彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode1 私、みえるんです

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早川が顔を上げた。頬が濡れている。

つばさは、そのことに驚いて、目を見開いた。

「店に……来たんだ。梨花のお父さんが。それで、

別れるように、言われて……」

「そのことは、梨花さんに?」

「言ってないよ。お父さんの言った事は、最もだし、

僕は自分の夢を追いかけるばかりで、お金も、

将来も、何もなかったからね。だから、今はこうする

しかないと思ったんだ。彼女のためにも。夢を諦めて、

仕事を探して、一人前の男になったら、もう一度、

梨花の前に現れよう。そう自分に言い聞かせて、

別れを告げたんだ」

「じゃあ、迎えに行くから待っててくれって、そう

梨花さんに言えば良かったじゃないですか?」

梨花の悲しそうな顔を見ているだけに、つばさは

言葉が止まらない。霊体が体から離れてしまうほど、

梨花は苦しんだのだ。早川は恋人に本心を伝える

べきだったのではないか?

不意に、斗哉がつばさの背中を突いた。

顔を見上げれば、余計なこと言うなよ、と、

斗哉の眼差しが語っている。

「自信がなかったんだ。今のままの僕じゃ、何も

変わっていないからね。梨花のことを幸せにできる

保証がないのに、待っててくれなんて、とても……」

何だか煮え切らないなぁ……

つばさは、モヤモヤしながら、スカートを握りしめた。

これじゃ、作家になる夢を目指している、今の早川を

好きになった梨花が可哀想ではないか?

どんな早川でも良かったのだ、梨花はきっと。

花屋の店員でも、小説家を目指していても、

普通の会社員でも、何でも………

「梨花さんはあなたのことが、好きなんです。

だから霊体になっても、ずっとあなたの側に

いたんです。そんな梨花さんの手を、離しちゃって

本当にいいんですか?もう、二度と梨花さんを

取り戻せないかもしれないんですよ?」

早川が何度も首を振る。シーツに涙が散った。

「後悔してるんだ。本当に、どうしてあんなことを

言ってしまったのか……。もう、離れたりしない、

絶対に。だから頼む、目を開けてくれ……梨花」

早川の背中が、弱々しく震える。男の人でも、

こんな風に泣くことがあることを、つばさは

初めて知った。人が人を好きになるだけで、

こんなにも脆くなってしまうのだ。だから、二人の

気持ちはすれ違って、互いを傷つけてしまったの

だろう。つばさは、唇を噛んだ。鼻の頭がツンと痛む。

ねぇ、梨花さん。聴こえてる?彼は、あなたを

手放したこと、こんなに後悔してるよ?

姿の見えなくなった梨花にではなく、いまだ、

目を瞑ったままの梨花に、つばさは問いかけた。

その時だった。梨花の睫毛が、動いた。

「梨花っ!?」

早川が梨花の名を呼びながら、顔を覗く。

静かに、ゆっくりと、彼女の瞳に光が戻った。

「……圭吾?」

初めて聴く肉声は、とても澄んだもので、

つばさの頬にも涙がつたう。梨花の顔に、

うっすらと笑顔が浮かんだ。

「梨花っ、良かった!!良かった!!!」

泣きながら、歓喜の声を上げる早川の肩越しに、

梨花がつばさを見つめた。

「つばさちゃん、斗哉くん。……ありがと……」

梨花の言葉に、つばさは声もなく首を振ると、

震えそうになる唇で、にいっ、と笑った。

ベッドの脇にぶら下がる呼び出しボタンを押して、

斗哉がつばさの肩に手をかける。つばさは、斗哉の

顔を見上げて、頷いた。もう、大丈夫だね。梨花さん。

お邪魔虫は、退散するよ。

つばさは、笑い合う二人の姿を一度振り返って見ると、

静かに白い扉を閉めた。



「あ~っ、本当に良かったぁ!!」

病院の自動ドアを出て、大きく伸びをする。

雨上がりの澄んだ夜空に、つばさの声が遠くまで響いた。

「一時はどうなるかと思ったけど、意識が戻って良かったよ」

必要なくなった傘の柄を、肩にかけて持ちながら、

つばさは大股で斗哉の前を歩き出した。
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