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第三章:嘘をつく理由

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「料理の追加と一緒にドリンクも頼みますけど、

あなたも同じものでいいですか?別のものが良ければ」

そう言ってメニューを差し出そうとした専務に、

蛍里は慌てて首を振った。うっかりしていたが、

いまは榊専務と食事中だ。

「すみません。同じもので大丈夫です」

蛍里はそう言うと、グラスに残っていたジュースを

飲み干して、テーブルの隅に寄せた。そうして、

パクパクと取り皿に残っていたものを平らげる。

すると、ウエイターが速やかにそれを下げ、新しい

皿を用意してくれた。競合店の視察など、蛍里は

初めてだったが、料理が提供されるタイミングや

サービスは、絶妙な気がする。前々から視察に来た

かった、と、専務がそう言ったのも頷ける。

一通りの注文を終えると、メインディッシュを手に

他のウエイターが現れた。熱々のパスタが2種類、

テーブルに並ぶ。蛍里はぎこちなくそれを取り分けると、

専務に差し出した。

「ありがとう。熱いうちに、あなたも食べてください。

さっきはお喋りに夢中で、冷めてしまっただろうから」

「はい。いただきます」

自分の分を皿に取り分けながら、蛍里は肩を竦めた。

そうして、熱々のパスタにフォークを絡める。ついさっき、

専務の口から出た言葉が、まだ頭にこびり付いてい

たが、既にそのことを訊けるような雰囲気ではなく

なっていた。料理の味付けを確かめているのか、

提供される料理の温度を確かめているのか、

榊専務は黙々とパスタを口に運んでいる。蛍里も、

何となく目の前のパスタを味わいながら、けれど

2人の間を流れる沈黙を破りたい気持ちもあって、

ふと、頭に思い浮かんだことを口にした。

「そういえば、ご婚約おめでとうございます」

純粋に。祝福の気持ちからそう言った蛍里に、

専務は瞬時に顔色を変えた。すっ、と笑みが

消えて複雑な表情を蛍里に向ける。



------言ってはいけなかった。



彼の目を見た瞬間に、蛍里は後悔した。

が、口から出てしまった言葉は、元には戻らない。

「………どこでその話を?」

明らかに、さっきまでとは違う声のトーンで

専務が訊く。蛍里は動揺から、震えそうになる

手を握りしめながら、消え入りそうな声で言った。

「ちょっと前に……同僚から。専務の婚約が

決まったみたいだと、聞いたので……その、わたし、

余計なことを言ってしまったみたいで、すみません」

蛇に睨まれた蛙のように、躰を硬くする。

その蛍里の耳に、専務のため息が聴こえて、

蛍里は何だか泣きたくなってしまった。
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