 俺もこの容姿を彼らに見せれば一発で分かると思う。猊下と同じ考えなんて嬉しいな。

 そうなれば、多分リィンも納得してくれるはずだ。それがだめだった場合、本当に猊下が殺しに行きそうだし……。神様をどうやってという疑問があるが、猊下ならやってのけそうだ。


「あと、私に隠していることは何もないな?」
「無いです。全部話しました」
「なら良い。これからは、一人で解決しようとせずに私に話すんだ。分かったか?」
「はい猊下」
「あと、敬語と呼び方を変えて欲しい。そう呼ばれるのは好きじゃない」
「わかりま……。うん、分かったお兄ちゃん」


 俺がそう言うと猊下は軽く触れるキスをした。


「好きだ、ルド。ずっとずっと昔からお前だけを愛してる。これからも、永遠に」
「俺も、お兄ちゃんが好き。愛してる」


 俺は猊下に顔を寄せて自分からキスをした。
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