26 / 78
第三章 主人公、投獄!
23.覚醒
しおりを挟む◆
「はぁぁぁぁぁぁぁっ! 100回!」
俺の筋肉疲労は限界を迎え、その場に倒れ込んだ!
久しぶりだ、こんなに筋肉がプルプル震える感覚!
「17勝、0敗! 俺様に勝つつもりあんの?」
ハイライターは俺のところまで来て見下ろすと、頬をグリグリと引っ張る。
勝てるわけないって!
あんた、言っとくけど世界種族の中でも最強種である竜人族だろ!
たかが人間が、竜に勝てるわけないって!
「勝てるわけない、とか思ってるか?」
「うっ。だ、だったらなんだよ」
「いや、別に。そんなこと言うなら、もう全部やめちまおうかなってさ。そろそろ飽きてきたし。で、どうなんだノベル?」
ハイライターは立ち上がると、自分用の筋トレを始めた。
今日はまだ彼は一度も筋トレをしてない。
対する俺は、今日だけで1700回も筋トレをしたのだ!
「……続けるに決まってんだろ! 言っとくけどな、俺はそこらへんの人間とは違う!」
そう、すぐにチートに頼るような主人公とは格が違うんだよ!
今まで努力を続けてきた!
筋トレも休まず続け、理想的な肉体も手に入れた!
これで、俺がハイライターに勝てれば、面白い展開になるに決まっている!
「勝つ! 俺は、ハイライターに勝って、お前を見返してやるさ! 『人間様の方が強い』って証明してやるよ!」
「ほぉ。面白いジョークを言ってみせたじゃないか。さすがは高飛車発言で場を鎮めた男だな!」
「あぁ! 俺の口はよく滑る! ただし、言ったことは絶対に実現するけどな!」
――俺はそう言い、テーブルに肘をついた!
俺はこれから負けるだろう!
だとしても、俺は勝つつもりでやる!
負けるからしないなんて、それは最初から勝つ確率をゼロにしてるようなものだ!
勝つ確率なんて、考慮してたらカッコ悪いだろ!
俺はこの物語の主人公だ!
勝とうが負けようが、俺はこれから成長し続ける!
「いいぜ、泣きの一回だ。これでお前が負けたら、俺はもう腕相撲はしてやんねぇ。このごっこ遊びも全て終わりにする」
「自分から腕相撲をふっかけておいて、もうやらねぇとかよく言えたもんだな! いいか、俺はお前のカッコつけのための出汁じゃない! 俺がお前を出汁に使ってやるぞ!」
「はっ、何を言ってんだか!」
ハイライターはテーブルの前に座り、俺の手を握る!
いつにもなく強靭な指が俺の指に食い込む!
まるで今までの腕相撲が本気じゃなかったかのような!
「俺様は、この世界で一番凶暴な種族である竜人族だ。加え、新竜人族だぜ? 分かってるだろうが、この一撃でお前が死んだとしても弔ってやんねぇ。何せ、俺は凶悪犯罪者だからな?」
「何を今更! お前の鍛錬に何ヶ月付き合ったと思ってる! 筋トレも同じ、食う飯も同じ、お前との友情だって嘘じゃないと思ってる! これは俺とお前の最後の真剣勝負だ! 俺が死んだら、今日の晩飯にでも使えよ!」
お互いに、頑丈なテーブルに肘を押し付けると、ミシミシと音を立てて床にめり込んでいく!
「合図はいつもと同じように、洗面台の蛇口から水が落ちた瞬間だ! もう言わなくても分かるよな?」
「あぁ! ツマラねぇ結末だけはさせねぇよ!」
俺とハイライターは静まり、蛇口から水がこぼれ落ちるまで待ち続ける。
俺は、この17回の失敗から学び、水が落ちる音をついに捉えることができた!
何が起こっているのか分からないが、俺の体が急激に成長していることが分かる!
以前まで聞こえなかった音が聞こえ、相手の鼓動により何を考えているか分かる!
全ての感覚が研ぎ澄まされ、ついに心の波動のようなものまで感じることができるようになった!
なんだこれ、なんなんだこの感覚!
――来る、そろそろ水滴が半分になって震え始める頃だ!
水が切れたその瞬間、ハイライターの指の筋肉が3回震える!
それが、彼の力を入れる合図!
ちゃぽん。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
水滴が切れた瞬間、俺とハイライターの腕の力が手のひらに集中した!
初めて、一撃必殺されずに手が生き残った!
18回目にして、やっと腕相撲のコツを掴んだぞ!
「はははははははは! よくぞタイミングを合わせたノベル! 心地いいぞ、心地いいぞノベル!」
「喋んなバカ!」
――だが、やはりハイライターは化け物のような力によって、俺を捩じ伏せてくる!
筋肉が吹き飛ぶんじゃないかってまで力を入れてるのに、一向に彼の腕を持ち上げることはできない!
そんな、やっと勝負に漕ぎ着けたというのに、こんな簡単に負けてたまるか!
俺には守るべき人たちがいる!
俺のラノベを待ってくれてる人たちがいる!
――アズリエルやルーラーもいる!
こんなところで負けてばっかじゃ、帰った後に笑われてしまうだろう!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っな、なんだっ!」
最強って単語は嫌いだ!
ハーレム展開なんて見飽きた!
SSSランクなんて単語を見ると虫酸が走る!
俺は努力を認められる、そんな世界に生まれてみたい!
全てが『チート』の3文字で片付けられるような世界観にはもう耐えられない!
努力、努力努力努力努力努力努力努力努力!
俺は、絶対にチートなんかには頼ったりしない!
自分の力で、俺はこの世界を生き延びて見せる!
「人生は、ハードモードなんだよぉぉぉぉぉ!」
瞬間、俺の体から白い何かが放出された!
気づくと、俺の右手に繋がれていたはずのハイライターの右手が無い。
そして、ハイライターの姿は目の前には無い。
左を向くと、鉄格子は砕け散り、監獄に風穴が開き、外は大騒ぎになっていた!
「えっ……?」
俺はただ一人、牢屋の中に取り残される。
雷が俺の周りをばちばちと飛び回り、溢れんばかりの力が俺の全身に迸る!
こんな力――、今までに感じたことはない!
「ま、魔法なのかこれ?!」
俺は、牢獄の外へと吹き飛んでいったハイライターを探そうとするが、この状況で外に出ていいのか?!
脱獄とか言ってまた拘束される期間が長くなったら……っやばい、脳の処理が全く追いつかない!
――すると、ガラガラと音を立てて、レンガが持ち上がる。
その瓦礫の中から、全身血塗れになって出てきた竜人がヨタヨタと牢屋まで歩いてきたのだ!
「だ、大丈夫かハイライター! すまん、なんかよく分からんけど魔法が発動したみたいだ!」
「わっはははははは! いやいや、俺様は嬉しいぞ兄弟! まさかここまで出来るとは思わなかった! よくぞ俺様をぶっ飛ばした! やはり、俺様の目に狂いはなかった! さすが俺様! わっはははははは!」
ハイライターは俺の手を握ると、ブンブンと上下に腕を振る!
なんだ、なんのことだ?
「それじゃ、これからマスターのところに顔を見せにいくとするか! ノベル、とりあえず浴場で汗を流し、隊服に着替えるぞ!」
ハイライターは自慢げに高笑いをし、彼の蒼白の角に雷がばちばちと光る。
「ちょ、待てよハイライター! どう言うことか説明してくれ! 何がどうなってる?!」
「なんだ、自分に何が起こっているのか分かってないのか? これだから転生者とやらは説明過多で面倒だな!」
今、ハイライターのやつ、転生者って言ったか?!
なんでこいつが俺の隠していたことを知ってる?!
それに、マスターに会いにいく?! 隊服?!
「ハイライター! お、お前まさか! カナヤの傭兵なのか?!」
「そうだ! 俺はこの6ヶ月の間、お前の育成監督を任されていたのだ! イレイザーが育成監督をしたがっていたが、アイツは甘いし何かと手を抜くからダメだ! お前のような転生者には厳しく扱えとマスターから言われておったからな!」
な、なにぃー!
だから、俺を監獄の外に出してくれないし、まともに取り調べもしてくれなかったのか!
俺が永遠に監獄にいるのに、アズリエルとルーラーは「頑張ってますね」だの「凄いです」だの!
やっぱりあいつら、俺がここで意図的に絞られてるのを知ってのかぁ!
なんか、合点がいったわ。
「で、でもなんで監獄の中で特訓なんかしたんだ! 別に外でもよかっただろ!」
「ダメだ! 外は甘い誘惑があまりにも多い! サボる理由が多いし、何せ仲間がいる! 手を抜く要因は全て取っ払い、俺様とノベルとの真剣勝負がしたかったのだ!」
なるほど……確かに、修行をするためだけなら牢屋の中は最高峰のステージかもしれない!
『やることがないから筋トレ』って脳に刷り込まれていたし、誘惑がないからどんなに辛いことでも耐え抜けた!
ハイライター……なかなか出来る男だ!
「あ、そういえば! この際聞くが、ハイライターって転生者なんだろ!」
「ん? なんの話だ?」
「とぼけるなよ! ハイライターの戦闘能力を測る力が俺にはある! だが、お前を測っても戦闘能力を測れなかった! つまり、お前は異世界人なんだろ?」
俺は核心に迫る!
この能力が政府の人間にバレてしまうが、それよりも俺はこいつが異世界人であることを明かしてやりたかった!
もしかしたら、俺の真の仲間かもしれないしな!
「いや、俺様はこの世界生まれだぞ? ちゃんと竜人火山出身だ」
「え? どうゆうこと?」
俺はもう一度目を細め、眼球に力を込めてハイライターの戦闘力を改めて計測すると――!
なんと、ランクレベル7!
イレイザーと同じランクレベルだ!
「ななな、なんで?! やっぱり、寝ている時は戦闘力は測れないのか……」
「何? 今、寝ているときに俺様の戦闘力を測ったと言ったか?」
「あぁ。お前が爆睡こいてる時に戦闘力を測った」
そう言うと、ハイライターは腹を抱えて笑い、「なるほどなぁ!」と自分一人で納得し出した。
「な、何がおかしいんだよ」
「はー! ノベルが見ていた寝ている姿は、俺様の残像だ!」
俺様の残像?
まさか、ハイライターは邪気眼持ちの妖怪だったりするのか?
「説明してなかったが、俺様はこの国の傭兵で、『幻術』を主体とした戦闘スタイルでな。んで、寝ている残像をお前に見せて、夜になると傭兵の仕事をしに出ていたんだよ」
「だ、だから戦闘力を測っても計測が出来なかったのか」
これってつまり、俺の持っている特殊なスキルを政府の人間に易々とバラしただけなのでは?!
まだノベルライターの存在は隠しているが、確信に迫られると何かと面倒だ――!
「しかし、こんなに短期間で覚醒まで持ち込めるとは思わなかったぞ! 俺ですら丸1年はかかったのにな!」
ハイライターは俺の頭を撫で回し、コブができているところを強くさする!
「痛っ! あんまり頭を触るなよ! お前がボコボコ殴るから、頭にコブが出来てんの! 出血したこともあるんだぞ!」
俺は頭を抑えてハイライターから後ずさる。
こんだけ大きなコブなんだ、早く病院かイレイザーに診せに行かないと大変なことになる……。
「ん、なんかコブの先っぽが硬いぞ? やばい、症状が悪化してる!」
「そりゃ、覚醒したからだ! その証拠に、初期魔法の『瞬間強化』を覚えただろう!」
やっぱりさっきのは魔法だったか!
俺ってば、無意識に魔法を撃つだなんて、やっぱりこういうラノベの世界では他の追随を許さない才能があるんだな。
「ってか待て! やっぱりおかしいぞ! 指には力を入れたが詠唱はしてない!」
俺は頭を抱えながら混乱していると、ハイライターは俺の頭をさする。
「そりゃ、無詠唱は新竜人種の特性だからに決まってるだろ! 前にも言ったよな、『ある程度の努力をすれば、誰だってこの技は得られる』って!」
そう言い、俺のコブをハイライターの鋭い指でコンコンと叩きやがった!
やめてくれよ、お前の指は竜人族で硬いんだぞ!
え、コンコン?
「お前が永遠に豪語するから、黙っているつもりだったが、もういいだろう。お前の前世はどんな生き物だったかは知らないが、お前の種族は人間族じゃない」
俺は焦り、大きく息を吸って、大きく息を吹き出した!
すると、小さな炎が口から飛び出し、パチパチと音を立てた!
それに、俺の頭の上から電気を放電しているのがわかる!
まるで、ハイライターの2本の角の間で光り輝く電撃のように!
「お前、新竜人族だぞ?」
「ま……ままま、マジっすか?!?!」
全ての情報が予想外すぎて、俺の頭の中はパンク寸前だ!
ラノベでこんな展開ない、俺の経験でこんな経験ない!
ああっ、ええ、俺がドラゴン?!
何もかもが予想外だ!
「とりあえず、マスターにお前が覚醒したことを報告しなきゃならねぇ。早く風呂入って、マスターのところに行くぞ!」
「はっ、わわ、分かった!」
――ラノベとは、予想できない展開に出会うと割と楽しい。
初体験だとか、新しい展開だと、ワクワクしてページを捲りたくなる。
今、それが現実に起こっている!
ワクワクが止まらない、早く続きを読ませてくれ!
「おっと、イケねぇ。まずは自己紹介からしなきゃだな。改めて、俺様の名はハイライター・ドラム! 幻術龍技師って肩書きでカナヤの傭兵をしている。お前は俺様の直属の部下だかんな!」
「おう! なんか今更変な感じだが、よろしくな! それと、俺が傭兵になるのって決まりか! ご都合主義だって叩かれるぞ!」
「わははははっ! 何言ってるかさっぱりわからんな! 俺様が傭兵にすると言ったからにはノベルは傭兵だ! それか、傭兵になるのは嫌か?」
「んなわけないだろ! 是非とも俺を傭兵にしてくれ!」
――こうして、俺はカナヤの傭兵として、これからの人生を生きるための職業とするのである!
ハイライターの下につき、そしてイレイザーと共に悪人をやっつける!
ラノベにしては、完璧なシナリオだ!
よっしゃぁ、これから俺はカナヤの傭兵として頑張るゾォ!
「ちなみに、俺様がカナヤのナンバーワンの傭兵。最高騎士長・ハイライターだからな!」
「え、え! そうなの?!」
こうして、俺の頭の処理能力はオーバーワークし、ぷすんとパンクした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
69
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる