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第五十八話 我が家(仮)に帰ってきました。

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 翌日は、新しい大司教の就任式が大神殿にて執り行われた。

 ひざまずく大司教の頭に、権威の象徴であるリング状の黒い冠がそっと載せられた……俺の手で。

 いやなんで俺?
 あまりの重責に、頭皮マッサージ器かってくらい手が震えたわ。
 感動して、涙ぐっしょぐしょなそこの神官に言いたい。
 手汗拭きたいんで、そのハンカチ貸してくれ。

「さあ黒神子様、こちらへ」

 目の前には陽ざしで眩しいバルコニーへと通じる扉。
 黒冠被りたての大司教に満面の笑みで手招きされ、俺はおっかなびっくり足を踏み入れるしかなかった。

”オオオオオ――――!”

 その瞬間、明らかに大気が鳴動した。

 歓声がとどろき、色鮮やかな大量の花びらが宙を舞う。
 見渡すかぎり、人! 人! 人! 人だらけ!
 大神殿の広場は民衆に開放され、数万人規模の群衆が新しい大司教を一目見ようと押し寄せてきていた。

 いよっ! 大司教ったら人気者!

 市民の皆様、大変長らくお待たせいたしました。
 本日の主役! 新しい大司教の御登場です。
 では大司教~! はりきってどうぞ~!



「花びらのなか【中央で】手を振られるカルス様は、それはもう天から舞い降りた女神さまのようにお可愛らしくて神々しくて」
「高貴なお姿は後世まで語り継がれることでしょうね!」
「舞踏会を特集した新聞が飛ぶように売れているそうですよ。僕あとで買ってきますっ! 挿絵が楽しみ!」
 
 ……おい、そこの夢見る三つ子たち。
 うっとりしてる暇があるなら手を動かせ。
 あれから二週間だぞ? いい加減現実に帰ってこい。

 俺は早朝から黙々と、畑の雑草をむしっていた。
 あの日、俺はバルコニーのセンターで、【主役】として延々手を振らされた。普通は冠被ったほうが主役じゃないんかい。
 しかも二週間も大神殿に逗留させられたせいで、畑があちこち荒れ放題だ。こっちの苗には虫の穴。葉をめくったら芋虫発見。あっちの葉っぱにはアブラムシって、どんだけ~!
 絶対に負けられない戦いがそこ(畑)にある。
 いま、俺と虫たちとの熱き戦いのゴングが鳴った。

「唐辛子エキスでも作るか」
「「「とうがらしえきす~?」」」

 三つ子が同じ方向に頭を傾けた。
 俺は子供向け番組のお兄さんか?

「良い子のみんな~。唐辛子エキスというのは唐辛子をつけたお酒のことだよ~。水で薄めて葉っぱにかけると、虫さんがイヤイヤって逃げていくんだ。わかった子は手をあげて~」
「「「は~い」」」
「よくできました」

 乾燥唐辛子とニンニクを刻んで酒に漬け込めば、数週間で原液が完成するだろう。
 そうだ。あとで庭師に、剪定した枝葉があるか聞いてみようか。焚き火をして灰を作れば、いろいろと使い道があるはず……

(……)

 駄目だ。久ぶりの畑仕事なのに、ちっとも心は弾まないし、作業する気にもなれない。
 ここ数日、俺の脳内は虫よりも別の気がかりが頭を占めていたからだ。

「ユキちゃーん。子供たちー。みんな手を洗ってらっしゃい。朝ごはんよー」
「はあーい」

 夕べの残りだという、ばあちゃん特製じゃがいもシチューをみんなで頬張る。久しぶりに、家族水入らずで食べられたご飯は、大神殿のこじゃれた料理より、ずっと美味しく感じられた……はずなんだが、それでもいまいち食欲が湧かなくて平らげるのに苦労した。

「オスカー様は、一緒にお戻りにならなかったのかい?」
「うん。新体制になって忙しそうだから先に帰ってきた」
「そうかい。残念だねえ。シチューを作り過ぎたからお裾分けしようと思っていたのに」

 ここにも夢見る乙女がいた。
 ばあちゃんは相変わらず、オスカーの大ファンらしい。

「ユキはオスカー様の手伝いをしなくてええのか? 土地と家まで借りてお世話になりっぱなしじゃ。御恩返しをせねばのう」

 じいちゃんに至っては、すっかり俺のことはオスカーの居候(いそうろう)だと勘違いしている。
 あのう。俺って仮にも黒神子ですよね? 合ってます?

「おじい様。カルス様は明日から週に二回、大神殿と医学図書館でお仕事されるご予定なのです」
「おお、そうじゃったか!」

 ミカエルの補足に、じいちゃんが明るくポンと膝を打った。

「カルス様。おじい様とおばあ様のことは、護衛騎士が昼夜問わずにお守りいたします。心おきなくお勤めくださいませ」
「……うん。ありがと」

 無邪気なミカエルの太鼓判に、俺の胸中は複雑だった。
 それは護衛ではなく【監視】っていうのでは?


 ”カンカン”

 食事を終えたタイミングで、玄関のドアノッカーが鳴った。ラファエルが応対のため席を離れる。

 もしかして……

「カルス様。アーチー様がお見えになられたそうです。こちらにお通ししてよいですか?」
「! もちろん!」

 俺は満面の笑顔で応じた。
 ようやく彼に会える!

 この二週間、怪我をするような事態になっていないか、王子やドワイラクスに無茶ぶりされていないかと、日増しに心配が増していたのだ。

「アーチーは朝ごはん食べてきたかな? 土産にシチューでも持たせて……あっ、その前に新しくお茶いれないと。お湯お湯!」

 そわそわと台所で動き始めた俺に、「あらあら、はしゃいじゃって」「嬉しそうじゃの。アツアツじゃのう」と老夫婦が囁きあっているのが聞こえた。やめれ。

「おはようございます」

 そうこうするうちに、アーチーが食卓へと案内されてきた。
 じいちゃんや三つ子たちへと順番に挨拶しているようなので、俺も出遅れまいとひょっこり台所から顔を出す。

「アーチー、いらっしゃい」
「……ユキ。帰ってきてたんだ」

 お宅訪問モードでキリっと引き締まっていた顔が、俺を目にした途端に一瞬で甘くとろけた。
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