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姫君のひみつ 四

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 暗闇を密かに辿る習慣も一年二年と過ぎて行き。

 彩姫は無事、十歳を超えられたのでございます。

 ある日のこと。

 いつものようにソロリソロリと闇から闇へ、影から影へと伝い歩いていた彩姫。

 素早く明るい場所を通り抜けて階段を降りようとしたところ、突然出てきた何かにぶつかりました。

「あっ」
「アッ」

 彩姫が声を上げると相手も上げる。

 ふたつの声は絡まりながら、階段を転げて落ちていきました。

 それはいつもの地下に辿り着くまでの、一瞬の出来事。

「痛ぁーい」

 うめくように声を上げた彩姫でしたが、自分に何が起こったのか分かりませんでした。

「イテェ~」

 別のうめきが近くから上がって、ようやく誰か別の人間が居たのだということに気付くのでした。

「大丈夫?」

 彩姫が声をかけると、転がっていた小さな影がムクリと起き上がりました。

「大丈夫。オレ丈夫だから。そっちこそ大丈夫か?」

 チロリチロリと揺れる光に浮かび上がったのは、姫君と同じ年頃の男の子でした。

「ダメじゃないか。突然飛び出してくるなんて」

 みすぼらしい格好をした男の子は、ニカッと笑って手を伸ばしてきました。

 心細いほど曖昧な光の下でも分かるほど、邪気なく生命力に溢れた笑顔。

 彩姫は、子供らしい笑顔、男の子らしい笑顔を初めて見ました。

「暗いんだから。イノシシみたいに突進してきたら避けられねぇよ。ほら、手を貸すから起きな」

 姫君は、差し出された汚れていて小さな手の温かさと力強さに、心惹かれました。

「ありがとう」
「どういたしまして。気を付けなよ。怪我したら大変だ」

 ヘヘッと笑いながら去っていく後姿を、彩姫はポワンとして見送りました。

 その変化は、彩姫の祖母にもすぐに分かるものでした。

「何かあったかい?」
「いいえ。いいえ」

 問いかけに否定を返しながら頬を染める彩姫を見て、おばあさまは理解しました。

「恋をしたのだね」
「そんな……違います」

 彩姫は否定したものの。それは後日、誰の目にも明らかとなるのです。
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