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第171話「ツンデレラ、大地に立つ」

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 場面は二頭の猛獣が一晩中シャケ(思い出補正あり)の魅力について語り尽くし、翌朝ランスの港町ルーアブルに彼女達を乗せた船が到着したところから。



「エリザ、済まない。悪いけどアタシはここまでだ。本当は一緒に行ってやりたいんだけどな」

 その時、接岸したテメレール号を背に、金モールのついた濃紺の軍服をラフに着こなし、腰にカットラスを下げた八頭身のワイルド系美女のレオノールが申し訳なさそうに言った。

「そんな!レオノール艦長、何故貴方が謝るのです!?アタクシは危ないところを救って頂いたこと、そしてここまでエスコートして頂いたことを心より感謝しておりますわ!絶対にこの恩は忘れません!」

 すると、レオノールに負けず劣らず美しい容姿を持つ厚化粧のツンデレこと、エリザベスは慌ててそう答えた。

「気にすんな、全部給料の内だよ……あ!そうそう……あとコレを持ってきな」

 レオノールは照れ隠しにそう言った後、横にいた副長から筒状になった何枚かの書類と皮袋を受け取り、それをエリザに手渡した。

「まあ!アタクシに贈り物まで下さるのですか!嬉しいですわ!……これは紹介状と、それに……お金?」

「ああ、このままだとエリザはランスじゃ身元不明の不審者だからな、一応アタシの名前で紹介状書いといた……まあ、あんまり役に立たないかもしれないけどさ」

「レオノール艦長……」

「あと世間知らずのお嬢様の為に王都までの駅馬車を貸し切りにしておいたから、それに乗ってけ。で、その袋は路銀。エリザ、アンタ文無しだろ?」

「!?」

 と、ちょっといい場面だったのに、レオノールは十代の乙女、それもプライドが高い王族に向かって容赦なくそう言って笑った。

 そう、当たり前だが王族であるエリザは普段から自らお金を持ち歩いていない為、現在一文無しなのだ。

「ぐっ……世間知らず……それに文無しって……まあ、確かにそうなのですが……。でもこんなにお金を頂いても宜しいのですか?」

 当然エリザはキレそうになったが、そこはグッと堪えた。

 そして、彼女は渡された袋の僅かに開いた口から覗く、ギッシリと詰まった一万ランス金貨を見ながら言った。

「ああ、勿論だ、遠慮すんなよ、アタシ達はその……『仲間』なんだからさ!」

 再びレオノールが照れ臭そうに言った。

「本当にありがとう!レオノール艦長!繰り返しになりますが、この恩は決して忘れませんわ!あと仲間って……凄くいい響きですわ!」

 エリザはレオノールの心遣いと、仲間と言って貰えたことに感激して思わず叫んだ。

「だから気にすんなって!金はあのデブがかなり溜め込んでやがったし。それに……」

 と、レオノールはそう言ってから、ニヤリと笑った。

「それに?」

「この後、拿捕賞金がたんまり入る予定だからね」

 そして、種明かし。

「ああ、なるほど!」

 それを聞いたエリザは、流石は海洋国家のお姫様だけあり、瞬時に事情を理解した。

 補足だが『拿捕賞金』とは文字通り拿捕した船を国が買い取り、お金を払ってくれる制度である。

 取り分は国や時代によって異なるが、今回の場合は艦長であるレオノールが全体の半分で、残りを他の乗組員で分けることになっている。

 因みに今回拿捕した密貿易船には四千万ランスの値段が付いたのでレオノールの取り分は何と二千万ランスにもなる。

「そ、アタシは小金持ちって訳さ。だから遠慮すんなよ」

 と、レオノールが笑って言うと、

「ふふ、なるほど。では遠慮なく頂きますわ」

 エリザも笑顔でそれに答えた。

 そして、そこでちょうどエリザが乗る駅馬車が停留所に入ってくるのが見えた。

「お、来たみたいだな。名残惜しいがここでお別れだ、エリザ」

「はい……むぎゅ!」

 ここで突然、不安そうな顔になった彼女をレオノールが抱きしめた。

 そして、美しい青い瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。

「アンタなら大丈夫だって」

「は、はい!」

「よし!じゃあ、あとは王都でしっかり憧れの王子様の姿を目に焼き付けてこいよ。その後はまあ、なるようになるさ」

「はい!必ずや!」

 エリザは可愛いく拳を握りしめ、力強くそう言った。

「じゃあ元気でな……あともし、ダメならこのルーアブルに戻ってこいよ?で、もしその時にアタシが海に出ていて不在なら、帰るまでその辺の宿屋で大人しくしてろよ?」

 すると、レオノールは過保護にも彼女に彼女にそう念を押した。

「はい、分かりました……ではレオノール艦長、そして皆さん、本当にお世話になりました!ご機嫌よう!」

 エリザは涙混じりにそう言うと、優雅にカーテシーを決めた後、馬車に乗り込み、去っていった。

「レオ姐さん、良い娘さんでしたね」

 少し寂しそうな顔で走り去る馬車を見ていたレオノールに副長が言った。

「ああ、そうだな」

 そして、しんみりしながら彼女が答えると、

「それにしても、年頃の娘さんに向かって文無しって酷くないっスか?」

 今度は横にいた下士官の男が、呆れたような口調で彼女に言った。

「え?別にいいだろ?本当のことだし」

 と、憮然としながらレオノールは答えたのだが、

「だったら姐さんだって似たようなもんでしょ?」

 と、下士官の男は平然と言った。

「!?」

 それを聞いた瞬間、レオノールは思わず目を見開いた。

 しかし、男はそれに構わず話続ける。

「姐さんが稼いだ拿捕賞金や戦利品の殆どは、死んだ部下の家族とか怪我で退役した連中とか、あと孤児院なんかに渡してるってみんな知って……ギャ!」

 そして、強引に腹パンで黙らされ、崩れ落ちた。

「う、うるせえ!てめーら!さっさと作業に戻りやがれ!」

 続いてレオノールは鬼の形相になり、ニヤニヤしている部下達を怒鳴り付けた。

「「「へーい」」」

「たくよー……何で知ってんだよ……」

 と、レオノールがブツブツ言っていると、まだ横にいた副長が再び話しかけた。

「あの、ところで艦長……」

「あん?何だよ?しつこいとブッ殺すぞ」

「エリザ嬢は大丈夫ですかね?」

「ん?大丈夫だろ、馬車も手配したし、金も持たせたし……」

「いや、そうではなくて」

「あ?ハッキリ言えよ」

「だって艦長、エリザ嬢とずっとルビオン語で話してたじゃないですか?艦長はガサツな割に教養があってルビオン語ペラペラですし、事情を知ってますからいいですけど……もし、エリザ嬢が気にせずそのまま王都でルビオン語を喋ったら……」

「誰がガサツだ!……あ、やべ!気をつけるように言うの忘れた!」

 と、ここで初めてレオノールが焦った顔になって叫んだ。

「艦長……」

 副長がジト目で責めるように彼女を見つめて言った。

「ぐっ……ま、まあ大丈夫だろ!多分……」



 その後、ルーアブルを出発したエリザは順調に旅を続け、翌日には予定通り王都へ到着した。

 そして、馬車を降りたところで……。

「さて、漸く王都へ着きましたが……王宮への道が分かりませんし、あと少しお腹も空きましたし……取り敢えず適当な通行人に道を尋ねてみましょうか」

 エリザはそう呟くと、偶然近くを通りかかった大人しそうな青年に、いつもの調子で話しかけることにした……ルビオン語で。

「そこの平民!アタクシを助けなさい!」




 同じ頃、ランスとルビオンの中間ぐらいの海域をルビオン情報部の工作船が航行していた。

 そして、その船の後方からロープ一本で繋がれた一頭のメイド服を着た乳牛が曳航され、波を被っていた。

「ブワァ!……しょっぱいッスー!あのー、そろそろ引き上げて貰えないッスかねー!?」

 そんな曳航中の乳牛こと、ルーシーが船の仲間にそう懇願するが、帰ってきたのは……。

「黙れ!食欲に負けてエリザ様を見失った罪は重いんだ!ランスに着くまでそこで反省してろ!」

「そうだそうだ!この職務怠慢牛め!」

「この怠けジャージーが!今日からお前のあだ名はフィッシュ&ジャージーにしてやる!」

 罵倒の嵐だった。

「くっ、この!もう!好き放題言ってー……酷いッスよー……てかフィッシュ&ジャージーとか意味不明ッスよ……ん?何かこっちに近づいて来るッスねー……ふぁ!?あの背ビレってまさか!ちょ!た、助けてッスー!」
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