彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode1 私、みえるんです

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「それにしても、驚いたな。病院で梨花さんの

名前を見つけた時は。さすがに肌が粟立ったよ」

斗哉が肩を竦めながら、笑う。つばさは、えーっ、と

頬を膨らませて振り返った。

「何それ!?斗哉は私の言ったこと、

信じてくれてなかったってこと?」

「いや、信じてたけどさ。実際にお前の言ってることが

目の前で符号すれば、鳥肌も立つさ」

ポケットに両手を突っ込んで、斗哉がつばさの

隣りに並ぶ。つばさに向ける笑顔は、驚きと、安堵と、

満足と、色々だ。

「ねぇ、あの二人、上手くいくかなぁ?

早川さんの夢も、ちゃんと叶うといいな」

まるで自分のことのように、つばさは願う。

そのつばさの頭に、斗哉の温かな手の平が

ポン、とのせられた。

「そうだな、上手くいくといいな」

つばさはどきりとして、斗哉を見上げた。

斗哉から向けられる眼差しは、驚くほどに優しい。

「それにしても、お前って自分の色恋沙汰は

疎いくせに、案外、人の気持ちはわかるのな」

「ど、どういうこと??」

「他人の恋心がわかるくせに、自分の恋愛には

鈍感って意味だよ。もうちょっと、霊感以外にも

アンテナ立てろって」

斗哉がわしゃわしゃ、とつばさの髪を掻きまわす。

つばさは、ちょっとやめてよ!と斗哉の手を振り

払おうとした。が、そのまま、ぐいと斗哉の胸に

頭を押し付けられ、よろけてしまう。どん、と

つばさが体を預ける形で、二人は立ち止まった。

「もう少し、俺が苦労してるのわかれよ」

いつになく低い斗哉の声が、つばさの心臓を

どくりと打つ。頬が熱くなった。

「わ、わかってるよ!」

何のことを言ってるのかさえわからないのに、

条件反射のように唇がそう、動いてしまう。

つばさは、もがいて斗哉の腕から逃げようとした。

その時だった。


ぐぅ~~っ、きゅるるるぅぅ………


つばさの腹が、豪快に空腹を告げた。

と、同時に、ぷっ、と斗哉が吹き出す。

「そういや、腹減ったな。ラーメンでも食って帰るか?」

ほんの数秒前までの艶めいた空気はどこへやら、

いつもの調子で斗哉がつばさに言った。

「行くっ!!あ、でも私、お金持ってないや」

「奢ってやるって」

「ホント?じゃあ、味噌ラーメンに半炒飯セットがいい!!」

きらきらと目を輝かせて、斗哉の腕にぶら下がる。

「はいはい」

斗哉は腹ペコのつばさを連れて、夜道を歩き出した。




「なんと美しい。まるで眠っているようだ」

学園祭二日目。

滞りなく進行した白雪姫の舞台は、いよいよ終盤に

差しかかっていた。王子様の衣装に身を包んだ

斗哉が、段ボールの棺に眠るつばさを見つめ、

その二人を囲む七人の小人も、悲しみに暮れている。

つばさは、明るい証明を瞼の裏に感じながら、

王子様の口付けを待っていた。やがて、

斗哉の手の平がつばさの頬に添えられる。

このキスで目を覚ましたあとは、

(まあ、私はどこにいるのでしょう?)だ。

つばさは、そんなことを思いながら、ぎゅっ、と

目を瞑った。次の瞬間、斗哉の生暖かい息と

共に、ふにゃっ、と柔らかなものが唇に触れた。

何だろう?この感触は……と、目を開ければ、

至極、間近に斗哉の震える睫毛が見える。

続けて、ぬるりとしたものが、つばさの唇を

なぞって………なぞって………


「!!!!!!!」


それが斗哉の舌だと理解した瞬間、つばさは

がばっ、っと飛び起きた。勢いで、被っていた

かつらが、スポンと抜ける。辛うじて、つばさの

頭突きを避けた斗哉が、すかさず、抜け落ちた

かつらをつばさに被せた。
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