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episodeFinal 永遠のワンスモア
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「ねぇ。そろそろ、かな?」
つばさは、祖母が仕立ててくれた朝顔柄の浴衣に袖を通しながら、
待ち遠しそうに障子の向こうを見やった。
「はい。もうそろそろですよ」
ゆったりとした所作でつばさに浴衣を着せながら、トメが目尻の
シワを深める。つばさが子供の頃からトメはこの屋敷で使用人として働いて
いるのだが、着物姿にまっ白な髪を後ろでひとつにまとめたその容姿は、
10年以上の時を経ても変わらない。しわくちゃのまあるい顔に糸のような
目をした運転手の妹尾もそうだが、この2人はもしかしたら妖怪なのでは
ないか?と、つばさは内心疑ってさえいた。そのトメが浴衣の襟先を
両手に持って、裾の位置を決める。つばさは両手を左右に広げたまま、
じっとその様子を見守っていた。斗哉と夏祭りに行きたい、と言ったつばさに、
澄子が浴衣を仕立ててくれたのは先週のことだ。
「浴衣の柄にはね、それぞれに大事な意味があるのよ」
そう言いながら澄子が選んでくれた柄は、紺地に薄紅色の朝顔が散りばめ
られた浴衣で、ツルがしっかり巻き付く朝顔の花には、「固い絆」や「あなたに
結びつく」という意味合いがあるのだと教えてくれた。鏡の前で生地を合わせる
つばさに、「修行を頑張ったご褒美ね」と祖母は優しく目を細めてくれたのだが、
当のつばさはその言葉を素直に喜べなかった。というのも、ここに来て半年ほど
経つのに、つばさはこれといった修行をしていないのだ。つばさがイメージして
いたのは、いわゆる滝行とか断食とか、もっと肉体を酷使するような修行で……
そういった苦行で霊力が研ぎ澄まされていくのだと思っていた。けれど実際、
澄子に指示されたことは霊性を高めるための瞑想や毎朝の敷地内の掃除くらいだ。
唯一覚えた護符の作り方も、澄子が半紙に文字を綴る様子をじっと眺めていた
だけで、見取り稽古というのだろうか?同じ文字をつばさが書いたところで、
その護符に効力があるのかもわからなかった。そんなわけで、ここに来る前と
つばさの日常生活は大きく変わってはいない。そして、そのことがつばさの
心を何となく落ち着かなくさせていた。「一人前の霊能者になる」などと、大きな
ことを言ってここまで来てしまった以上、その言葉通りの成長がなければ
いつまでも斗哉の元に帰れないからだ。つばさは、もうすぐ会えるはずの斗哉の
顔を思い浮かべた。半年ぶりに会った自分を見て、斗哉は何と言うだろう?
きっと、苦笑いをしながら「変わってないな」のひと言だ。つばさは、ぎゅう、と
伊達締めで胸の下辺りを締められながら、深いため息を漏らした。トメが手を
止めてつばさの顔を見上げる。
「あれ。きついですか?」
「ううん。へーき」
「あとは、帯を結ったらおしまいですよ」
ふるふると首を振ったつばさに、トメはやんわりと微笑んで帯板を手に取った。
久方ぶりに訪れた屋敷は、やはり広かった。
和の風格を感じさせる瓦葺き数寄屋問のほど近くに停められた車から
足を下ろすと、斗哉は「どうぞ、こちらです」と先を行く妹尾に促されるまま
門をくぐった。玄関へと続く石畳を歩く。両側には手入れの施された木々が品よく
立ち並んでいる。まるで老舗旅館のようだと、感心しながら鮮やかな緑を眺めて
いると、妹尾はカラカラと大きな玄関の引き戸を開けた。そして、家の中に入った。
「ささ、どうぞ。お部屋までご案内しますんで」
旅館の従業員のような口ぶりでそう言って、そそくさと靴を脱いで家にあがると、
妹尾はにんまりとしながら斗哉にスリッパを勧めた。斗哉は、礼を口にしながら
シンと静まり返った廊下の奥に目をやった。誰もいない。満面の笑みで出迎えて
くれるはずの、つばさの姿もない。
つばさは、祖母が仕立ててくれた朝顔柄の浴衣に袖を通しながら、
待ち遠しそうに障子の向こうを見やった。
「はい。もうそろそろですよ」
ゆったりとした所作でつばさに浴衣を着せながら、トメが目尻の
シワを深める。つばさが子供の頃からトメはこの屋敷で使用人として働いて
いるのだが、着物姿にまっ白な髪を後ろでひとつにまとめたその容姿は、
10年以上の時を経ても変わらない。しわくちゃのまあるい顔に糸のような
目をした運転手の妹尾もそうだが、この2人はもしかしたら妖怪なのでは
ないか?と、つばさは内心疑ってさえいた。そのトメが浴衣の襟先を
両手に持って、裾の位置を決める。つばさは両手を左右に広げたまま、
じっとその様子を見守っていた。斗哉と夏祭りに行きたい、と言ったつばさに、
澄子が浴衣を仕立ててくれたのは先週のことだ。
「浴衣の柄にはね、それぞれに大事な意味があるのよ」
そう言いながら澄子が選んでくれた柄は、紺地に薄紅色の朝顔が散りばめ
られた浴衣で、ツルがしっかり巻き付く朝顔の花には、「固い絆」や「あなたに
結びつく」という意味合いがあるのだと教えてくれた。鏡の前で生地を合わせる
つばさに、「修行を頑張ったご褒美ね」と祖母は優しく目を細めてくれたのだが、
当のつばさはその言葉を素直に喜べなかった。というのも、ここに来て半年ほど
経つのに、つばさはこれといった修行をしていないのだ。つばさがイメージして
いたのは、いわゆる滝行とか断食とか、もっと肉体を酷使するような修行で……
そういった苦行で霊力が研ぎ澄まされていくのだと思っていた。けれど実際、
澄子に指示されたことは霊性を高めるための瞑想や毎朝の敷地内の掃除くらいだ。
唯一覚えた護符の作り方も、澄子が半紙に文字を綴る様子をじっと眺めていた
だけで、見取り稽古というのだろうか?同じ文字をつばさが書いたところで、
その護符に効力があるのかもわからなかった。そんなわけで、ここに来る前と
つばさの日常生活は大きく変わってはいない。そして、そのことがつばさの
心を何となく落ち着かなくさせていた。「一人前の霊能者になる」などと、大きな
ことを言ってここまで来てしまった以上、その言葉通りの成長がなければ
いつまでも斗哉の元に帰れないからだ。つばさは、もうすぐ会えるはずの斗哉の
顔を思い浮かべた。半年ぶりに会った自分を見て、斗哉は何と言うだろう?
きっと、苦笑いをしながら「変わってないな」のひと言だ。つばさは、ぎゅう、と
伊達締めで胸の下辺りを締められながら、深いため息を漏らした。トメが手を
止めてつばさの顔を見上げる。
「あれ。きついですか?」
「ううん。へーき」
「あとは、帯を結ったらおしまいですよ」
ふるふると首を振ったつばさに、トメはやんわりと微笑んで帯板を手に取った。
久方ぶりに訪れた屋敷は、やはり広かった。
和の風格を感じさせる瓦葺き数寄屋問のほど近くに停められた車から
足を下ろすと、斗哉は「どうぞ、こちらです」と先を行く妹尾に促されるまま
門をくぐった。玄関へと続く石畳を歩く。両側には手入れの施された木々が品よく
立ち並んでいる。まるで老舗旅館のようだと、感心しながら鮮やかな緑を眺めて
いると、妹尾はカラカラと大きな玄関の引き戸を開けた。そして、家の中に入った。
「ささ、どうぞ。お部屋までご案内しますんで」
旅館の従業員のような口ぶりでそう言って、そそくさと靴を脱いで家にあがると、
妹尾はにんまりとしながら斗哉にスリッパを勧めた。斗哉は、礼を口にしながら
シンと静まり返った廊下の奥に目をやった。誰もいない。満面の笑みで出迎えて
くれるはずの、つばさの姿もない。
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