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仔犬

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「見逃したら暮刃さんの良い表情が見れて楽しみではありますが、目の前で優夜さんに手を出されるのは案外腹が立ったので」

にっこり歯を見せて笑った赤羽さん。
そんな彼に驚きながらも榊李恩が自分から離れたことに内心ほっとする。

「こうも番犬がいちゃあ無理か」

赤羽さんが俺を隠すように前に出るとすぐに引き下がる。悔しそうでも何でもないその様子にやっぱりこの人はあまり俺に興味がないのだと赤羽さんの背後から盗み見る。

「そうだ榊さん、大切なご友人に会えました?」

突然、赤羽さんがそう言うと目の前の男の目が一気に蛇と同化する。
ガチリと固まった顔は悲しいとも嫌悪とも言えない表情、俺には想像もつかない感情が男を襲っているのだろうか。


「なんの話だ……」

「随分と懐いてた方がいらっしゃったと聞いたので。ただ、それだけです」


一体その言葉がどれほどの魔法なのか、俺にはわからなかったけれど初めて榊李恩が黙る手段を取った。睨んでいたと思っていた目が、いつもの無に戻っていき、さらに数歩下がると壁により掛かり腕を組む。

何も言わないとそれはそれで怖いけど、下手に関わりたくない。どう言う事か聞くのは後にしよう。

榊李恩の目線の先は一触即発。何故か嫌悪むき出しの美少年に睨まれ続けている唯。同じ美少年系でも種類が全く違うものでお人形のように可愛くて綺麗だけど、背丈は桃花のように高くスラっとしている。まさしくドールのように精巧で儚い。

それでも分類分けをするなら同じなのに可愛いと可愛いは混じれないのか、猫の喧嘩のようで完全に下がってしまった耳が唯の頭に見える。

「あの……」

「良いよ別に俺の事知らないままで。名乗るつもりもないし、俺が一方的に嫌ってるだけだから。でも遊び半分でモデルしてるんだったら今すぐ辞めて」

その口ぶりからすれば彼は本職がモデルなのだろうか。素人がいきなりkeinoの服を着てページを占拠するとなれば怒りはごもっともかも知れない。だけど俺たちもやるからには本気でやっている。唯がその瞳で瞬きをすると緩く首を振った。


「やるからには全力がモットーなので」


こう言うところだけは揺るがない唯の良いところだ。にこりと笑った唯に麗央さんは数秒睨んだまま黙る。そして少し嫌そうな顔で腕を組むと口を開いた。

「そう……モデルは俺の唯一の階段なの、下手なことしたら絶対に許さない」

「階段?」


繋がらない話に唯は首をかしげると、フンと鼻を鳴らし彼は言う。

「氷怜さんに少しでも近づくための階段だ」

唯を相手に宣言した彼に柚さんがヒュウっと口笛を吹く。彼だけが相変わらず楽しんでいるところ、やっぱり見習いたい。

彼はつまり、堂々と宣言しているのだ。氷怜先輩にふさわしい自分で会いに行くと。麗央さんの言葉に唯がびっくりした表情になり、桃花が心配そうに見つめる。


「はい、ストップ!」

ついに編集長が異様な事態を察して無理矢理空気を打ち切らせた。身振り手振りでまた説得でも始めるのかと思えば至極真面目に麗央さんに言う。

「俺だってプロだから悪いものなら容赦なく却下するさ。だけどこの子達、かなり良いものを持ってる。お前も見たら納得するよ。なんなら今データを見せたっていい」

その真剣な表情を麗央さんは探るように見つめる。そして溜息をついた。

「……まあ良いよ、遊び半分じゃ無いみたいだし。誰にだって人脈とタイミングでチャンスは回ってくる」

この美少年、威圧的ではあるけどかなり論理的だ。一見理不尽に見えるが、線を引くとそこからしっかりと話す事ができ俺としてはあまり嫌な感じはない。それでも唯を敵対視している点は変わらず、絶対になつかない猫が睨む。


「雑誌、見るから。もし俺が認められないようなもの作ってたら……その時は覚えていて」


結局それだけ言い放つと品の良い猫が優雅に歩くようにスタジオを後にする。榊李恩も目を伏せままそれに続いて行った。

そこでようやく2人の関係性に思い当たる。あの日お守りと言っていたのは麗央さんの事だった訳だ。麗央さんのその美貌はボディガードが榊李恩だったとしても違和感がない。

「嵐だな……」

ずっと唯の後ろにいた秋が最初に口を開いた。何から手をつけて良いか分からないと言った感じだけど腹を抑えていた友人には気が付いていたようで、まず式に駆け寄った。

「式お腹」

「もう平気」


手を前に出して心配すんなと秋をなだめる式はたしかにもう桃花の支えなしでも大丈夫なようだ。良かったと安心したら、相変わらずあいつに振り回されている自分に嫌な気分になる。

「優大丈夫?」

唯が複雑な顔をしながらも俺のもとにきた。自分の方も訳わからないはずなのに人の心配ばかりしているから頬をつねるとなんでーとむくれる。

「あの麗央って人は……?」

「アゲハさんの親友なんだって。優潰れてた時に……あ、でも女装したおれと一致はしてないっぽい。それに氷怜先輩のこと、あれはもう完全に……」

「恋のライバル~!」

心底楽しそうに柚さんが茶化すと唯が頭を抱えた。

「ああそんなハッキリ言う!」


ライバルなんて唯に今までいた事ない人種だ。頑張れと唯の頭をポンポン叩いて励ます、だってこれと同じことが自分にもいつか回って来そうでひと事とは思えなかった。

でもやっぱり俺としては榊李恩の方が気になってしまう。秋も俺の顔を見てどうにも合点がいかないと言う。

「やっぱり意味わかんなかったな。榊さん、つかなんでここに居たんだろ」

「ああ、あの麗央と言う人のボディガードをしているそうですよ。あの見た目と家柄がかなり狙われやすいようで」

「へえー!って赤羽さん情報掴んでたなら教えてくださいよ。あとここにいるのも実は知ってたでしょ!」

はい、とさらりと笑う赤羽さん。
式と桃花が遠い目だ。

「まさかこちらに向かってくるとは思いませんでした。2人を見張らせてたのは念のためでしたので」

「でも式と桃花にくらい教えといたら……」

「この状況ですし、氷怜さん達が来ない今は急な事態にも対応してもらわないといけない」

からりと爽やかに笑った赤羽さん。
桃花と式が悔しそうな表情に変わると驚いた唯が2人に抱きついた。


「だからおれたちそこまで守られなくても大丈夫ですって、むしろおれたちのせいで式お腹怪我させてごめん……!」

「いや……おまえらの事だけじゃなくても、そもそも俺の詰めが甘かった。警戒してたのに咄嗟の判断が遅れたし、この腹も桃花なら避けれたからな」

「いや俺でも……後であの早さ再現するからちょっとやってみようか」

「そうだな」

あまりにも涙ぐましい2人に唯はいい子に育ってと涙目だ。満足そうな赤羽さんの横顔にもしかしてここまで予想していたのではないかとよぎる。

「赤羽さんって……」

「成長のきっかけを与えるのも俺の仕事ですよ」

「まさかそれ、俺達も含まれてます?」


秋の質問に何も答える事はなく、いつもの笑みが返ってくるだけだ。どこまでが彼の策略なのかはあまり気にしない方が良さそう。

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