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1.私にだけ無愛想
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レイモンド・ベイツと私は子どもの頃からよく顔を合わせていた。
私、グレースの母であるエイヴリー侯爵夫人や、レイモンドの母親のベイツ公爵夫人が主催する茶会には必ずと言っていいほど互いに連れられてきていたし、その他誰かの夕食会だの両家の食事会だの、しょっちゅう顔を合わせる何だかんだとよく見知った仲だった。
同い年で可愛い顔をしていたレイモンドと、私は当初仲良くなりたいと思っていたのだが、レイモンドの方は冷めたものだった。
親同士が挨拶しあっている時、隣に連れられている私とレイモンドの目が合う。出会った頃は、互いに5歳。私はすかさずニコリと微笑むけれど、向こうはジーッと私の顔を見た後、ツーンと明後日の方を向いてしまう。
(……何よ。感じ悪いわねぇ)
幼い私は面白くなかった。
だけどまだまだ無邪気な子どもだった私は彼からそんな対応をされていたことなどすっかり忘れて、数ヶ月経って次に会う時にはまた同じように愛想を振りまいていた。
「ねーぇ、私もあなたのことをレイって呼んでもいーい?あなたのおかあさまたちみたいに!」
「……べつに」
“べつに”の意味を前向きにとらえた私は、その頃から彼のことを気安くレイ、と呼ぶようになった。…でもよくよく思い返せば、この頃向こうから私の名前を呼ばれたことさえなかったわね…。
そんなかんじで会うたびに仲良くなろうとグイグイいく私と、いつまで経っても無愛想でツーンとしているレイモンドの二人は、特別親しくなることもないままに貴族学園に入学する16歳になったのだった。その頃までにはさすがの私も「あ、これは嫌われているな」と察するようになり、顔を合わせてももう積極的に彼に話しかけることもしなくなっていた。ただ成長とともに親の前では礼儀正しく互いに挨拶を交わしていた程度だった。
そしてフィアベリー王立学園の入学式前日の夜。
私は父からその事実を聞かされたのだった。
「グレース、ついにお前の婚約が決まってしまったよ…。お相手はベイツ公爵令息だ。…公爵は、二人が卒業次第すぐにでも結婚をと仰っている」
「……。……さようでございますか。分かりました」
兄や姉とは年齢がかなり離れている私は、両親がだいぶ歳をとってから出来た子どもだ。だからなのか、両親から、特に父からはそれはそれはもう可愛がられ、甘やかされて育った。16歳になった今でも父は私を見つけるたびにおぉ~私の可愛いグレースや~!とかなんとか言いながら抱きしめてくるぐらいだ。可哀相だから決して口には出さないが、正直わりと鬱陶しい……時がある。
そんな娘溺愛父がはぁ…、はぁ…、寂しいなぁ…、と何度も溜息をついている前で、私は冷静を装いつつも心の中では盛大に「うげーーーっ」と思っていた。曲がりなりにもエイヴリー侯爵家の令嬢として決して露骨に表に出すわけにはいかないけれど。
(やっぱりあいつかぁ~…。最悪だわ…。だってあいつ、明らかに私のこと嫌ってるじゃないの…。こりゃ人生お先真っ暗ね。あーあ。結婚したら何か自分なりの楽しみを見つけて気を紛らわしながらやっていくしかないわ…)
などと思ってげんなりした。
そんな私の心情などつゆ知らず、父は
「あぁ…、グレースは明日から全寮制の学園に入学する…。そして卒業したらすぐに結婚…。つまり……、お、お前……、お前はもう、こっ……この屋敷で暮らすことは、ほぼないということだな……」
などと言いながら目を真っ赤にしている。
「…まだまだ先は長いですわ、お父様。全寮制といっても長期休みごとには帰ってくるわけですし、結婚は卒業後なのだから3年後ということでしょう?そんなに落ち込まないで」
「…ああ…。……ああ、そうだな。……そうだよな、グレース……。…………う゛ぅっ」
「…………。」
入学式の日。彼は新入生たちの中で一際目立っていた。
明るい栗色の髪はゆるやかに波打ち、金色の瞳は妖艶に輝き色気がある。不遜な笑みを浮かべるのは癖なのだろうか、四六時中彼の自信満々っぷりが表情に表れていた。整った顔面、スラリと高い身長。頭が小さくて均整の取れた等身、……要するにレイモンド・ベイツ公爵令息はすさまじくイケメンに成長していたのだった。
たくさんのご令嬢がレイにうっとりと見とれていた。そして当のレイはそんなご令嬢方にたっぷりと愛想を振りまきつつも、近くにいる私には見向きもしない。
(…なんだ。あいつが無愛想なのは私に対してだけ、なのね)
ものすごく面白くないような、がっかりしたような。入学初日から何とも嫌な気持ちになってしまった。
入学式が粛々と進んでいく中、在校生代表の挨拶が始まった。静かだった会場は、その方が壇上に姿を現した途端きゃぁっ…と小さなざわめきに包まれる。
(わぉ!オリバー王太子殿下だわ!はぁ~相変わらず素敵ねぇ…)
2学年上の王子様。オリバー・フィアベリー王太子殿下。試験では常に首席と言われているほどに成績優秀なオリバー殿下は金髪碧眼の美男子で、ご令嬢たちの憧れの的だった。レイがいかにも男っぽい妖艶な色気を醸し出しているのに比べて、オリバー殿下はどちらかと言えば中世的で柔らかな印象のイケメンだ。
「皆さん、入学おめでとう。このフィアベリー王立学園は貴族の子女のための由緒正しき学園です。ここで学ぶ立場にある僕たちは皆、学園の中では平等な存在。家のしがらみや立場などに臆することなく、共に励まし合い切磋琢磨しながら互いに高め合っていこう」
(うーーん素敵~。さすがは王太子殿下。爽やかで美しい笑顔に優等生そのものの祝辞がまた…、…ん?)
皆に交じってオリバー殿下に拍手を送っていると、斜め前方辺りに座っていたレイが振り向いてこちらを見ていることに気付いた。だけど私と目があうと、フイッと視線を逸らしてまた前を向いてしまった。
(……何なのよ)
私、グレースの母であるエイヴリー侯爵夫人や、レイモンドの母親のベイツ公爵夫人が主催する茶会には必ずと言っていいほど互いに連れられてきていたし、その他誰かの夕食会だの両家の食事会だの、しょっちゅう顔を合わせる何だかんだとよく見知った仲だった。
同い年で可愛い顔をしていたレイモンドと、私は当初仲良くなりたいと思っていたのだが、レイモンドの方は冷めたものだった。
親同士が挨拶しあっている時、隣に連れられている私とレイモンドの目が合う。出会った頃は、互いに5歳。私はすかさずニコリと微笑むけれど、向こうはジーッと私の顔を見た後、ツーンと明後日の方を向いてしまう。
(……何よ。感じ悪いわねぇ)
幼い私は面白くなかった。
だけどまだまだ無邪気な子どもだった私は彼からそんな対応をされていたことなどすっかり忘れて、数ヶ月経って次に会う時にはまた同じように愛想を振りまいていた。
「ねーぇ、私もあなたのことをレイって呼んでもいーい?あなたのおかあさまたちみたいに!」
「……べつに」
“べつに”の意味を前向きにとらえた私は、その頃から彼のことを気安くレイ、と呼ぶようになった。…でもよくよく思い返せば、この頃向こうから私の名前を呼ばれたことさえなかったわね…。
そんなかんじで会うたびに仲良くなろうとグイグイいく私と、いつまで経っても無愛想でツーンとしているレイモンドの二人は、特別親しくなることもないままに貴族学園に入学する16歳になったのだった。その頃までにはさすがの私も「あ、これは嫌われているな」と察するようになり、顔を合わせてももう積極的に彼に話しかけることもしなくなっていた。ただ成長とともに親の前では礼儀正しく互いに挨拶を交わしていた程度だった。
そしてフィアベリー王立学園の入学式前日の夜。
私は父からその事実を聞かされたのだった。
「グレース、ついにお前の婚約が決まってしまったよ…。お相手はベイツ公爵令息だ。…公爵は、二人が卒業次第すぐにでも結婚をと仰っている」
「……。……さようでございますか。分かりました」
兄や姉とは年齢がかなり離れている私は、両親がだいぶ歳をとってから出来た子どもだ。だからなのか、両親から、特に父からはそれはそれはもう可愛がられ、甘やかされて育った。16歳になった今でも父は私を見つけるたびにおぉ~私の可愛いグレースや~!とかなんとか言いながら抱きしめてくるぐらいだ。可哀相だから決して口には出さないが、正直わりと鬱陶しい……時がある。
そんな娘溺愛父がはぁ…、はぁ…、寂しいなぁ…、と何度も溜息をついている前で、私は冷静を装いつつも心の中では盛大に「うげーーーっ」と思っていた。曲がりなりにもエイヴリー侯爵家の令嬢として決して露骨に表に出すわけにはいかないけれど。
(やっぱりあいつかぁ~…。最悪だわ…。だってあいつ、明らかに私のこと嫌ってるじゃないの…。こりゃ人生お先真っ暗ね。あーあ。結婚したら何か自分なりの楽しみを見つけて気を紛らわしながらやっていくしかないわ…)
などと思ってげんなりした。
そんな私の心情などつゆ知らず、父は
「あぁ…、グレースは明日から全寮制の学園に入学する…。そして卒業したらすぐに結婚…。つまり……、お、お前……、お前はもう、こっ……この屋敷で暮らすことは、ほぼないということだな……」
などと言いながら目を真っ赤にしている。
「…まだまだ先は長いですわ、お父様。全寮制といっても長期休みごとには帰ってくるわけですし、結婚は卒業後なのだから3年後ということでしょう?そんなに落ち込まないで」
「…ああ…。……ああ、そうだな。……そうだよな、グレース……。…………う゛ぅっ」
「…………。」
入学式の日。彼は新入生たちの中で一際目立っていた。
明るい栗色の髪はゆるやかに波打ち、金色の瞳は妖艶に輝き色気がある。不遜な笑みを浮かべるのは癖なのだろうか、四六時中彼の自信満々っぷりが表情に表れていた。整った顔面、スラリと高い身長。頭が小さくて均整の取れた等身、……要するにレイモンド・ベイツ公爵令息はすさまじくイケメンに成長していたのだった。
たくさんのご令嬢がレイにうっとりと見とれていた。そして当のレイはそんなご令嬢方にたっぷりと愛想を振りまきつつも、近くにいる私には見向きもしない。
(…なんだ。あいつが無愛想なのは私に対してだけ、なのね)
ものすごく面白くないような、がっかりしたような。入学初日から何とも嫌な気持ちになってしまった。
入学式が粛々と進んでいく中、在校生代表の挨拶が始まった。静かだった会場は、その方が壇上に姿を現した途端きゃぁっ…と小さなざわめきに包まれる。
(わぉ!オリバー王太子殿下だわ!はぁ~相変わらず素敵ねぇ…)
2学年上の王子様。オリバー・フィアベリー王太子殿下。試験では常に首席と言われているほどに成績優秀なオリバー殿下は金髪碧眼の美男子で、ご令嬢たちの憧れの的だった。レイがいかにも男っぽい妖艶な色気を醸し出しているのに比べて、オリバー殿下はどちらかと言えば中世的で柔らかな印象のイケメンだ。
「皆さん、入学おめでとう。このフィアベリー王立学園は貴族の子女のための由緒正しき学園です。ここで学ぶ立場にある僕たちは皆、学園の中では平等な存在。家のしがらみや立場などに臆することなく、共に励まし合い切磋琢磨しながら互いに高め合っていこう」
(うーーん素敵~。さすがは王太子殿下。爽やかで美しい笑顔に優等生そのものの祝辞がまた…、…ん?)
皆に交じってオリバー殿下に拍手を送っていると、斜め前方辺りに座っていたレイが振り向いてこちらを見ていることに気付いた。だけど私と目があうと、フイッと視線を逸らしてまた前を向いてしまった。
(……何なのよ)
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