彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode1 私、みえるんです

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「ちょっ……いまっ、ホントにっ!?」

真っ赤な顔をして、そこまで言ったつばさの口を、

斗哉が手で塞ぐ。

(まぁ、わたしはどこにいるのでしょう!?だろ)

小声でつばさにセリフを促す斗哉の周りで、

事態を察知した七人の小人たちも、硬直しながら

うんうん、と頷いた。つばさは仕方なく、口を開いた。

「ま、まあ、わたしはどこにいるのでしょう?」

斗哉を睨みながら、ありえない程の棒読みで、

セリフを口にする。斗哉は、そんな事はお構い

なしに、台本通りのセリフを滑らかに言った。

「白雪姫、あなたはわたしの側にいるのですよ。

あなたの事は私が一生お守りします。どうか城へきて、

私のお妃になってくださいませんか?」

しっとりと微笑みながらそう言った斗哉の手を取って、

つばさは最後のセリフを口にしたのだった。



「ねぇ。どうしてあんなことしたの?」

バタバタと舞台が終わり、後夜祭の片付けも終わり、

生徒会長の務めを終えた斗哉と帰路についた

つばさは、さっそく、口を尖らせて訊いた。

数歩先を歩く斗哉は、いつになく無口だ。

つばさの問いかけに、返ってくる声もない。

「ねぇ、斗哉ってば」

大股で追いついて、斗哉の鞄を引っ張った

つばさに、やっと斗哉が振り返った。

「これくらいしないと、一生、お前とキス

出来ないと思ったからだよ」

斗哉が怒ったように、言う。つばさは、

ポカンと口を開けて、斗哉を見上げた。

「何それ!?そんな理由でキスしたの!?

どどど、どうして私とキスなんかっ……」

動揺のあまり、つばさの声はひっくり返って

しまった。下校時刻をとうに過ぎた夜道は、

人影も疎らで、斗哉が、すっ、とつばさの耳元に

顔を近づける。びくりと、体を硬くしたつばさに、

斗哉は囁くように言った。


「つばさが好きだから」

「!!!!!」


舞台の上でキスをされた時と同じくらい、

心臓が爆発した。耳まで真っ赤に染めたまま、

つばさは動けなくなってしまう。そんなつばさの

顔を間近で確認した斗哉は、いつもの笑みを浮かべ、

つばさの額を小突いた。

「この鈍感オンナ」

それだけ言うと、斗哉はくるりと踵を返して、

さっさと歩いて行ってしまった。

「えっ……えーーーーーーっ!!!?」

つばさの悲鳴に近い声が、近隣に迷惑を

かけたことは、言うまでもない………
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