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5. 『魔眼』、深紅の瞳

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 ヴィクトールは後宮にあるリリアーナの部屋を出た後、すぐに念話を発動した。 今回に限っては最も緊急で使う念話で連絡を取る。

 慣れた手付きで魔法を発動し、宰相、三公爵の代表者、各騎士団の団長・副団長、医師マチルダの九人に同時に念話繋ぐと、一言召集の旨を告げて念話を切った。勿論、彼等に返答の余地はない。


 『謁見の間へ来い、異論は認めぬ』


 皇帝陛下の急な召集と、その明らかに機嫌の悪い声に、念話を受け取った全員が身体を強張らせた。
 ヴィクトールは普段は落ち着いた性格である。
 そのため他人に怒りを露にすることは多くない。

 ここまで強制的に臣下を集めるとは、大きな問題が起こったのかもしれないと、皆が急いで謁見の間へと足を走らせた。


「陛下の御前、失礼致します!」


 部屋の扉が開かれ、ヴィクトールが闇魔力を漂わせながら入室すると、皆、一斉に膝を折り最敬礼を取る。

 ゆっくりと優雅に歩きながら、目の前を無言で通り過ぎたヴィクトールは乱雑に玉座に腰掛け脚を組み、傅く臣下達を鋭い眼差しで睨みつけると口を開いた。


「さて。今回の不始末、どうしてくれようか」


 広い部屋は、ヴィクトールから漏れ出す闇の魔力も相まって重い空気に包まれたまま誰も何も話さない。
 いや、実際には、のではなく、のだ。

 そんな中、ヴィクトールはシャルロッテを見て片手をあげた。


「まず、シャルロッテ。 此度の件、お前がリリアーナの様子を直接告げてくれたからこそ、私が事前に対処できた。 褒美をやろう。 何か考えておくといい、」

 シャルロッテは体の拘束が解けた事を確認してから、すぐに頭を更に深く下げた。

「勿体無いお言葉。 光栄に存じます。」

 そして顔を上げ目の前のヴィクトールを見て、息を呑む。 シャルロッテがヴィクトールの真紅の瞳を見たのは初めてだったからだ。

『これが······ヴィクトール陛下の『魔眼』······』
 シャルロッテはその引き込まれるような赤に思わず目を反らして俯いた。



 この真紅の瞳こそがヴィクトールが”悪魔の落とし子”と言われる本当の理由である。
 気分が昂ると変化するその赤い目は、代々皇帝になるものだけに受け継がれる『魔眼』。

 【支配ドミネート】により対象をコントロールする事ができるそれは、勿論、応用して大軍を支配し、壊滅させる事も可能だ。
 それが、この皇国で生きる貴族達の間で代々受け継がれるように知られている事実であり、彼を軍神として国民が崇めるようになった理由。


 『魔眼』なくして、過去幾多の戦場で皇国が犠牲なく勝つ事はなかっただろう。 そして、その能力を使い国を守ってきた彼を崇めるのは至極当然の事だ。
 
 だが、勿論この『魔眼』にはデメリットも存在する。 多様しすぎると、体内の魔力暴走を起こし最悪自滅するのだ。

 闇魔法に【支配ドミネート】の『魔眼』というあまりに強大な能力は、下手をすれば自身の心身をも蝕むもので、それは初代皇帝により身をもって実証されていた。

 それ以来、皇帝となる者は必ず魔力制御と『魔眼』の使用に関する教育を受けることになっており、ヴィクトールもその一環で魔法学園へと入学した。



 だが、学び舎で学んできたその制御技術はこの日のヴィクトールには全く効果を示さなかったらしい。
 彼の怒りのままに瞳は真紅へと変化し、目の前の臣下達を【支配】して動くことすら許容しないのだから。

 そんなヴィクトールは唐突にその長い脚を優雅に組み変えながら口を開いた。


「さて、一人の女に、とでも思っているであろうお前たちに知らせてやろう」


 頬を緩ませて不敵な笑みを浮かべ、途端、彼の濃い闇が部屋にゆっくりと、だが確実に充満していくのを感じシャルロッテは身体を震わせた。

 未だに【支配】を受けているのかどうかは分からないが、誰も微動だにしないのを横目にシャルロッテは震える身体を抑えつける。


「まず、一つ。良い知らせだ。 シャルロッテの報告がなければ彼女はいなくなっていたかもしれない。 そうだな、あれは生きる気力を無くしていた。」


 シャルロッテはその言葉にギリッと歯を嚙み締めた。 やはり、もう少し早くヴィクトールに報告していれば、こんな事にはならなかったのに、と後悔の念で胸がいっぱいになる。


「だが、あれは生きていた。 ──なあ、セドリック?」


 玉座から不意に立ち上がったヴィクトールはゆっくりとセドリックの前まで脚を進めると傅く彼の前にしゃがみ込んだ。


「────おい、分かっているのだろうな?」


 覗き込みながら、発せられたそのテノールにセドリックの額から汗が噴き出し、顎を伝ってポタポタと床を濡らす。 そして彼は必死で声を振り絞った。

「はっ······。」

「ああ、よいよい。 畏まるな。 そうだ、もう一つ、言うのを忘れていたな」


 そしてヴィクトールは俯いたままのセドリックの肩をポンポンっと叩くと吐き捨てるように言葉を投げる。


「俺は、あれがいなくなれば皇帝を捨ててやろう」



 その瞬間、部屋にいた全ての人間が息を呑んだ。

「陛下······。 此度の件、全責任は私、セドリックにございます。処分は如何様にも受けましょう。ですので、お怒りを、お鎮め下さい。何卒、、」


 セドリックは頭を深く下げて床に押し付けた。
 ヴィクトールが皇帝を捨て、この国から居なくなってしまえば、皇国はもう皇国ではなくなる。
 これほどまでに国民、そして臣下の信頼厚い人間を失うなど、合っていい筈がない。
 彼こそが、国の上に立つ人間であり、至高なのだ。


「······貴方こそ、王に相応しい······」

「私はそう思ってはいない。 ただ、お前達がそう仕立て上げているだけだ」


 セドリックは猛省した。
 事実、神殿でリリアーナに何が起ころうと彼にはどうでもよかった。 リリアーナも皇帝であるヴィクトールの御子を産むのに必要な母体、としか認識していなかったのだから。


「スチュワート、婚約者であるシルフィア嬢との『慣らし五夜』は明日から行え。 それが終わり次第、蜜月休暇を半月やろう。 その後はシルフィアをリリアーナの相談係として迅速に登城させよ」


 ヴィクトールの言葉にスチュワートは顔を上げた。
 完全に自分に火の粉が降りかかるとは思っていなかった彼は直ぐに拳を心臓に充てがうと頷く。


「······はっ。 陛下のお心のままに、」


「セドリック。 お前の考え方や価値観は理解しているが、それを周りに強要しようとするな。 一度頭を冷やすといい」


 ヴィクトールは床に頭をつけたままひたすら反省しているセドリックを一瞥し、言葉を吐き捨てると部屋から足早に出ていった。


 扉が閉まり、その【支配】と重々しい緊張感から解かれた面々は床に座り込む。 そして各々精神状態を安定させるため深呼吸をした。

 長い間皆が呆然とそこに立ち尽くし、絶望感を滲ませる中、その重い空気を破ったのは皇国一緊張感ないこの男だった。



「······っふ、、ふぅっ。 あぁ、ヴィクトール様の怒り、、っ······僕、陛下がいなくなったら······無理だよぉ、どこまでも一緒に······ッ、」



 顔面の下半分を覆うようにして立ち上がったリチャードの手からは血が滴り落ちている。

 そんな彼の様子を見て、良くも悪くも皆が現実に引き戻され、溜め息をつきながら立ち上がった。
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