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6.奇妙な相席

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「……あの、少しお伺いしても構いませんか?」
「ええ、なんでしょうか?」

 私は、ボロボロの男性から少し話を聞いてみることにした。
 定かではないが、彼の顔には見覚えがある。もしかしたらどこかで、会っているのかもしれない。話を聞いたら、何か思い出す可能性もあるだろう。

「ああ、そうだ。まずは名前を聞いても?」
「名前ですか? まあ、構いませんが……俺の名前は、エルクドです」
「エルクドさん、ですか。ああ、私はアルリナといいます。こっちは、ゼムールさんです」
「なるほど……アルリナさんと、お呼びしても?」
「ええ、それで大丈夫です」

 エルクドさんは、私に対して少しぎこちない態度だった。
 私の身分くらいは、彼も把握しているのだろう。それはその態度から明らかだ。
 ただ彼から敵意のようなものは伝わってこない。そんな可能性は最初から考えていなかったが、何か悪意を持って私達と相席したという訳ではなさそうだ。

「ゼルグドさんは、どのようなお仕事をされているんですか?」
「……田舎の村で、農家をやっています。今日は用事で、こんな所まで」
「えっと、ということはご出身は?」
「モルティッドという小さな村です」
「ああ……」

 エルクドさんの出身は、ラマンダ伯爵家の領地にある小さな村だった。
 私は既に嫁いでいる訳だが、それでもラマンダ伯爵家の令嬢だ。まさかこの遠く離れた地で、領民と相席するなんて、なんだか少し運命を感じてしまう。
 となると、私は領地で彼と会ったということなのかもしれない。それに彼は、私がどこの誰であるかまでわかっている可能性がある。

「こちらには、一体どのような用事で? ああ、話せないなら別に構いませんが」
「人に会いに来たんです。知り合いがいましてね」

 私の質問に、エルクドさんは少し表情を変えていた。
 その表情は、なんというか穏やかではない。怒りさえ伝わってくる。
 これはあまり詳しく聞くべきではないだろうか。なんだか、入り組んだ事情がありそうだし。

「……む」
「エルクドさん? どうかされましたか?」

 そこでエルクドさんは、体を大きく震わせた。
 彼の視線は、後方に向いている。その方向を見てみると、大柄な二人組が歩いて来ていた。
 その二人はエルクドさんにとって、会いたくない人なのかもしれない。彼は周囲の様子を伺っている。今にも逃げ出しそうな感じだ。

「……」
「……」

 私はゼムールさんと目配せをする。
 よくわからないが、列車内で騒ぎでも起こされたら困ってしまう。ここは、エルクドさんを庇った方が良さそうである。
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