7 / 65
5. 『魔眼』、深紅の瞳
ヴィクトールは後宮にあるリリアーナの部屋を出た後、すぐに念話を発動した。 今回に限っては最も緊急で使う念話で連絡を取る。
慣れた手付きで魔法を発動し、宰相、三公爵の代表者、各騎士団の団長・副団長、医師マチルダの九人に同時に念話繋ぐと、一言召集の旨を告げて念話を切った。勿論、彼等に返答の余地はない。
『謁見の間へ来い、異論は認めぬ』
皇帝陛下の急な召集と、その明らかに機嫌の悪い声に、念話を受け取った全員が身体を強張らせた。
ヴィクトールは普段は落ち着いた性格である。
そのため他人に怒りを露にすることは多くない。
ここまで強制的に臣下を集めるとは、大きな問題が起こったのかもしれないと、皆が急いで謁見の間へと足を走らせた。
「陛下の御前、失礼致します!」
部屋の扉が開かれ、ヴィクトールが闇魔力を漂わせながら入室すると、皆、一斉に膝を折り最敬礼を取る。
ゆっくりと優雅に歩きながら、目の前を無言で通り過ぎたヴィクトールは乱雑に玉座に腰掛け脚を組み、傅く臣下達を鋭い眼差しで睨みつけると口を開いた。
「さて。今回の不始末、どうしてくれようか」
広い部屋は、ヴィクトールから漏れ出す闇の魔力も相まって重い空気に包まれたまま誰も何も話さない。
いや、実際には話さない、のではなく、話せないのだ。
そんな中、ヴィクトールはシャルロッテを見て片手をあげた。
「まず、シャルロッテ。 此度の件、お前がリリアーナの様子を直接告げてくれたからこそ、私が事前に対処できた。 褒美をやろう。 何か考えておくといい、」
シャルロッテは体の拘束が解けた事を確認してから、すぐに頭を更に深く下げた。
「勿体無いお言葉。 光栄に存じます。」
そして顔を上げ目の前のヴィクトールを見て、息を呑む。 シャルロッテがヴィクトールの真紅の瞳を見たのは初めてだったからだ。
『これが······ヴィクトール陛下の『魔眼』······』
シャルロッテはその引き込まれるような赤に思わず目を反らして俯いた。
この真紅の瞳こそが彼が”悪魔の落とし子”と言われる本当の理由である。
気分が昂ると変化するその赤い目は、代々皇帝になるものだけに受け継がれる『魔眼』。
【支配】により対象をコントロールする事ができるそれは、勿論、応用して大軍を支配し、壊滅させる事も可能だ。
それが、この皇国で生きる貴族達の間で代々受け継がれるように知られている事実であり、彼を軍神として国民が崇めるようになった理由。
『魔眼』なくして、過去幾多の戦場で皇国が犠牲なく勝つ事はなかっただろう。 そして、その能力を使い国を守ってきた彼を崇めるのは至極当然の事だ。
だが、勿論この『魔眼』にはデメリットも存在する。 多様しすぎると、体内の魔力暴走を起こし最悪自滅するのだ。
闇魔法に【支配】の『魔眼』というあまりに強大な能力は、下手をすれば自身の心身をも蝕むもので、それは初代皇帝により身をもって実証されていた。
それ以来、皇帝となる者は必ず魔力制御と『魔眼』の使用に関する教育を受けることになっており、ヴィクトールもその一環で魔法学園へと入学した。
だが、学び舎で学んできたその制御技術はこの日のヴィクトールには全く効果を示さなかったらしい。
彼の怒りのままに瞳は真紅へと変化し、目の前の臣下達を【支配】して動くことすら許容しないのだから。
そんなヴィクトールは唐突にその長い脚を優雅に組み変えながら口を開いた。
「さて、一人の女に、とでも思っているであろうお前たちに知らせてやろう」
頬を緩ませて不敵な笑みを浮かべ、途端、彼の濃い闇が部屋にゆっくりと、だが確実に充満していくのを感じシャルロッテは身体を震わせた。
未だに【支配】を受けているのかどうかは分からないが、誰も微動だにしないのを横目にシャルロッテは震える身体を抑えつける。
「まず、一つ。良い知らせだ。 シャルロッテの報告がなければ彼女はいなくなっていたかもしれない。 そうだな、あれは生きる気力を無くしていた。」
シャルロッテはその言葉にギリッと歯を嚙み締めた。 やはり、もう少し早くヴィクトールに報告していれば、こんな事にはならなかったのに、と後悔の念で胸がいっぱいになる。
「だが、あれは生きていた。 ──なあ、セドリック?」
玉座から不意に立ち上がったヴィクトールはゆっくりとセドリックの前まで脚を進めると傅く彼の前にしゃがみ込んだ。
「────おい、分かっているのだろうな?」
覗き込みながら、発せられたそのテノールにセドリックの額から汗が噴き出し、顎を伝ってポタポタと床を濡らす。 そして彼は必死で声を振り絞った。
「はっ······。」
「ああ、よいよい。 畏まるな。 そうだ、もう一つ、言うのを忘れていたな」
そしてヴィクトールは俯いたままのセドリックの肩をポンポンっと叩くと吐き捨てるように言葉を投げる。
「俺は、あれがいなくなれば皇帝を捨ててやろう」
その瞬間、部屋にいた全ての人間が息を呑んだ。
「陛下······。 此度の件、全責任は私、セドリックにございます。処分は如何様にも受けましょう。ですので、お怒りを、お鎮め下さい。何卒、、」
セドリックは頭を深く下げて床に押し付けた。
ヴィクトールが皇帝を捨て、この国から居なくなってしまえば、皇国はもう皇国ではなくなる。
これほどまでに国民、そして臣下の信頼厚い人間を失うなど、合っていい筈がない。
彼こそが、国の上に立つ人間であり、至高なのだ。
「······貴方こそ、王に相応しい······」
「私はそう思ってはいない。 ただ、お前達がそう仕立て上げているだけだ」
セドリックは猛省した。
事実、神殿でリリアーナに何が起ころうと彼にはどうでもよかった。 リリアーナも皇帝であるヴィクトールの御子を産むのに必要な母体、としか認識していなかったのだから。
「スチュワート、婚約者であるシルフィア嬢との『慣らし五夜』は明日から行え。 それが終わり次第、蜜月休暇を半月やろう。 その後はシルフィアをリリアーナの相談係として迅速に登城させよ」
ヴィクトールの言葉にスチュワートは顔を上げた。
完全に自分に火の粉が降りかかるとは思っていなかった彼は直ぐに拳を心臓に充てがうと頷く。
「······はっ。 陛下のお心のままに、」
「セドリック。 お前の考え方や価値観は理解しているが、それを周りに強要しようとするな。 一度頭を冷やすといい」
ヴィクトールは床に頭をつけたままひたすら反省しているセドリックを一瞥し、言葉を吐き捨てると部屋から足早に出ていった。
扉が閉まり、その【支配】と重々しい緊張感から解かれた面々は床に座り込む。 そして各々精神状態を安定させるため深呼吸をした。
長い間皆が呆然とそこに立ち尽くし、絶望感を滲ませる中、その重い空気を破ったのは皇国一緊張感ないこの男だった。
「······っふ、、ふぅっ。 あぁ、ヴィクトール様の怒り、、っ······僕、陛下がいなくなったら······無理だよぉ、どこまでも一緒に······ッ、」
顔面の下半分を覆うようにして立ち上がったリチャードの手からは血が滴り落ちている。
そんな彼の様子を見て、良くも悪くも皆が現実に引き戻され、溜め息をつきながら立ち上がった。
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。