【本編完結済み】朝を待っている

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第二章

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 早朝とも呼べぬ時間に、けたたましく鳴る時計。
 そして疲労を引きずったまま起き、新聞配達や朝食を作り終えいつも通りの一日の始まりを終えた太一は、ハンガーに掛けていたブレザーを着ながら、よし。と顔を引き締め学校へと向かった。


 もう既に沢山の人で校舎の中は賑わっており、太一達一年の色であるえんじ、二年の緑、三年の青、と分けられたネクタイが人々の首を彩っている。
 女生徒の軽やかな笑い声や男子生徒の豪快な声が鞠のように弾み揺れる校舎のなか、太一だけ昨夜ないがしろにしたまま寝てしまった亮との問題をやはり腹の奥で燻らせ顔を曇らせていて、それでもあいつだって俺と魂の番いだなんてばれたくはないだろう。と思い直した太一は、とりあえず会わなければいいんだ。と思うことにし、教室へと入った。


 それから自分の席に着いた太一は、あいつ昨日居なかったよな。という視線をひしひしと感じていたが、我関せずといった表情で鞄から教科書を出していく。
 この高校に進学し卒業さえ出来ればそれでいいので、誰かと友達になるなど考えておらず、むしろその方がオメガだとバレにくくなるし好都合だ。と遠巻きに自分を見るくせ近寄ってはこない人達を無視し続けていたが、

「あ、お前!」

 なんて突然声を掛けられ、太一は顔をあげた。


「昨日亮と出ていった奴じゃん! 亮の友達?」

 そこにはあのチャラそうな男が立っていて、にこにこと人懐こそうな笑顔を向けられる。
 しかしその言葉に顔をしかめた太一は、友達じゃねぇよ。と腹のなかで悪態を吐き、「いや、べつに」と無愛想に返事をした。
 そんな、お前と話す気はありません。と言わんばかりの太一の態度に大体の奴は眉間に皺を寄せ去っていくのだが、けれどこの男はそんな態度を気にもしないのか、あろうことか笑うばかりで。

「俺、佐伯龍之介さえきりゅうのすけ。宜しく~」
「……」
「名前なんていうの?」

 少年のような無垢な瞳で覗き込まれ、しかもつっけんどんな態度をとったというのに居なくならない龍之介と名乗った男に動揺してしまった太一が、

「……さ、さかもと」

 と返せば、いや下の名前だろそこは。なんてまたしても笑われ、その弾けるような笑い声と顔につられた太一も小さく眉をさげ、たいち。と呟いた。

 そんな太一の小さな笑顔に満足気に笑った龍之介だったが、昨日一緒に教室に入ってきた男が今しがたやって来たのを見て、おはよーす! と声を掛ける。
 その声に手を小さく上げた男も近付いてきて、太一にもおはよう。と笑った。

「りゅうの友達?」
「うん。太一」
「へぇ~、俺林優吾はやしゆうご。宜しく」

 そう柔らかな笑顔で優吾と名乗った男は、優しそうなオーラが滲み出ている。
 その顔を見つめ、龍之介の先程の友達という発言に、いや友達じゃないんだけど。という突っ込みすら与えられなかった太一が困り顔のまま、小さく会釈をする。
 そんな太一などお構いなしに二人は他愛もない話をし始め、それを太一は状況が良く理解出来ない。と困惑の表情を浮かべるだけだった。


 そうして太一は事あるごとに龍之介と優吾に絡まれ、初めのうちは極力関わらないようにと避けていたのだが、それすら面白いと言わんばかりに絡んでくる二人にとうとう根負けをし、というより二人の馬鹿馬鹿しさに太一もつられて笑うようになり、いつしか三人で行動するようになっていった。

 入学してから、一ヶ月。
 気が付けば太一は久しぶりに、友達と呼べる人達が出来ていた。




 ***



 五月の晴れた空が、頭上に広がっている。
 その空の下、太一はさわさわと髪を揺らす風に目を閉じながら昼休みの屋上でごろりと寝転んでいた。


「たいち~、お待たせ~」

 そこに購買で熾烈なパン争奪戦に行っていた龍之介と優吾がやって来たので、太一が笑いながら、おせぇよ。と身を起こす。
 じゃんけんで負けた二人が昼飯の買い出しに行く。というルールがいつしか三人の間で出来上がっていて、この日勝利した太一は頼んでいたパンを今か今かと待ちわび、胡座をかいた。
 お金は勿論渡すが、わざわざもみくちゃにされながらパンを買わずに済むというルールは大変ありがたく、早く早く。と太一が手を広げ満面の笑みを浮かべたのだが、

「ごめん、太一から頼まれてたパン売り切れになってた~」

 なんて言われ、まじかよぉぉ! と太一はアスファルトの上を転がった。

 もう大分砕けた雰囲気の太一に、こんなに明るい子だったんだねぇと優吾が笑い、まぁ最初も変な奴で面白かったけどな。と龍之介も笑う。

 そんな二人の笑い声にむくりと起き上がり、いや俺の事はどうでもいい、パンくれ! と太一が悔しそうにし、まぁまぁまぁ、代わりのパン買ってきたから。と龍之介がチョココロネを差し出してくる。
 それを渋々受け取り袋を開けもしゃもしゃと食べ始めた太一の横に、二人も笑いながら座り込んだ。


「ていうか毎回思うんだけど、パンひとつだけで足りるの?」
「それな」

 バイトを二つしているとはいえ、薬代に学費に親戚の家に入れる分にと考えれば、お金なんてなく。
 節約する為に昼飯はパンひとつだけの太一だが、二人にそんな理由を話す事でもないと、少食だから。なんて嘘をついていて、またしても突っ込まれたがお得意のポーカーフェイスを発動させその質問を交わした。

「ひひんふぁよ(いいんだよ)」
「なんて?」
「ふぁふぁらぁ、ひょうひょふなんらって(だから、少食なんだって)」
「なんて?」

 貪るようにパンを食べ、モガモガと喋る太一に龍之介が突っ込み、優吾が笑う。
 そんな穏やかな空気が流れている屋上は未だ太一達しか居らず、しかし、遅いなぁ。と龍之介が扉を見たその時。ちょうど扉が開く音がした。




 
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