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17 悪女は王妃の死に立ちあう

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「離せ! 俺は王太子だぞ!! 父上、この者たちを退かせてください!」

 抵抗したため地面へと騎士二人がかりで縫い付けられてなお、王子は自身の異様さに無頓着むとんちゃくであるらしい。
 私は彼のあまりの変わりぶりに、背筋の凍る思いがして体が震える。
 それに気づいたのか、ゼファーが背中をさすってくれた。

「ゼファー、離せと言っているだろ!! それは俺のだ、指一本触るなずっとずっと俺のだったんだなのにお前に見せたばっかりにぃぃぃ!!!! ウルム、ウルム早くそいつから離れろお前を取り込んで王になろうと画策しているようなやつだぞそいつの愛は嘘だ! 俺こそが真実の愛を」

「それは愛か」

 王子の言葉に国王様がポツリと漏らす。

「父上当たり前でしょう!! この俺が、俺が好きだと愛していると言っているのです。初めて好きになったのですあの日あの時あの場所で!! 花のように可憐で月のように光り輝いて俺を照らしたんだ。俺について来てくれるって言ったし俺ののはずだ、柔らかく瑞々みずみずしく俺を愛してくれるウルムがいなくなるくらいならいらない他にやってしまうくらいならいらないいらないいらない」

 ぶつぶつと呪詛じゅそのように繰り返すようになった王子は、もう目の焦点があっていないようで。
 少し心配になってついじっと見ていると、そのことに気付いたのかこちらへと顔を向けにこりと笑顔を見せた。
 その時。



「あらあらまぁまぁ。ウィリーが痛いのではなくて? わたくしの息子を離してくださいな」


 一等胆力たんりょくを秘めた強い、けれど小鳥のさえずるような涼やかな声がした。

 声のした方をみると、そこには数人のメイドと騎士を引き連れた王妃が、真紅のきらびやかなドレスをまとって立っている。

 いつの間に。

 王子の錯乱さくらんにみんなで注目していたからだろうか、近づいて来ていた気配を誰もわからなかったらしく、皆一様に驚いていた。
 民衆からも「あれって」「王妃様じゃないか?」と言った声がちらほら出ている。

 そんな中でも特に気負った風もなく淡々と、王妃様は言葉を重ねる。

「皆様でこのようなところに寄り集まって、一体何の騒ぎなのです? 今日は刑執行の日ではなかったかしら。なのに、わたくしのウィリーが地べたに這いつくばっているとは……なんと悲しいこと」
「母上! 母上からも俺が正しく主張していると、言ってやってくれ。いくら言っても理解が及ばないらしいのだ」
「黙らっしゃい! ウィリーあなた疲れていますのよ。今日はもうお喋りはやめておいた方がいいわ。そこのお前、ウィリーを離しなさい、これは命令よ」
「……王妃よ、それは出来ぬ」

 ある種のあっけに取られている中、国王様だけが落ち着いて、王妃へと近寄り言葉をかけた。

「あなた……何故です? わたくし達の可愛い一人息子が助けを求めているのです、情がおありでしたら、自室で休ませてあげてくださいまし」

 王妃は、国王様の胸元に飛び込み手を胸に当て懇願した。
 けれどその体は密着する前に肩に添えられた相手の両腕によって、はばまれる。

「情だけで国は動かせぬ。ウィリーは法を犯した、私の印を勝手に持ち出し使ったのだ」
「まぁ、それくらいのこと。次期国王となる身ですもの練習と思えば良いではないですか」
「そうはいかぬ。あやつは王太子であって王ではないゆえに」

 言いつつ、王妃の両脇にいた騎士へと国王様は目配せをした。
 気づいた騎士達は王妃の腕を取り拘束に近い形になる。

「無礼者! 手を離しなさい」
「よい、私が今命じたのだ。職務である」
「あなた!!」

 王妃から悲鳴が上がった。
 その顔はひどく歪んでいる。
 国王様はその様子に眉を下げ、けれど落ち着いた声音で王妃へと語りかけた。

「方々から私自身話を聞いた。ウィリーを虐げ洗脳し、此度の騒動の主犯格とも言える立場に仕立て上げたのは、そなただ。挙句そこのにウィリーは誑かされ、計略というには稚拙な策に嵌る幼さときた。王妃よ、私はそなたを重用し、尊重していると思うていた。何が、そうさせたのだ……」

 ぴくり。

 尊重と国王様が言葉にしたあたりで王妃の体が動いた。
 と思うと全力で騎士の手を外しにかかる。
 王妃に無体は働けぬと思ったのかそのまま拘束は解けてしまう。
 そうしてみるみる、先ほどまでのにこやかな笑顔が変化し、真っ赤に染まるのを通り越しどす黒くなった。

「尊重……尊重!? 一人しか男子を産めず、側妃を迎えるに許可をしたら、横からのこのこと出てきた愛妾に正妃の尊厳を踏みにじられたこのわたくしを、あなた様が尊重していた、と」

 ふふふふふふっ

「……はは、上?」
「うふふふふふふふふふ、ああ、嗚呼!! わかっておりましたわ。あなたはわたくしを飾っておきたかっただけのこと。わたくし自身をなんて、ひとつも、ただのひとつも見てらっしゃらなかった、今も、なお!!!!」

 言いつつ王妃様は国王様の側まで行くと、胸元を両手で叩いた。

「お主……」
「あなたはなんでも『そなたに任せた』とおっしゃる。だのにその後を気にかけたことなど、これまで一度もございませんでしたわ、お気づき?」

 尋ねられたことに、国王様は何も返さない。

「わたくしたちお似合いねぇ、他人よりも自分が大事。願いを叶えるなら周りのことなど無関心になれるのだもの!!」

 王妃様のその金切り声は、ただただ悲しい、と私には聞こえた。
 その声に、誰も動けず誰も声を発することはできなかった。

 しんとした静寂を破ったのは、王妃様自身で。
 今度は地べたに這いつくばった王子へと、歩みを進めると彼の側にしゃがみ込んだ。

「企てたのは全てわたくし。ウィリーに言葉の毒を盛ったのもそこのの背にある傷も、わたくし自らの手でこさえましたから、罪状はいくらでも立てられるかしらね」
「母上? 俺は、俺は間違っていないだろう? なぜそんなこと言うんだ……」
「終わったのよウィリー、わたくし達は。もう」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 母上は言ったじゃないか、ウルムはゼフ」
「嗚呼、可愛いわたくしのウィリー」

 王妃様は懐に隠していた何かに口をつけると、王子の頬を両手で包み込みながら上向かせ、口移しで何かを含ませた。

「ぅっぐ!」

 それが喉へ通るのを見守ると自身の口中にも残していたのだろう、立ち上がりながら残りを飲み込んだようだ。
 捨て去られた小瓶が足元に転がり、その中から残った液体が少し、漏れ出ていた。

「ふふふ、わたくしから奪ったのだから、わたくしも奪い返しますわ。王太子も、王妃も、賢王たる印象も全て!!」
「グアっ、嗚呼嗚呼あああ!!」
「ウィリー様ぁぁぁぁ!」

 王子が喉をかきむしりながら苦しみ出す。
 それと同時にデューデン様から悲鳴が上がり王子のそばへとしゃがんで縋りついた。
 王妃はもうその様子を見てはいないようで、ぐらぐらとただその場に立っている。
 けれど。



 ふふふふふ……ぐっ、あ、嗚呼嗚!

 悲鳴のような咆哮のようなそれの後、国王様へと向き直した王妃様は口から血を流しつつ晴れ渡る空のような微笑みを



 残し、

 倒れた。


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