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【48】それでも明日のために

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 あれはレジナルド達がまだ来る前。要塞の糸杉の庭の並木にて、昼のあとに芝生でダンダレイス並んで休んでいて、彼の手が伸びてきてふもふ撫でられた。小さな時は一本指だが大きいときは大きな手でほおのあたりをくしくしともふもふされるのが、たまらず「あ、そこ……」といっていたら。
 ダンダレイスのお膝の上でひっくり返って伸びていたのも悪かったかもしれない。
 なんだか団員達の注目を集めていて、好奇心旺盛に見つめる者やら、頬を赤くして目を反らす若者やら。なぜだ? 
 「あ~」とツイロが呆れたような間延びした声で。

「その大きさのもふもふはひと目のないところでやってくれ。とくに若い者の前や、村の子供達の前でも“教育によくない”から厳禁な」

 なぜだ? とさらに思った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そのツイロであるが、横にいるのはヴィッゴでもロッフェでもなく、意外にもローマンだ。
 ワイルド? な第三騎兵隊の副団長と、その正反対にお行儀の良いノーブルな近衛騎士団の副団長殿は、一見まったく合わないように見えて、意外とうまくやっていた。
 もしかしたら、存外に自由すぎる団長二人の世話をする、副団長の気苦労という意味で気が合ったのか。そんな第一近衛騎士団と第三騎兵団の団長殿二人。レジナルドが「蜜芋の焼いたのがこんなに美味しいなんて、子供の頃から“レイス”は食べていたんだろう? ずるいな」とひじで脇腹をつつくのに「レイスと呼ぶのは許していない。その呼び名はお爺さまとフリィだけだ」と生真面目に返している。

 実はこれ、この要塞に来てから何度か繰り返されているやりとりだ。何回目かのレイス呼びチャレンジに失敗したレジナルドは「相変わらず、ダンはつれないな」と笑っている。こりゃさっぱり懲りていないな。
 さて、副団長二人は芋と栗をかじりながら、結構に真面目な会話をしている。

「では、藩国の若者の殆どが十代半ばで兵士になると? それも女子も?」
「俺たち獣人は男も女も関係なく生まれながらに戦士だからな。種族ごとに魔法属性も持ってる。俺達豹族は火。熊族は土、狼に犬族は水。猫族達は風だ。
 それに人造魔石の原料であるジリン鉱石が注目されるまでは、若い者の主な働き口ってのは、第三騎兵団員になることだったんだよ」

 「それは今でも変わらねぇけどな」とツイロは続ける。

「若い頃は兵団に入って戦いの知識と経験を積んで、上級の士官の才能があるヤツはそのまま軍に残るし、大半のやつは三十手前で除隊して故郷の村に帰る」

 そこで鉱山の採掘や開拓地を耕し働きながら、所帯を持って子供を育てるのだ。そして、またその子供達が十五で成人して、騎兵団へと入り旅立っていく。

「除隊したっていっても予備役だからな。普段は鉱山で穴掘りや開拓地で畑を耕しているヤツも、魔獣が出たってなりゃ召集にすぐに応じて戦うぜ。まあ召集がなくたって、魔獣一匹ぐらいなら近隣の村の奴らがだいたいなんとかしちまうけどな」
「では獣人族の大人達はなにかあれば、すぐに戦えると?」
「年寄りや子供をのぞいてと言いたいが、爺さんや婆さん連中も元気だからなあ。いざとなりゅ村の守りぐらいは出来るぜ」

 「そうじゃなきゃ、タルテルオの壁の近くには住めないぜ」とツイロが笑う。実際、魔界が近い影響か北の魔獣は凶暴だ。獣人達だからこそ、その出現が日常であっても、軽くあしらってはいるが、通常の人間の村ならば、すぐに王都に派兵要請が出ているだろう。
 それで第三騎兵団の者達が、東に西に南にとかり出されるわけだが。彼らがケモノ部隊と呼ばれるのは、魔獣達の“あとしまつ”部隊という皮肉もある。
 なにが“あとしまつ”だ。エリートの近衛部隊は王都から動かず、各都市の警護が役割であるはずの第二騎士団では、凶悪な魔獣は手に負えずに、結局第三騎兵団頼りだというのにだ。
 皮肉なことにこの北の地では、藩国の獣人達がなんとかしてしまうために、王都への要請は一切ない。それはモーレイ領にしても同様だ。
 あこに手を当てしばし考えこんだローマンが「レジナルド殿下」と呼びかける。

「なんだ?」
「今は魔王との戦いに集中しなければなりませんが、その後も近衛騎士団と、年に数度かこの北の地での第三騎兵団との合同演習を提案したいと思います」

 人造魔石が開発されるひと昔前ならば鉄道は通っておらず、王都からここまで来るのにどんなに馬を飛ばしても十日以上はかかっただろう。それが今は高速列車でたった一日だ。季節ごとの演習も可能だ。
 「それはよいことだ。魔王を倒したならば、すぐに王都に持ち帰り皆にはかろう」とうなずくレジナルドに「どうかな?」とアルファードは皮肉交じりの言葉を投げかける。
 この心意気やよしとは思うが、若者の理想通りに行かないのが世の複雑さや大人達の思惑だ。

「魔王は倒された。次の三百年は平和だというのに、なぜ王都を守る“高貴”なる近衛が“ケモノ部隊”とわざわざ演習など……という声は“お偉方”から必ず出るだろうな」

 魔王の出現さえなければ一つのレスダビア王国しかないこの世界は、他国との戦争もなくまったく平和だ。その三百年のあいだに人々がすっかり平和ボケするという弊害はあるが。
 召喚される聖女に選ばれる勇者に頼りきりなのもだ。
 だからわざわざ、次の三百年後の戦になど備える必要はない。魔王を倒した長い祝祭を楽しめばよいという意見は必ず出てくる。

「いいえ、それではいけないのです」

 ローマンが真っ直ぐにアルファードの濃紺の瞳を見る。

「たとえ戦いが三百年後であろうとも、私達はその時のために備えねばならない。国の盾たる騎士として、この北の地を守ってきた獣人の方々とも、手を携えていかねば。
 むしろ三百年、遅すぎたぐらいです」

 「そうだな。遅すぎたな」とレジナルドもうなずき微笑む。アルファードも「意地悪を言った」とぴんとのびた髭を、小さな手でなぞる。「ま、年長者の苦言だ」と。
 そしてダンダレイスが「それが困難な道であろうとも……」とぽつりとつぶやく。

「前に進まなければ道は開けない。三百年後にたどりつくには、一歩、いや、半歩でも進まねば、少しでもよき明日にはたどりつけない」

 「ま、その前に魔王の首だよな」といったツイロに「それが真理だ」とみんな笑ったのだった。



 その翌日、従軍神官により、ついにヤキニゾゾの門が開くという知らせが届いた。





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