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致し方なし。

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げ。

「ど、どういうことですか、だって、あれは…!!」
「…あぁ、やっぱりそうだった?似てるなぁとは思ったんだけどさぁ…」
主任に連れられ、物陰に隠れてこっそりのぞき見た中塚女史の後ろ姿。
その肩に乗っているのは、まさかの。
「白狐…!?」
「…だよねぇ、やっぱり。
気のせいとか、いろいろ考えたんだけど、やっぱり見てもらったほうが早いかと思って…」
主任自身どうしたらいいかわからないらしく、ちょっと戸惑っているようだ。
取り憑かれている中塚女史には自覚もないらしく、本人に直接伝えることもはばかられると。
まぁ、そりゃそうだろう。
君、るよ、なんて気軽に言えやしない。
というか、主任はまだ幽霊が見えたのか。
一体いつまでその力が続くのかも正直謎だが――――。
「なんで白狐が中塚女史に…?」
「俺達のことを追いかけてきたってことかねぇ…」
だとしたら自分のせいだと真剣に考えているらしい主任。
その肩にぽんと手を置き、一言。
「―――――摘みだしましょう」
「…は?」
「竜児にできて私にできないはずがないっ。ぐっとしってきゅっとしてぽいっと!!」
擬音だらけの謎の言葉を残して「中塚先ぱーーーーーい!!」と駆けてゆく高瀬。
「おいおい…」
そして。
「肩に蜘蛛がついてました――――!!」
ひょいっと、その真っ白な首根っこをつまみ上げ。
「あら、ありがとう」
なにも知らぬまま微笑む中塚女史の視界に入らないように、背中側に、ぽいっとな。
『キャンキャン!!!』
一昨日同じ鳴き声を聞いたような気がするが、気のせい気のせい。
というか、いつの間にかいなくなったと思ったらまさか中塚女史にとり憑くとは。
なんて見所のある…じゃなくて不届き千万な。
――――なぜ部長ムツゴロウを選ばなかった!?
チッ、と密かに舌打ちすれば、背後の主任が目を丸くしている。
大丈夫、前回の竜児の扱いに比べればこれでも充分丁寧だ。
というか、本当にいつまで居座る気だろう?
中塚女史に復帰の挨拶を告げて、2,3の世間話をしたあと、再びこそっと物陰に隠れたままの主任のもとにしゃがみこむ。
「主任、私、今日初めて部長の気持ちがわかった気がします」
「…?」
「ムツゴロウはつらいよ」
「――――及川くん、上手くまとめようとしない」
おじさんそういうの感心しないよ、と眉間に皺を寄せる主任。
だが、おじさんと言われていま頭に浮かぶのはむしろ、浅草に現れるバナナ売り。
結構毛だらけ猫灰だらけ。
部長の背中は霊だらけ。
――ーうむ。
うまくいった、と一人で満足していた高瀬だが、気づけばポイ捨てしたはずの白狐が、再び赤い目をしてこちらを見つめている。
なんだかしつこそうなので、一応、前回の出来事を主任にもざっと説明。
「…え?一度及川くんのところに行ったの?それを例の彼が窓から投げ捨てたって…」
すごいね彼、と素で驚いているが、気にして欲しいのはそこじゃない。
「…もしかして、家だと邪魔をされると思って会社で待ち構えていたってことですかね…?」
――――答えはないが、今のこの状況を見る限り恐らくそれが正解だ。
「なんてはた迷惑な」
「…どうするつもり?」
「どうするもなにも……あ、主任そっち行きましたよ」
「え!?…ちょ…うわっ!いま尻尾踏んだぞ…!?」
『キャンッ!』
べしっ。
「…あーあ。主任のせいですからね…」
「え、俺!?」
主任に尻尾を踏まれた白狐、勢い余って顔から床にダイブし、昏倒。
一昨日に続いて続いて2度目だ。
力を失っているとは言え、少々情けない有様。
踏まれたせいで、せっかくの白い体毛が少し薄汚れて見えるのが一層哀れだ。
「しかたない」
ここまで行くとなんだか動物虐待をしているようで後味が悪い。
高瀬は完全に沈黙した白狐を再びつまみ上げると、その鼻先をピン、っとつま先で弾く。
「悪さしないと誓えます?」
『キャンキャン!』
「中塚女史に悪さをしようとする男は全て排除してよし。
しっかり見定めるように。それから……」
『キャ…キャン…??』
媚びるような声音で鳴く白狐。
「私の友人知人会社の関係者、そのどれか一つにでも手を出したら、消滅させて今度こそ本気で毛皮のマフラーにするから」
にこりとも笑わず真剣な顔で釘を刺した高瀬。
高瀬ならそれができると身を持って知っている白狐は、更にサイズが一回り小さくなったかのようにぶるぶると震えている。
「及川くん、君……」
ちょっとひどいんじゃないの、とでも言いたげな主任だが、これは当然の対応だ。
「この間言ったじゃないですか。舐められたらおしまいだって」
動物との付き合いは、まずは自分がボスだと認めさせることが大切だ。
しかもコイツはただの愛玩動物ではない。
飼い主に牙をむくこともありうる、危険な野生動物だ。
呪いという名の”感染症”まで所持している。
「それに昨日、竜児にもさんざん釘を刺されて…」
恐らくまたどこかで現れるだろうから、決して甘い顔は見せるなと忠告されていた。
まさか会社で待ち構えているとは思わなかったが…。
「……これら全部守るなら、中塚女史の側に付いてていいですよ」
『キャンッツ!!』
「え?中塚君に憑けっぱなしにすんの?」
マジで?と問いかけられ、「マジです」と頷く。
「最近物騒じゃないですか、色々と。この間も通り魔事件があったみたいですし…」
「あぁ、そういえば今朝の新聞に出てたみたいだね」
この会社の通勤範囲内で起こった通り魔事件。
自転車に乗った若い男が、帰宅途中のOLなどを狙って突然ナイフで切りつけてくるという――――。
「念の為に、今だけ中塚女史を守ってもらいましょう」
その為に、少しだけ霊力を分け与えてやる。
白狐の目的もそこだろう。
私の知人にとり憑く事で、私からの恩恵に預かりたいという思惑だ。
あけすけだが、まぁいい。
どうせ気が済めば勝手にいなくなる。
「部長にはアレク君がいるし、主任は……平気そうだし」
私にはハムちゃんがいる。
「ねぇ、今なんでひと目で俺は平気と判断したの?」
「……気配的な?」
通り魔だって人は選ぶと思う。
「それに主任は車で通勤してるじゃないですか」
それなら通り魔の心配はない。
「確かにその通りなんだけどさぁ…」
「…白狐、欲しいんですか?」
やけに食い下がる主任の目の前に、ぶらんと白狐を吊るす高瀬。
「くれるの?」
おもちゃみたいに瞳を輝かせた主任だが、白狐の方がぶるぶると首を振っている。
そして、高瀬と中塚女史を交互に視線で往復し、『きゅぅ~ん』と一鳴き。
「なんか、女性がいいみたいですよ」
行動からして、多分。
「え~つまらないなぁ」
「まぁ、元々狐は女性に憑くっていいますからね…」
中塚女史を狐憑きにさせるわけには行かないが、これはあくまで臨時的な措置だ。
手を離してやり、狐が中塚女史の元へ戻るのを見送る。
「そういえば、狐って猫みたいな声で鳴くんですね。きゅ~ん、とか」
てっきりコンコンと鳴くと思っていたら、全然違う。
「あぁ、それ?実は俺も調べたんだけど、日本の絵本なんかで狐が「コン」って鳴くのは、縁起担ぎが一つの理由みたいだね」
「縁起担ぎ?」
「そう。元々狐は稲荷、つまり稲作の神様として祀られてたからね。
その鳴き声が「こん」――転じて「来ん」っていうのは縁起がいいって話。
まぁ、繁殖期の求婚中の個体なんかは似たような声を出して鳴くらしいけど…」
「へぇ…」
そうだったのか、と素直に感心する高瀬。
「今時ネットで調べれば情報はいくらでも出てくるからね」
「まぁ確かに」
――――だからこそ時に厄介、とも言えるのだが。

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