虫けら転生録

30話 もしも生まれかわったなら ★

勇者とは。


勇者とは、魔王に対抗しうる人族最強の戦士。

勇者とは、魔王の脅威から無辜な民を護る守護者。

勇者とは、魔王の支配に抵抗する人々の希望。

勇者とは、魔王を倒し平和への導き手となる存在。

それらは総て正解であり、そして間違いだ。


そう初めに書かれた手記がかつて魔王城であったとされる遺跡で見つかった。
それは、日記だった。古き勇者の日記だった。
少しクセがあり読みづらい筆記体で、小さな手帳にびっしりと文字が書かれていた。


僕はどうやら勇者らしい。
何故こんなに他人事かって？
それはそうだろう。だって、僕は今まで剣を握った事も無いんだもの。
こんな僕が魔王を倒しに行くなんて、無茶言わないでほしい。実際、偉そうな貴族様には、お前はお飾りでも構わないとは言われている。僕が勇者に抜擢された理由は、見た目が特別良いからだそう。人類の希望が不細工だと困るとかなんとか。
それで、いつ死ぬか分からないから、僕は日記を付ける事にした。もし今この文を読んでいる君が、勇者に憧れを持っているなら、この手帳を直ぐに閉じてほしい。夢を壊しちゃいけないからね。

まず、僕の今までの人生について書いておこうと思う。
母親が奴隷だった。それで僕も奴隷になった。
自分を不幸だとは思わない。同じ様な境遇の子供なんかそこら中にいる。
僕もその一人だっただけ。
むしろ、生きていただけ儲け物ってところ。
それでももし、今読んでいる君のいる時代に奴隷制度が無いなら、それはとても喜ばしいことだ。
子供は、鳥みたいに、風みたいに自由なのが一番だからね。
その後、僕の所有者が死んで、逃げ出した。
そんな時に、お城のお姫様にまぁ一目惚れされたと。

自分で書いていてなんとも偶然が過ぎるけれど、紛れもない本当の話だ。
僕は見た目だけで勇者に抜擢された。だが、それでは駄目だ。
偉い人達は後ろで指揮しているだけで良いと言うけれど、勇者は最前線に立って、みんなを導く立場にあるべきだと思うんだ。
だから、元騎士の人に頼み込んで、指導してもらう事になった。ありがたい。
明日の早朝から剣の稽古を付けてくれる。頑張ろう。

稽古開始から3ヶ月、師匠同伴で初めての魔物退治に出向く事になった。僕が退治する相手はゴブリン。弱い部類の魔物ではあるが、ある程度の知能、人を超える膂力、更にはあらゆる環境に適応し、進化していく力を持っている。間違いなく、楽な敵ではなかった。
正直に言うと、少しだけ侮っていた。楽勝だ、と。
でも、結果は辛勝。紙一重の勝負だった。もし、最後にゴブリンが躓かなければ負けていたと思う。
力無い自分が恨めしい。自分は少し慢心していたのもあったんだろう。
こんな調子で、魔王を倒せるのか、少し不安だ。


3年と言う期間は、短いようで長かった。今日、師匠が死んだ。寿命だ。
師匠も、天寿を全う出来て良かったのだろう。
ただ．．．師匠が生きているうちに、魔王を倒して平和な世界を見せてあげたかった。
それだけが心残り。
僕はもう独りでCランクまで倒せる様になったし、もう前線で魔王軍と戦えるくらいの力は付けた。
師匠、ありがとう。


もう、あれから十年も経つのか、と、そんな場合ではないのにしみじみとする。
目の前には魔王城が見えている。これから、魔王を倒しに行く。
世界に、平和を取り戻すために。
今まで、沢山の人と出会い、沢山の人を喪ってきた。今の私がいるのは、間違いなく、彼らのおかげ。
私は今は一人だけれど、必ず魔王討伐をやり遂げてみせる。


四天王を倒し、残すは魔王だけ。
目の前には大きな扉がある．．．
多分、この先に魔王がいる。
私は勇者だから、魔王を倒さなければならない。
それが私の責務だから。

ただ、もしも。
もしも僕が生まれ変わったなら＿＿＿



日記はここで途切れている。