龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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僕とダリルが見たものは?!

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「姫様~、姫様~」

外からマグノリアの婆やの声がした。

マグノリアを見ると、まだ悠長に茶を飲んでいる。

「君の婆や、呼んでるよ?」

聞こえてない訳では無いだろうけど、
彼女はこんな時でも自分のペースを崩さない。

「早く此処にいると教えてあげないと、
婆や行っちゃうよ?

年寄りはもっと労わらないと」

そう言うと、マグノリアは
持っていたカップをテーブルに置き、
窓を全開にすると、

「婆や! ここよ!」

そう言って婆やに大きく手を振った。

「姫様! 又、アーウィン様のお部屋に!

まさかアーウィン様と二人きりと言う事は
御座いませんでしょうね!」

マグノリアの婆やも未だ未だ元気だ。

僕も窓から顔を出すと、

「シギ様、私も一緒にお邪魔しております」

そう言って挨拶をした。

婚約者のいる姫君が婚約者以外の殿方の部屋に
2人きりでいるのは見聞が悪い。

それもマグノリアはこの国の皇太子である
僕の婚約者だ。

一先ずは僕も一緒にいると言う所を見せておいた方が
聞こえは良いだろう。

「まあまあ、殿下!

家の姫様が飛んだご迷惑をお掛けしております。

姫様はまだ今日の妃教育を終えられておりません。

おこちらに降りてくる様、
殿下からも仰って下さい!」

僕はシギに手を振ると、
マグノリアの方を振り返った。

しかしそこに居たのはアーウィンだけだった。

「あれ? マグノリアは?」

僕が尋ねると、アーウィンは

「彼女、ジェイドがシギ様と話してる隙に
逃げちゃったよ?」

そう言って肩を窄めた。

僕は外の方を振り返り、

「シギ様、御免なさい!

逃げられました!」

そう言って謝ると、

「ま~た姫様は!

ジェイド殿下、私は此処で失礼致します。」

そう言ってスカートの裾を掴み上げると、
彼女は大きな体を揺らしながら、
エッチラオッチラと妃の棟へと向けて歩き出した。

「マグノリアの婆やも難儀なもんだね~」

そう言いながら、他人事のようにアーウィンは
今までマグノリアが使っていたカップを片し始めた。

最近マグノリアは良く教育の場を抜け出して来ているようだ。

基本的にお妃教育はほとんど終えていると聞いた。

5年もお妃教育を受けていればそうかもしれない。

自国では物心着いた時からお妃教育を受けていたと言っていた。

それは僕達は生まれた時から既に婚約の約束が
交わされていたからだ。

その事はマグノリアのお妃教育がここで始まるまで、
微塵も知らなかった。

彼女は普段、羽目をはずたりはしているけど、
割と優秀らしい。

教養も礼儀作法もダンスもその場が違うと
彼女は

”王女”

そのそのものだ。

政治に関しては奇抜的だけど、
好奇心も旺盛だし、度胸もある。

彼女は王家に嫁ぐために生まれてきたような女性そのものだ。

僕は淡々とカップを重ねていくアーウィンをじっと眺めていた。

”王家に嫁ぐ事が決まってる女性を愛するって
どういう気持ちだろう……?”

アーウィンは頑として自分の気持ちを話さない。

彼の気持ちもわかるけど、
少しは相談してほしい。

少なくともアーウィンは僕の気持ちを知っているのだから。

「じゃあ、僕ちょっとひとっ走りでこれ、
台所に戻しに行ってくるね」

そう一言、言い残すと、
アーウィンは集めたティーセットを
盆にのせて部屋を出て行った。

アーウィンの部屋に一人残された僕は、
いつも行き来する部屋の中を見回した。

アーウィンはダリルの殺伐とした部屋とは違い、
少しの飾りがある。

壁には聖龍の絵が掲げられ、
その両隣には神殿の絵と回復師のシンボルである
踊ったような絵図が掛けてある。

そして彼は読書家だった。

彼の本棚にはびっしりと色々な本が収まっていた。

僕は読書家と言う訳では無いけど、
小さな時から色々な本を読まされている。

お城には大きな図書室があり、
そこには天井まで続くような本棚が
部屋いっぱいに敷き詰められている。

一体何冊の本がそこにあるのか、
僕は未だ把握していない。

それでも、アーウィンの本棚には
僕もまだ、聞いたことの無いような本がたくさんある。

恐らく探せば城の図書室にもあるのだろうけど、
アーウィンは余り人が馴染まないような本を好んで
沢山読んでいた。

並ぶ本を指で軽くなぞっていると、
窓の下から人の話し声が聞こえてきた。

僕達の寝室は2階にあるのだけど、
窓を開けると、割といろいろな音が入ってくる。

アーウィンの部屋の窓から下を見下ろすと、
ちょうどダリルがマグノリアの婆やのシギと話をしてる姿が目に入った。

”あれ? シギ…… まだこの辺りをうろついてるって事は……”

僕はスウっと息をすうと、

「シギ様! マグノリアは見つかったのですか?!」

と大声で叫んだ。

ダリルとシギが一斉にこちらを見上げた。

ダリルが僕に向かって一礼すると、
シギは大声を張り上げて

「これはこれはジェイド殿下、
度重なるご無礼をお許し下さい。

実を言うと、姫様はまだ見つかっておりませんで……」

そう言って気まずそうに会釈した。

僕はアーウィンの窓の桟に片足をかけると、
ひょいっとその上に飛び乗り、
ダリルの胸めがけてジャンプした。

僕は知ってる。

ダリルは必ず僕を受け止めてくれることを。

もう12歳になった僕はかなりの体格が出来上がっている。

身長もダリルよりは低くとも、
アーウィンよりはかなり高い。

少し細目でダリルのようにガッシリとはしていないけど、
身体強化のある僕にはダリルに受け止めてもらう必要なんて微塵もない。

だけど、シギの手前、そう言う手段をとる以外
2階から飛び降りるすべは無かった。

僕が飛び降りようとした時シギは、

「で、で、で、殿下! 何をなさっているのでか!

お止め下さ~い!」

と腰を抜かしそうなほど叫んでいたけど、
思った通りダリルに無事受け止められた僕を見た時は
流石のシギもヘナヘナとその場に座り込んだ。

「殿下! 殿下は私を殺したいのですか!」

肩で息を吐きながらそう言うシギに、

「あれ? マグノリアはこういう事はしませんか?」

何気にそう尋ねたつもりだったのに、
シギは目をぱちくりとして口をパクパクとしていた。

その時の彼女はきっと、

”なぜ知っている?!”

とでも思ったんだろう。

僕は小さくクスッと笑うと、

「マグノリアは僕に彼女の本質を隠しません。

僕はそんな彼女が大好きですよ」

そう言って地面に座り込んだシギに手を差し出すと、
シギは僕の手を取って起き上がった。

ドレスに付いた土埃をパンパンと払うと、

「そうでしたか、殿下は既にお気付きでしか…」

そう言って深いため息を吐いた。

お気付きも何も、
彼女は初対面か僕達に対してはそうだ。

きっと、彼女の方が僕達とそう接していることを
うまく隠しているのだろう。

僕はシギが気の毒になって来た。

「シギ様はもう長らくマグノリアをお探しになられたのでしょう。

このお城は僕の方が慣れています。

シギ様はお部屋へ戻って休んでおいてください。

僕が心当たりを探して部屋にもどるようマグノリアに伝えます」

そう言うと、シギは恐縮したように、
王子の僕にそんな事はさせられないとボヤいていたけど、
何処からどうみても、シギの方はかなりの疲労が滲み出ていた。

無理もない。

彼女ももう70歳を過ぎている。

彼女はマグノリアが嫁に行くまで隠居は出来ないと
此処について来たうちの一人だった。

僕は何とかシギを説き伏せると、
自分と一緒に探すというダリルを引き連れて
バラ園の方に回った。

マグノリアが良く、
このバラ園が好きで
嫌な事があると良く逃げ込むと言っていたからだ。

時には父と鉢合わせしてお茶を一緒していたようだけど、

”何か嫌な事があったのかな?”

そう頭にふと過った。

さっきの態度から考えると、
いつものようなふてぶてしさで、
何かあったようには到底思えなかった。

バラ園へ向かう道筋がら、

「そうだ、今度デューデューに尋ねたいことがあるんだけど、
あの湖まで一緒に行ってくれるかな?

出来るだけ早いうちがいいんだけど……」

そう尋ねると、

「それではスケジュールを調整して2,3日のうちに」

とダリルは本当はスケジュールギチギチで替えなど利くはずもないのに、
何時も僕のお願いを優先してくれる。

「ダリルは僕にも何かしてほしいことは無い?」

そう尋ねると、決まって、

「私事が殿下に何かをしていただくなど恐れ多い」

そう言って僕に何もその内を明かしてくれない。

ダリルの僕に対する絶対忠誠は信じているけど、
僕はまだまだダリルとの間に壁を感じている。

「そっか、何かあったら、絶対僕にも言ってよね?

僕もダリルの力になりたいんだから!」

そう言うと、彼は軽く会釈した。

暫く沈黙が続いたけど、

「マグノリア殿下は、まだまだお転婆がひどいようですね」

そう言ってダリルが静粛を切った。

「そうだね、多分ダリルは知らないだろうけど、
彼女って知らない人が見たら庶民みたいだよ?

ダリルも彼女がお転婆だっていうのは知ってたんだね」

そう言うと彼はクスッと笑って、

「シギ様とはマグノリア殿下がお城にいらして以来、
この5年間、毎日顔を合わせていますので……

それも、いつもマグノリア殿下をお探しの時に……」

そう言うと、少し口をつぐんで立ち止まった。

「どうしたの?」

急にダリルが立ち止まったので、
僕も立ち止まってダリルの方を向いた。

ダリルは下を向いて何かを言いたそうにしている。

「あの……何か僕に言いたい事があるの……かな?」

そう尋ねても、ダリルは何かを迷った様にしてそこに立ち尽くしている。

「あのさ、僕、何か悪い所があるんだった、
言ってくれるとちゃんと治すから……」

そう言ってダリルに近づいた。

「違うんです、殿下ではないんです」

そう言うと、またダリルは口を噤んだ。

「本当にどうしちゃったの?!

僕じゃなかったら、どうしてそんな態度をとるの?!

もしかして……僕の騎士を辞めたくなった……とか……?」

ダリルが何を秘めているのか分からずに、
少しドキドキとしてきた。

「あのさ、ちゃんと言ってくれないと、
そんな態度とられると、
僕今にも緊張で心臓止まりそうなんだけど?!」

ダリルにしてはウジウジとしている。

彼は覚悟を決めたようにすると顔を上げ、
深呼吸した。

そしてゆっくりと話し始めた。

「シギ様から聞いたのですが……

最近マグノリア殿下は
アーウィン様のお部屋に常にいらっしゃるとか……

それでその……」

そう言って言い淀んだので、

”ピーン”

と来た。

「あ~ その事か!

もしかして二人がいけない仲になってるとか……

そんな事を思って心配してた?

それだったら大丈夫だよ!

僕だって皆とちゃんと一緒にいるんだから!

アーウィンとマグノリアが二人っきりってことは無いよ?」

そう言うと、

「ですが、いくら殿下がご一緒とは言っても、
一国の姫君が異性の臣下のお部屋に出入りするというのは……」

”そうだった……ダリルは根っからの堅物だった……”

僕はニコリと微笑むと、

「そんなに心配だったら、
マグノリアにはアーウィンのお部屋には
出入りしないように伝えておくよ。

それでいいでしょ?」

そう言ってもダリルは余り納得したような顔をしなかった。

「大丈夫だって。

僕も来年は成人の儀を執り行えるほど成長したんだから!

僕も色んな事に対処できるようになったんだよ」

そう言うと、渋々としたように、

「それではそこは殿下にお任せ致します。

くれぐれも、変なお噂が出ませんように」

ダリルがそう言うと、僕達は又歩き始めた。

バラ園まで来た時、
僕達はボソボソと誰かの話し声が聞こえてきた。

間違いなくその声はマグノリアだった。

僕はダリルの方を見ると、

「ほらね! やっぱり彼女は此処にいた。

でも誰かと話してるみたいだね?

誰と話してるんだろう? 父上かな?」

そう言って一角を曲がろうとした時、
ダリルが僕の手を握り行くのを遮った。

「待ってください殿下!

マグノリア殿下が話している相手は陛下ではありません!

あれは……」

僕はダリルの顔をみてそしてバラの茂みから
そっとその先をのぞき見してみた。

”!”

僕はその光景に驚き、
ダリルの顔を見上げた。

彼の顔はその光景に硬直し、
少し怒りさえも滲んでいるようだった。
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