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第五章:蛍の心

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「けっこう酔ってるみたいだけど、大丈夫?」

蛍里は、ほんのりと頬を染めた滝田の顔を見上げた。

滝田がハンカチを返しながら、ええ?と首を傾げる。

どうやら本人は酔っていないつもりらしい。

「そんなに顔に出てる?酔うほど呑んだつもりは

ないんだけど。あーでも、けっこう吞んだかもな。

あの2人、ピッチ早いからさ。疲れた体にくるんだ

よね。ちゃんぽんすると」

顎を撫でながら、コキコキと首を鳴らしながら言う。

そうして、通路を少し歩いた先に使われていない

座敷部屋を見つけると、「ちょっと休憩しない?」と

滝田は蛍里の手を引いて座敷の入り口に座った。

「勝手に入っていいのかな?」

蛍里は誰もいない座敷を覗きながら、通路から

は少し死角になっているその場所に腰掛けた。

滝田は畳の上に、ゴロン、と仰向けに寝てしまって

いる。このまま寝てしまうのではないか?と不安に

なって、蛍里は話しかけた。

「滝田くん、寝ちゃダメだよ。風邪引いちゃうよ」

ツンツン、と滝田の太もも辺りを突っついてみる。

滝田は片腕で顔を覆いながら「んー」と声を発した

だけで黙ってしまった。蛍里は、ふぅ、と息をついて

通路の方を見やった。まだ、忘年会シーズンには

ひと月以上早いからか、それとも平日だからか、

店内は座卓席も座敷部屋もけっこう空いている。

時折、賑やかな笑い声が聴こえてくるものの、

この座敷の前は人も通らず、静かだった。蛍里は

何となく、精神的な疲れもあって膝を抱えると、

そこに顎をのせた。喧騒を離れ、いまは滝田の呼吸

だけが微かに聴こえる。心は、水面に波紋が広がる

ように、まだ、穏やかではなかったけれど、誰かの

呼吸に耳を澄ませるこの時間は、心地よかった。

思えば、を拾った時から、蛍里の日常は

少しずつ変わっていった。詩乃守人という作家を

知り、彼の作品に惹かれ、そうして、彼とメールを

介して繋がるようになった。それだけでも、十分、

蛍里の心は満たされていたはずなのに………

いまや、彼に会いたいと思うばかりではなく、

まったく別の男性、榊専務に心惹かれている。

人は変われば変わるものだと、まるで他人事ひとごと

ように思って、蛍里はひとり頬を緩めた。

ふと、蛍里は滝田が口にしていたことを思い出した。

あの時、訊きそびれたことだ。いまが、そのことを

訊く絶好の機会ではないか?蛍里は、同じ体勢の

まま、畳に寝転がっている滝田を見た。

「ねえ、滝田くん。起きてる?」

返ってくる返事はないかもしれないと思いながら

声をかけた蛍里に、意外にも滝田の声は鮮明だった。

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