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9.アルバンジャン侯爵夫人
しおりを挟む王城で暮らすようになって、一か月が経った。わたしはかなり体重が増えて、明らかに‘肉’と呼べる存在がついていた。確実に女性らしさを手に入れている一方で、ヴェル様の「女嫌いセンサー」に引っ掛からないかドキドキしている。でもわたしの予想と違って、ヴェル様はわたしが肉をつければつけるほど「また肉がついたな」と頬を綻ばせているので、案外肉付きの良さと女性嫌いは関係ないのかもしれない。
心と体を心配して、一か月も静養の期間をいただいてしまった。
契約結婚は仕事も同然。
わたしはもう18歳で子どもではないのだから、きっちり務めを果たしてヴェル様に恩返しする必要がある。
今日はアルバンジャン侯爵家に行く予定だ。アルバンジャン侯爵は第三王妃様の弟君だから、ヴェル様から見れば叔父にあたる人だ。本日は不在とのことで、わたしが今日挨拶をしないといけないのはアルバンジャン侯爵夫人となる。ヴェル様の妻としてわたしが王城で暮らすのは決まっているのだけれど、結婚をする前に侯爵家の養女として三か月ほどお世話になり、王子妃教育を受ける予定だ。
本当は養女として生活するのも王子妃教育も、最低一年は必要だと侯爵夫人から言われたらしいけれど、ヴェル様いわく、
『夫人は頭もいいし淑女として完璧で、俺とフェリスの結婚も一応賛成してくれている素晴らしい女性だが、いかんせん人当たりがキツい難癖のある人物だ。フェリスが神経をすり減らす可能性があるから、期間は短くしてもらった。結婚を発表してからは王城で家庭教師を呼んで王子妃教育を受ければいい』
とのこと。
その様子を見ていたスザクさんに『坊ちゃんはフェリスお嬢様の傍を離れたくないのですよ』と耳打ちされたけれど、本当なのかは聞いてみないと分からない。
とにかく、頑張らないと。
「お初にお目にかかります、フェリスにございます」
淑女の一礼をすると、アルバンジャン侯爵夫人が小さく息を飲む声が聞こえた。面をあげてもいい許可を得ると、扇を広げて口もとを隠していた侯爵夫人が、わたしの足先から頭の上までじっくりと眺めていた。
夫人はとてもお綺麗な人だ。
もう五十代らしいけれど、背筋がしっかり伸びていて身長も高いから迫力がある。
「虐待を受け、ろくに夜会に出席したこともない子爵令嬢という話だから、きっと礼儀もままならない赤子が来るのだと予想しておりましたが……」
扇を外し、夫人はにっこりと微笑む。
「なんと、すでに基礎はあるようですね」
「ありがとうございます。礼儀には厳しい親だったもので……」
「そうだったの。それになんと可愛らしいのかしら」
「か、可愛い……?」
「栗色の髪に栗色の目、それにこのほっぺた、まるでリスみたい。ああ、なんと可愛いのかしら。うちの娘たちにもこれくらいの慎ましさと可愛らしさがあればいいのに」
「ありがとうございます……?」
初対面から好感触過ぎて、ちょっと戸惑ってしまう。
ヴェル様によると、侯爵夫人はかなり好き嫌いの激しい人らしく、第一印象が悪いとその後挽回するのにかなり苦労するらしい。ヴェル様は第一印象が悪かったらしく、関係修復に三年以上かかったのだとか。
「フェリス」
「はい」
「あなたの事情は知っています。家族のこと、そして婚約者のこと。しかしそれは、ヴェルトアーバインがなんとかするでしょう。あの子はとても我が強くて、一度決めたら曲げないタイプですから」
夫人は真剣な眼差しでわたしを見ている。
「なので、あなたが出来ることは一つ。ここで、わたくしのもとで、王子妃とはなんたるやを学ぶこと。わたくしが教えるからには、どんな相手でも立派な王子妃に育て上げてみせますが、それでも本人の覚悟がなければ無駄なこと。あなたは血反吐を吐くくらいの努力をする覚悟がありますか?」
「あります」
ヴェル様は二度もわたしを救ってくれた。
絶対にその恩を返したい。
「…………ふふっ、良い顔だわ」
「?」
「子爵家だからと甘く見ていたわたくしを許してちょうだいね」
────こうして、わたしの侯爵家での生活が始まった。
夫人はとても厳しい人だったけれど、わたしのことを『とても筋があるわ。そこらの貴族令嬢にも見習ってほしいくらいね』とことあるごとに褒めてくれた。
茶会のホストの努め方、王子妃としての心構え、上流貴族特有の話し方や考え方、魔法に歴史に諸外国の言葉にいたるまで。
三ヶ月間みっちり鍛え上げられた。
疲れてフラフラになって、死んだように部屋で眠ることもあったけれど、わたしが実家にいたときとは違う。あのときは「やらないと父にぶたれる」という受動的な考えで、毎日毎日がむしゃらに頑張っていた。
今回は、自分のため、なによりヴェル様のために、王子妃教育を頑張っている。
おかげで、昔よりも強くなれた気がした。
例えいま、父に「戻って来てくれ」と言われても、「嫌です」と言えるくらいには──
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